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✳︎Chapter1〈1 人間不信のドア越し攻防〉

ep3 ②

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「アッ、アッ、アノ、の、飲み物用意してきます!」

「うん。ありがとう」

 いきおいよく立ち上がって、逃げるようにしてキッチンに向かった。冷蔵庫の中に麦茶がある。二人分のコップを用意して、麦茶を注いだ。

「俺も何か手伝おうか?」

「イエイエイエイエッ! ダッ、だいじょうぶです!」

 気づいたら背後を取られて、おぼんを持つ手が震えた。コップの中のお茶が大きくゆれる。危なげしかない不安定な状態で、色んな意味でひやひやしながら、ソファの前のテーブルまで運んだ。

「聞きたい事があるんだけど、聞いてもいいかな?」

「ヒッ、ハッ、はい!」

 しっとりとぬれている髪に柔らかな笑みをうかべて、篠原くんがわたしのひとみの中を覗き込んだ。

 わぁ、篠原くん、黒目がおっきい……じゃない! 質問があるのはこっちもそう! なんで今日に限っていきなり来たんですか? 今日は誰もいないのに!! さっき、手首ひっぱったのわざとですよね。危ないじゃないですか!!

 言いたいことはいろいろあるけど、今のわたしに、篠原くんへ質問をする余裕は無い。混乱していて考えもまとまらないし、言葉も出てこない。心臓が口から出そう。胸も苦しいし、わたし、本当に今すぐ死ぬかもしれない!!

「ご家族は居ないの?」

「ハヒッ!」

「お母さんはいつ頃帰ってくる?」

「オッ、オ、お母さんは、ユ、ユ、ユウ、夕方には、カッ、帰って来ると、思います……」

「この前から思ってたけど、なぜ敬語なの? クラスメイトだし、タメ口でいいよ?」

「コッ、コ、これは、ソノッ、人とは、ハッ、話し、なれていない、せい、デシテ……」

「もしかして、今日来たの、迷惑だった?」

「エッ、ヤ……ソレハ……」

 迷惑でしたなんて、本人を前にして言えるわけないだろ。答えに困って視線をさまよわせるわたしに、篠原くんは不安そうに表情をくもらせた。

「しばらく来なかったこと怒ってる?」

「エッ、ソッ、ソソッ、そんなまさか! キッ、気にしてないですよ!」

 気にしてない! 気にしてない! むしろ来ないでほしかった!

「そっか、良かった」

 柔らかく笑った篠原くんの笑顔をまともに見てしまい、わたしは一瞬意識を失いかけた。





 カチ、カチ、カチ、カチ……。

 ……気まずい。もう数分以上会話もなく、お互いただ座ってるだけだ。こんな状況耐えられない。

「しばらく来れなかったのには、理由があるんだ」

 お茶を飲んでいた篠原くんが、ようやく話し始めた。

「バスケ部の試合に参加することになってしまって、放課後は毎日練習に参加していたんだ。一言、津田さんに連絡を入れられていればよかったんだけど、連絡先を知らなかったから伝える手段も無くて。帰る時間も遅くなるし、家に行くタイミングも見失ってしまって……。本当に悪かったと思ってるよ。ごめんね」

 しかも今日がその試合の日で、終わった後すぐに来たのだと説明された。なんだそれ、律儀か。

「どうしても早く謝りたかったんだ。津田さんには変な誤解をしてほしくなかったから」

「……ハァ」

 もう来るなって伝えたはずなんだけどな……。別に、無理してこなくてもよかったのに。

 ちらっと横目で、となりに座る美少年を改めて盗み見た。普通に話しかけてくれているけど、この人、わたしを見てもなんとも思わないのだろうか。
 思春期のニキビだらけのデブを見て、引いてる感じがしないし。やぼったい髪の毛とか、顔に似合わなくてダサいめがねとか、着たおしてシミのついたよれよれの部屋着とか、挙動不審な動きや受け答えとか。もろもろ含めて、嫌われる要素しかないはずだ。人と対面する予定が無かったからとても人に見せられたような格好してない。あれ、今日顔洗ったっけ。

 麦茶を飲み終わった篠原くんが、ようやくソファーから立ち上がった。

「アッ、カッ、帰ります?」

 そっか。じゃあ、支度しないとですね!? 傘なら貸してあげますよ! ジャージは、後日洗って返してくれればいいですから!!

「ううん、まだ帰らないよ」

 帰らないの!!!???

「ゲームしようとしていたんでしょう? 俺にも出来そうなゲームってある?」

「……」

 穏やかに笑った篠原くんの顔が眩しすぎて、まともに顔が見られない。

「エッ、エット……マリカーなら……」

「俺、やったことないんだ。教えてよ」

「エッ、エッ」

 本気か? 本気でわたしと遊ぶつもりなのか? このデブスと?

「デッ、デモ……ソノ……」

「津田さんが嫌じゃなければ、一緒にゲームして遊ばない?」

 篠原くんは、そう言って少しだけ首を傾けた。

 今まで人から、いや異性から、そんな優しい扱いを受けたことなんてない。たとえ、散々拒否っていたとしても、優しくされれば簡単に気を許してしまう程には、わたしはチョロい人間だ。
 気づいた時には、わたしは篠原くんとゲームをして遊び始めていた。
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