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一章 捕らわれた吸血鬼
ひっかかり
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挑発を挑発で返しているのか、それとも別の思いがあるのか。
食えない男だと内心舌打ちしながら、俺は完全に冷えた紅茶を飲み干す。
ふと視界の脇でミカルの頭が揺れる。
思わず俺は身構え、隣を振り向く。
ミカルは上体を捻り、身を乗り出してこちらに顔を近づけていた。
「カナイ、貴方が嘘をついていないのは分かります。貴方の指摘は間違っていない。しかし、少し引っかかりを覚えてしまうのですよ」
「引っかかり、だと?」
「魔の者に救われたと言いながら、貴方は仲間を増やしていない。吸血鬼の王の座を継ぎ、眷属を増やす力を得たというのに……」
一瞬、俺の意識が強張る。
だがコイツに隙を見せまいという意地が、俺を平静に保たせてくれた。
「望まぬ者を強引に仲間へ変えたくないだけだ。魔の者は不老だ。長く生きる中で、延々と恨みを向けられるのは面白くない」
「……そうですか。協会の手から逃れ、対抗していくためには、仲間を増やしていくことは重要だと思うのですけどね」
「裏切りの危険を高めるだけだ。数が多ければいいものではない」
「カナイを裏切る気になれるほど、気概がある者はそういないと思いますが……貴方の剣技は凄まじい。剣を抜かずとも、気配で心を斬る。逆らえないでしょう」
随分と俺のことを高く買っているな、ミカルの奴。
まあそう見られるのは当然か。俺は物心ついた時から東方の剣技を習い、鍛錬を積んでいた。
奴隷となってからあの方に連れ出してもらうまで剣を握ることは叶わなかった。だが幼き日に身に着けた技は消えず、東方の剣を与えられてからは勘を取り戻し、退魔師たちを幾度となく撃退した。
吸血鬼となって身体能力が格段に上がったことに加え、西方では珍しい剣さばき。魔の者特有の異能よりも、人の時に築き上げた能力のほうが今は俺の強みだ。
不意にミカルが襟元を緩め、白い喉元を俺に見せる。
「試しに私を誘惑して、貴方の眷属にしてみませんか? その気になればできるでしょうし、私を仲間に引き込めば形成が大きく変わりますよ。自分で言うのはどうかと思いますが、私は有能ですから色々と便利ですよ?」
差し出された喉に若干めまいを覚えてしまう。寝起きで空腹だ。バラの香を宿した血だと分かっていても、今は極上の食物だと思えてしまう。
頭の中では、こんな奴の戯れ混じりの話など……と憤慨するのに、吸血鬼の本能が言われた通りにしたいと頭を疼かせる。
ミカルのふざけた提案へ愚かにぐらつきながらも俺は腕を組み、「フン」と顔を逸らす。
「お前など眷属にできるか。仲間になったフリをして、俺と我が同胞たちを退魔師たちに売るのだろ? 強固な守りの姿勢を取られた時、内部から崩していくのは常套手段のひとつだからな」
「私を買って下さっているみたいで光栄です。確かに私がその気になれば、この身を犠牲にして貴方がたを追い詰めることはできるでしょうね」
軽く一笑してから、ミカルは身を乗り出して俺に近づく。
「しかし、私の心を掴んでしまえば優秀な手駒になりますよ? 貴方の下僕よりも役立つ駒に……試す価値はあるとは思いませんか?」
なぜだろうか。表情を何一つ変えていないのに、ミカルの眼差しが妖しい。
視界の脇でミカルの様子を捕らえながら、間近になった気配に俺は息を呑む。
人を見抜き切ったような態度。不愉快で仕方がない。
苛立ちのままその首筋に食らいつき、やけ食いするがごとくに血を飲み干し、仮死を与えて眷属に変えることができれば、どれだけ気が晴れるだろうか。
それでも俺は――。
「……誘惑してお前の心をなびかせることができるなら、人のまま利用するだけだ。裏切る心配はなかったとしても、ずっとお前の顔を見続けなければいけない生はご免だ」
「ああ、そうきましたか。嫌われたものですね」
小さく声を出して笑った後、ミカルは俺へにじり寄って間を詰めた。
「そろそろお食事、いかがですか? 飲みたくてたまらないところ、わざわざ話にお付き合い下さり、本当にありがとうございます」
腕がぶつかり合うほどに近づきながら、首を傾け、ミカルが俺へ首筋を差し出す。
刹那、激しい飢えが込み上げて俺の意識が一瞬途切れる。
バラの香りを宿した血。
俺を飢えから救いながら、弱らせる微毒。
本能のままに貪るなどという獣じみた姿を、この男の前では晒したくない。
理性はそう望んでいるのに、心臓の脈に合わせて頭の芯が熱く疼いてたまらない。
ゆっくりと首筋に牙を近づけるほど、視界がチカチカと点滅する。
俺の自我が、本能に屈服する――。
唇が肌に触れた直後、俺は大きく口を開けてミカルへ一気にかじりつく。
息を取り込むとともに肌へ吸い付けば、甘くどろりとした命の証とバラの香が口内へと広がる。顔をしかめたくなるようなにおいも、吸血直後はどうでもいいと切り捨てられる。
紅茶で喉を潤したばかりだというのに、渇きを覚えて執拗にミカルを吸ってしまう。
