腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

Alanhart

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✳︎Chapter1〈1 人間不信のドア越し攻防〉

ep11 ここに天国があった

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 篠原くんのおじさんは、30代後半くらいの長身の男性だった。すらりと背の高い180センチはありそうな長身に、目鼻立ちのはっきりした顔立ち。たれ目ぎみの、穏やかで優しそうな雰囲気があった。とてもきれいな男の人だ。儚げでクールな美しさとのある篠原くんとは違って、おじさんはなんかこう……、母性本能をくすぐられるというか、どことなく放っておけない感じがする。14歳が大人に抱く印象として適切かどうかはわからないけれど、とにかく、篠原くんとは違った魅力のある人だと思った。

 おじさんは、帰ってきて早々に晩酌を始めるらしい。買ってきたばかりのお刺身とビールを、テーブルに広げている。
 わたしもそろそろ帰ろうかな。もう、夕飯の時間だし。

「成海ちゃん、お刺身食べる?」

「だ、大丈夫です。もう帰りますんで!」

 おじさんに言われて、わたしはぶんぶんと首を振った。おさしみはすごく美味しそうだけど。

「まぁまぁ、遠慮しないで。今日はご飯を食べていくよね?」

「え、ごはん?」

 篠原くんと晩御飯を一緒にできるなんて嬉しすぎるお誘いだけど、これは社交辞令というやつで、本当は断った方がいいやつ?

「で、でも、わるいですし」

「せっかくだから、食べていきなよ。これから夕飯作るから」

 篠原くんに言われて、わたしは驚いた。

「篠原くんが作るんですか?」

「うん。うちは俺が作るよ。おじさんは、料理ができないからね」

 篠原くん、料理できるの!? す、すげぇ。

「え、えと、じゃあ、お言葉に甘えて……」

 篠原くんの手料理なんてレアすぎるイベントを逃したら、絶対に一生後悔する。





 篠原くんがエプロンを付けて台所に立っている姿は、それはもう最高に眼福だった。慣れた包丁使いや、手際よく作る姿が格好よくてずっと見てられる。まさか篠原くん、料理までできるとは。どこまで完璧なんだ、この人は。

 篠原くんの手料理をいただけるというこの状況は、きっと全世界の女子が喉から手が出るほどうらやましいはずだ。あつかましくも篠原くんのご厚意に甘えているわたしは、いつか天罰が下るかもしれない。いや、むしろ下ったっていい。いっそのこと、篠原くんのすばらしく魅力的なところを存分に堪能してから死んでやるのだ。

「あ、あの、篠原くん。なにかお手伝いしましょうか?」

 とはいっても、篠原くん一人に働かせておいてふてぶてしく待っているだけなのも気が引ける。料理なんて一度もしたことないけど、やさいの皮むきくらいなら出来ると思うし。

 なにか手伝えることがないかと篠原くんの後ろをちょろちょろしていると、「津田さんは向こうでゆっくりしていてね」とやんわり追い出されてしまった。ふがいない限りである。

「成海ちゃんは、生魚大丈夫? 何か好きなものはあるかな?」

「え、えーと……イカとサーモンが好きです」

「じゃあ、イカとサーモンは成海ちゃんにあげるね。ブリは好き?」

「好きです。あ、でも、もう大丈夫です」

「いいよ、いいよ。成海ちゃん食べなよ」

「じゃ、じゃあ、少しだけ……」

 おじさんがにこにこしながら取り分けてくれる。めちゃくちゃいい人。

 しばらくして、出来上がった料理が運ばれてきた。玄米ごはんとお味噌汁、牛肉とピーマンの炒め物に、きんぴらごぼうが小皿に分けられて出てくる。すごすぎて、語彙力足りないけど、すごく身体によさそうな家庭料理だ。

