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一章 捕らわれた吸血鬼
心身の疲れは毒だけじゃない
しおりを挟む「……疲、れた……」
足元をふらつかせながら寝台へ向かい、俺はどさりと体を横たえる。
このまま眠ってしまいたいところだが、こんな情けない姿をミカルに見られようものなら、俺の精神が一発で病む。恥で心が死ぬ。
意地で室内用の靴を脱ぎ、枕まで這って頭を到達させる。
少し体の力を抜いただけで体が寝台へ沈み、心地良い眠気に包まれる。まだ深夜を過ぎたばかり。
魔の者にとっては最も体が活性化する時間だというのに、ミカルのせいで心身が疲弊している。
ミカルの血が俺にとって軽い毒だからという理由もあるが、アイツに服の着脱を手伝われ、風呂を入れられ、それはもう丁寧に体も髪も洗われ――駄目だ。思い出しただけで心が瀕死になる。
俺は捕虜で、アイツのやりたいことをいつでも試験的に行える実験体みたいなもの。
もっと雑に扱え。捕虜に相応しい扱いをしろ。……まさかお前は俺の下僕になりたいのか?
指を一本ずつ、爪の先まで優しく洗う手の感触がよみがえり、俺はおぞましさで首を振る。
風呂を終えて部屋まで俺を送った後、ミカルは就寝のために自室へ戻ったが、立ち去る間際の表情はやけに満足そうだった。
ずっとやりたかったことをやり遂げた、という顔。
そんなに俺を洗いたかったのか? 汚れが気になってた? 魔の者は汚物じゃない。
俺を懐柔しようとしているのか? だとすれば、もっとやりようがあるだろう。
十年――いや、十三年。互いに全力を尽くし、命を懸けて戦い続けてきた相手だというのに。
裏を掻くために、少しでも相手のことを知ろうとしてきたはず。
俺が人だった頃のことは知りようがなくとも、俺という人となりはよく分かっているはずだ。もっと有効に脅すなり、餌をチラつかせるなりして、交渉しようとは思わないのか?
今の扱いは明らかに捕虜じゃない。むしろ愛玩動物――。
困惑していた頭が思わず停止する。
わざわざ俺のために作った寝台。
風呂から出た後に着せられた服も、俺に合わせて用意したと言っていた。絹の白いブラウスに、黒の脚衣。どちらも大きさは気味が悪いほど丁度良い。
まさか、本当は俺を飼うことが目的?
……いや。あくまで親睦を図り、研究に協力してもらいたいだけだろう。そうだと思いたい。
「なんなんだ、あの男は……くそっ。これが毎日続くのか? 勘弁してくれ」
目元を手で覆い、ぼやきながらため息をつく。
昼間に起きて活動していたせいもあり、睡魔が俺に休めと囁いてくる。
いくら捕らわれたとはいえ、戦いは終わっていない。
少しでも反撃の糸口を見つけ、ミカルを出し抜き、勝利するためにも休まなくては。
俺は昼間の活動に備えて眠りにつくことにした。
つい先ほどまでのおぞましい入浴を思い出したまま寝てしまえば、夢の中までミカルが入り込みそうな気がしてならない。
だから意図して俺は、常に隣へ居てくれた僕――人狼のヒューゴの姿を思い出す。
俺に仕えていたとはいえ、俺の体を洗うことなどなかった。
ヒューゴがしてくれたことといえば、髪を櫛で梳くぐらいだ。
大きな無骨な手で、俺の髪を引っ張ってしまわないよう優しく梳いてくれた。
まだ生き別れてから日は経っていないというのに、ヒューゴの手が懐かしくてたまらない。
俺の中で魔の者たちの中へ戻りたいという思いが強まっていく。
そうして意識を手放せば、すんなりと眠りの世界へと落ちていった。
ありがたいことに、夢の世界までミカルの手は伸びなかった。
ただ仲間の夢も、ヒューゴの夢も見ることはなかった。
それだけ俺の心身は疲れ果てていた――。
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