まるで子猫だか子犬だかが必死に母親の乳を欲しがり、飲み干そうとするようながっつき。
どれだけ反発しても敵の施しに逆らえないこの身が恨めしい。
食えない男だと内心舌打ちしながら、俺は完全に冷えた紅茶を飲み干す。
ふと視界の脇でミカルの頭が揺れる。
思わず俺は身構え、隣を振り向く。
ミカルは上体を捻り、身を乗り出してこちらに顔を近づけていた。
「カナイ、貴方が嘘をついていないのは分かります。貴方の指摘は間違っていない。しかし、少し引っかかりを覚えてしまうのですよ」
「引っかかり、だと?」
「魔の者に救われたと言いながら、貴方は仲間を増やしていない。吸血鬼の王の座を継ぎ、眷属を増やす力を得たというのに……」
一瞬、俺の意識が強張る。
だがコイツに隙を見せまいという意地が、俺を平静に保たせてくれた。
「望まぬ者を強引に仲間へ変えたくないだけだ。魔の者は不老だ。長く生きる中で、延々と恨みを向けられるのは面白くない」
「……そうですか。協会の手から逃れ、対抗していくためには、仲間を増やしていくことは重要だと思うのですけどね」
「裏切りの危険を高めるだけだ。数が多ければいいものではない」
「カナイを裏切る気になれるほど、気概がある者はそういないと思いますが……貴方の剣技は凄まじい。剣を抜かずとも、気配で心を斬る。逆らえないでしょう」
随分と俺のことを高く買っているな、ミカルの奴。
まあそう見られるのは当然か。俺は物心ついた時から東方の剣技を習い、鍛錬を積んでいた。
奴隷となってからあの方に連れ出してもらうまで剣を握ることは叶わなかった。だが幼き日に身に着けた技は消えず、東方の剣を与えられてからは勘を取り戻し、退魔師たちを幾度となく撃退した。
吸血鬼となって身体能力が格段に上がったことに加え、西方では珍しい剣さばき。魔の者特有の異能よりも、人の時に築き上げた能力のほうが今は俺の強みだ。
不意にミカルが襟元を緩め、白い喉元を俺に見せる。
「試しに私を誘惑して、貴方の眷属にしてみませんか? その気になればできるでしょうし、私を仲間に引き込めば形成が大きく変わりますよ。自分で言うのはどうかと思いますが、私は有能ですから色々と便利ですよ?」
差し出された喉に若干めまいを覚えてしまう。寝起きで空腹だ。バラの香を宿した血だと分かっていても、今は極上の食物だと思えてしまう。
頭の中では、こんな奴の戯れ混じりの話など……と憤慨するのに、吸血鬼の本能が言われた通りにしたいと頭を疼かせる。
ミカルのふざけた提案へ愚かにぐらつきながらも俺は腕を組み、「フン」と顔を逸らす。
「お前など眷属にできるか。仲間になったフリをして、俺と我が同胞たちを退魔師たちに売るのだろ? 強固な守りの姿勢を取られた時、内部から崩していくのは常套手段のひとつだからな」
「私を買って下さっているみたいで光栄です。確かに私がその気になれば、この身を犠牲にして貴方がたを追い詰めることはできるでしょうね」
軽く一笑してから、ミカルは身を乗り出して俺に近づく。
「しかし、私の心を掴んでしまえば優秀な手駒になりますよ? 貴方の下僕よりも役立つ駒に……試す価値はあるとは思いませんか?」
なぜだろうか。表情を何一つ変えていないのに、ミカルの眼差しが妖しい。
視界の脇でミカルの様子を捕らえながら、間近になった気配に俺は息を呑む。
人を見抜き切ったような態度。不愉快で仕方がない。
苛立ちのままその首筋に食らいつき、やけ食いするがごとくに血を飲み干し、仮死を与えて眷属に変えることができれば、どれだけ気が晴れるだろうか。
それでも俺は――。
「……誘惑してお前の心をなびかせることができるなら、人のまま利用するだけだ。裏切る心配はなかったとしても、ずっとお前の顔を見続けなければいけない生はご免だ」
「ああ、そうきましたか。嫌われたものですね」
小さく声を出して笑った後、ミカルは俺へにじり寄って間を詰めた。
「そろそろお食事、いかがですか? 飲みたくてたまらないところ、わざわざ話にお付き合い下さり、本当にありがとうございます」
腕がぶつかり合うほどに近づきながら、首を傾け、ミカルが俺へ首筋を差し出す。
刹那、激しい飢えが込み上げて俺の意識が一瞬途切れる。
バラの香りを宿した血。
俺を飢えから救いながら、弱らせる微毒。
本能のままに貪るなどという獣じみた姿を、この男の前では晒したくない。
理性はそう望んでいるのに、心臓の脈に合わせて頭の芯が熱く疼いてたまらない。
ゆっくりと首筋に牙を近づけるほど、視界がチカチカと点滅する。
俺の自我が、本能に屈服する――。
唇が肌に触れた直後、俺は大きく口を開けてミカルへ一気にかじりつく。
息を取り込むとともに肌へ吸い付けば、甘くどろりとした命の証とバラの香が口内へと広がる。顔をしかめたくなるようなにおいも、吸血直後はどうでもいいと切り捨てられる。
紅茶で喉を潤したばかりだというのに、渇きを覚えて執拗にミカルを吸ってしまう。
まるで子猫だか子犬だかが必死に母親の乳を欲しがり、飲み干そうとするようながっつき。
どれだけ反発しても敵の施しに逆らえないこの身が恨めしい。
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