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四章 そして彼は愛を知る
ミカルの隠れ家
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◇ ◇ ◇
谷から再び森の中へと入り、俺たちは黙々と歩き続ける。
次第に夜霧が出始め、前へ進めば進むほど魔の者の目でも辺りが分からなくなるほどの濃霧へと変わっていく。
それでもミカルは俺の手を引き、この道で間違いないと確信しているような力強い足取りで前へ進んだ。
どれだけ歩いたか分からない。
距離も、時間も、何もかもが狂っていく――その最中、目の前に洞窟が現れた。
ふぅ、とミカルが息をつき、口角を上げた。
「ようやくここまで辿り着きました……あともう少しです」
まるで、もう襲われる心配はないと完全に気を緩めた顔。
随分と不用心だと思ったが、ミカルの顔があまりに嬉しげで、俺の緊張の糸も緩んでしまう。
洞窟の中へと足を踏み入れていくと、思ったよりも歩きやすい一本道だった。
迷う心配はなさそうだが、ミカルは俺の手を離しはしなかった。絶対に俺を連れていくのだという使命感らしきものを強く感じる。……いや、もはや執念と言うべきかもしれない。
わずかな邂逅だけで俺を求め、捕らえてしまったミカル。
この男ならいくら身寄りをなくしたとはいえ、もっと楽な道を選べただろうに。
わざわざ憤りを覚える場所へ身を投じ、それでも力を得て、立派な屋敷に住まえるだけの富と肩書きを手に入れ、俺のためにそれらをすべて手放した。
……俺を掴む手に、狂気じみた念がこもっている気がする。意識してしまうと、背筋にぞくりと悪寒が走る。
だが同時に胸の奥が熱くなる。
理不尽に奪われ続けた俺に、己の人生をかけて心を与えようとしてくれるのだから。
奥のほうに出口が見えてくる。わずかだが明るい。どうやらもう朝方らしい。
洞窟を抜けたらミカルの隠れ家があるのだろうか?
俺も疲れてはいるが、ずっと動き続けているミカルの疲労は相当なはず。早く休ませてやりたかった。
外へ出てすぐに、森の草木が俺たちを出迎える。
しかし少し歩けばすぐに辺りは開け、目の前の光景に俺は息を呑む。
周囲を豊かな森を有した山々に囲まれた、小さな盆地。
その中央に佇むのは、こじんまりとした家だった。山小屋というには造りはしっかりとしており、闇に慣れた目には漆喰の壁が眩しく見える。
そして家の周りを取り囲んでいるのは、数多のバラだった。
大輪の赤を咲かせたもの、小さな薄紅を無数に散りばめたもの、まだ硬い蕾のもの――ふと香りが俺の鼻へ入り、その甘さに体の奥がわずかに疼く。
ああ、ミカルの血の匂いと同じだ。
気づいただけで逃亡の疲れが癒え、俺の頭が完全に緊張の強張りを解いた。
谷から再び森の中へと入り、俺たちは黙々と歩き続ける。
次第に夜霧が出始め、前へ進めば進むほど魔の者の目でも辺りが分からなくなるほどの濃霧へと変わっていく。
それでもミカルは俺の手を引き、この道で間違いないと確信しているような力強い足取りで前へ進んだ。
どれだけ歩いたか分からない。
距離も、時間も、何もかもが狂っていく――その最中、目の前に洞窟が現れた。
ふぅ、とミカルが息をつき、口角を上げた。
「ようやくここまで辿り着きました……あともう少しです」
まるで、もう襲われる心配はないと完全に気を緩めた顔。
随分と不用心だと思ったが、ミカルの顔があまりに嬉しげで、俺の緊張の糸も緩んでしまう。
洞窟の中へと足を踏み入れていくと、思ったよりも歩きやすい一本道だった。
迷う心配はなさそうだが、ミカルは俺の手を離しはしなかった。絶対に俺を連れていくのだという使命感らしきものを強く感じる。……いや、もはや執念と言うべきかもしれない。
わずかな邂逅だけで俺を求め、捕らえてしまったミカル。
この男ならいくら身寄りをなくしたとはいえ、もっと楽な道を選べただろうに。
わざわざ憤りを覚える場所へ身を投じ、それでも力を得て、立派な屋敷に住まえるだけの富と肩書きを手に入れ、俺のためにそれらをすべて手放した。
……俺を掴む手に、狂気じみた念がこもっている気がする。意識してしまうと、背筋にぞくりと悪寒が走る。
だが同時に胸の奥が熱くなる。
理不尽に奪われ続けた俺に、己の人生をかけて心を与えようとしてくれるのだから。
奥のほうに出口が見えてくる。わずかだが明るい。どうやらもう朝方らしい。
洞窟を抜けたらミカルの隠れ家があるのだろうか?
俺も疲れてはいるが、ずっと動き続けているミカルの疲労は相当なはず。早く休ませてやりたかった。
外へ出てすぐに、森の草木が俺たちを出迎える。
しかし少し歩けばすぐに辺りは開け、目の前の光景に俺は息を呑む。
周囲を豊かな森を有した山々に囲まれた、小さな盆地。
その中央に佇むのは、こじんまりとした家だった。山小屋というには造りはしっかりとしており、闇に慣れた目には漆喰の壁が眩しく見える。
そして家の周りを取り囲んでいるのは、数多のバラだった。
大輪の赤を咲かせたもの、小さな薄紅を無数に散りばめたもの、まだ硬い蕾のもの――ふと香りが俺の鼻へ入り、その甘さに体の奥がわずかに疼く。
ああ、ミカルの血の匂いと同じだ。
気づいただけで逃亡の疲れが癒え、俺の頭が完全に緊張の強張りを解いた。
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