「どうぞ、津田さん。遠慮せずに食べてね」

「いただきます」

 早速、牛肉とピーマンの炒め物を食べてみた。こりこりする野菜の触感、甘ダレとじゅわっとひろがる肉汁がピーマンの苦味と絡み合う。そこにご飯をかきこんで……。

「うんまぁあ――!!」

「お口に合ったようで良かった」

 まさか、篠原くんの手料理がこんなに美味しいなんて。篠原くんが完璧すぎてこわい。

 わたしの勉強を見た後は、家に帰る時にはもう外も暗くなっちゃってるし、その後に買い物もして、ご飯を作ってるとなると、篠原くんの負担が大きすぎるんじゃないのかな。なんだか、申し訳ない。

「あの、篠原くん。わたしの勉強をみるの、大変じゃないですか?」

「そんなことないよ。たまにおばさんがおかずを分けてくれるから、すごく助かってるし」

「そうだったんですか!?」

 知らなかった。しのはらくんとお母さんで、そんなやりとりしてたんだ。

「成海ちゃんのごはん、とっても美味しいよ。いつもありがとうね」

 おじさんが、ほんわか笑って言った。

「お口に合えば何よりです」

 よかった。篠原くんの負担が減ってるなら、お母さんも喜ぶだろう。

「おじさんは、何のお仕事をしているんですか?」

「腕時計のデザインをしたり、作ったりしているよ」

「デザイナーさんですか?」

「どちらかと言えば、職人かな。あとで見せてあげるね」

 篠原くんのおじさん、やさしくていい人だな。気負わせない雰囲気があるっていうか、全体的にほのぼのしてる。

「津田さん、料理は口に合う?」

 篠原くんにきかれて、わたしは力強くうなずいた。

「はい、めちゃくちゃ美味しいです」

「そう、良かった」

 美味しい料理を食べられて、篠原くんの笑顔も見られて今日はとっても幸せだ。

「そうだ咲乃、全教科満点おめでとう。せっかくだから、何かお祝いを用意しようか」

 叔父さんが思い出したように、篠原くんに言った。

 全教科満点!? そういえば、篠原くんのテスト結果まだ聞いてなかったけど、篠原くんすごいな!

「お祝いなんて大丈夫です」

「そう? たまにはいいじゃない。ねぇ、成海ちゃん」

 口にたくさん食べ物をつめこんでて話せないので、全力でうなづく。篠原くんはがんばっているんだから、たまにはわがままになっても良いと思う。

「それよりも叔父さん、さっき逃げてきたって言ってましたよね。何があったんですか?」

「そんなこと言ったかなぁ」

「言いました。とぼけないでください」

「だってあいつ仕事に関係がない文句が多いんだもん。たった3分遅刻したくらいで文句言うし、たまには運動でもしろとかさぁ!」

「3分でも遅刻は、遅刻ですよ叔父さん」

「咲乃までそんなこと言う!?」

 大の大人がごねているのを、篠原くんは苦笑しながら聞いている。これでは大人と子供が逆だ。……何だろう、胸のあたりがきゅっとする。30代の独り身男性を甲斐甲斐しく世話を焼く女子力高めの男子中学生が目の前に。
 これ、現実? 死ぬ前に見る幻かなんかじゃないの? もしかして、わたし死んでる? 実は自分が気づいてないだけで死んでた? 死ぬ間際に夢見てる? すごく尊いんだが。

「津田さん、顔がにやけてるけど……?」

 何かを察したらしい篠原くんが、わたしに笑顔を向けた。

「い、いや……仲が良くて素敵だなと」

「変なこと考えていないよね?」

 失礼だな。美しい情景を尊ぶ、これはまっとうな芸術や文化を愛でる崇高なる精神です!




