薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

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二章 駆け引き

翻弄される男2

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 怒りからかビクトルの手が硬く拳を作り、小刻みに震えている。
 もう少し冷静な判断ができないようにしておこうかと一笑して煽ってやれば、一気にビクトルは俺に詰め寄り、胸ぐらを掴んで立たせてきた。

 本来はこういう関係なのだ俺たちは。
 ビクトルの反応が至極当たり前すぎて、密かに安堵してしまう。

 このまま殴ってしまえ。そのほうがミカルから与えられた感触を忘れられる。

 何も知らないくせに、俺を愛するなど……馬鹿にするな。
 ああ、くそっ。相手にしなければいいだけなのに、どうしてこうも腹立たしのか。

 顔を赤くしながらビクトルが大きく腕を引く。
 一発もらうだけで気持ち良くなりそうな拳が、俺を目がけて飛んでくる――。

「ビクトル、やめなさい。手出しできない捕虜に対して手を出すなど、人として恥を知りなさい」

 俺を殴ろうとしかけた間際、部屋へ駆け込んだであろうミカルがビクトルの腕を掴む。コイツには珍しく、息が乱れている。

 どうしてここにいると分かった? と言いたげに、ビクトルの目が点になる。その思いを汲んでミカルが答えた。

「先ほどククに食事を運んだのですが、その時に貴方が思い詰めた顔をして地下室を出たと教えてくれまして……急いだ甲斐がありました」

「なぜ止める?! 恥も何も、コイツらは人じゃない。魔の者だ! 倒すべき存在だ! どうせ始末するんだ。殴って何が悪い」

「人でなければ殴っていい? 理由になりませんよ。彼らは元は人。心もあれば各々に考えもあります。彼らの尊厳を踏みにじることは、私が許しません」

 ……本当は助けてもらったと喜ぶべきなのだろうが、むしろ俺は殴られたかったんだが。
 余計なことをしやがって、という悪態がどうしても俺の頭をかすめてしまう。

 昂った感情を発散できず、ビクトルが怒りをより濃くした顔でミカルを睨みつける。
 一目見れば誰もが縮み上がるだろう形相と怒気を目の当たりにしても、ミカルは毅然とした態度を貫く。

「貴方がここへ来て様子がおかしいというのは分かっています。その要因をカナイせいだと決めつけるのは短絡的ですね。一度ここを離れ、協会に戻って体を精査されてはどうですか?」

「そう言って俺をここから遠ざける気か? お前から絶対に目を離すな、という命を受けているんでな。思い通りにはならんぞ」

 ほう。つまりビクトルが監視しているのは、俺だけではないということか。

 ミカルの話と合わせて考えれば、それだけミカルは危険視されているということだ。
 力の強さ故に手駒として置いているが、いつ裏切るか分からない危険因子――内情がこういう形で分かって何よりだ。
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