 すっかりお腹が膨れて、食後は緑茶を飲みつつまったり過ごした。おじさんが作っているという腕時計も見せてもらった。見せてもらった腕時計は、オフホワイトの盤面に時分を示す印の部分はシルバーになっていて、上品で美しい時計だった。
 チッチッチッと細かく時を刻む音が、小動物の鼓動に似ていて、なんだか不思議な愛おしさを感じる。

「機械式時計っていうんだよ。電池じゃなくて、ぜんまいで動くんだ」

「へぇー!」

 おじさんが作っているのは、着けているだけで勝手にネジが巻き上がる“自動巻き“というものらしい。毎日ネジを巻かなくても良いなんて、すごいなぁ。

「おじさんの時計、1個一千万くらいするんだよ」

「いっせ……っ!?」

 信じられない金額に、思わず叫びそうになった。そんな高級品を、篠原くんのおじさんが作ってるなんて信じられない。

「す……、すごい職人さんなんですね。おじさんって」

「いやぁ、それほどでも」

 わたしが尊敬を込めて言うと、おじさんは照れた様子で頭の後ろをかいた。

 そうこうしているうちに、時間は8時をとっくに過ぎていた。ちょっとお邪魔し過ぎちゃったな。もう帰らないと。

「あの、わたしそろそろ帰ります」

「そっか。じゃあ、ぼくが送るよ」

「すみません、お願いします」

 わたしが帰ることを伝えると、おじさんが家まで送ってくれることになった。もう空も真っ暗だし、帰り道は人通りが少なくなるから、送ってもらえるのはすごく助かる。

「津田さん、気を付けてね」

 帰り支度をすませて玄関へ向かうと、篠原くんが見送りに来てくれた。

「ありがとうございます。今日はごちそうさまでした」

 篠原くんの家にお招きされて、手作り料理まで食べちゃって、本当に素敵なご褒美だったな。こんなご褒美がもらえるなら、これからも勉強も頑張ろうと思えてしまう。篠原くんは、飴と鞭の使い分けが上手い。

「いつでも遊びにおいでよ。咲乃が料理を作ってくれるからさ」

「たまには叔父さんも作ってみたらどうですか?」

「ぼくが作るより、きみが作ってくれた方が美味しいよ」

 わたしの前でいちゃついてんじゃねぇよ、ホントにありがとうございます!

「津田さん、また顔がにやけてるよ」

 篠原くんの笑顔が固い! わたしはすぐさま表情筋に力を入れた。






 わたしは今、洗面所前で正座待機中だ。お姉ちゃんがお風呂に入っていると、お母さんから教えてもらったのだ。今まで散々バカにしてきたお姉ちゃんに、今回のテスト結果を報告してぎゃふんと言わせてみせるのだ。

 洗面所の扉が開いた。頭にタオルを巻いて部屋着を着たお姉ちゃんが、鬱陶しそうにわたしを見下ろしている。

「何やってんのよ、あんた」

 メイクを落としたお姉ちゃんの目は細くて、極悪人かと思うほどに目つきが悪い。肌はきれいだけど、すっぴんは目つきの悪い肌色のおかめさんみたいだ。普段、美人だといわれるお姉ちゃんも、所詮はメイクのおかげ。津田家の遺伝子など、こんなものだ。

「本日は、ご報告したいことがありまして」

「めずらしくテストで良い点とったんでしょ? もうお母さんから聞いてるわ」

 なんだよ、お母さんのおしゃべり。せっかく驚かせてやろうと思ったのに。お姉ちゃんがぎゃふんと言うそぶりはなくて、わたしはがっかりした。

「っていうか、テスト前に勉強するなんて普通でしょ。今更、自慢することじゃないわ」

 うぐぐ……。

「そうだけどさ。はじめていい点とったんだから、褒めてくれたっていいじゃん。めちゃくちゃ頑張りましたよ、わたし!」

「たった一回のテストが良かったからって調子乗ってんじゃないわよ。高得点を取ったって、学んだことが活かせなきゃ意味ないでしょ」

「……」

 すごい。ぐうの音も出ないや。

「どきなさい」と軽くあしらわれ、お姉ちゃんは正座しているわたしの横を過ぎて行った。

「……ぐやじいよ゛ぉ゛」

 わたしはずびっと鼻水をすすった。
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