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Chapter2〈4 クラスの王様〉

ep37 ③

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 日高先生が、デスクの中から一枚のプリントを抜き出して、わたしに差し出した。事前に、篠原くんが同じクラスだと知っていたから、改めて3年生のクラスに誰がいるかなんて確認していなかったのだ。

 少しだけ、ちなちゃんもいるかもと期待したが、ざっと目を通した限りでは、ちなちゃんの名前は無かった。知っているような気もする名前も見かけるが、顔と名前が一致しない。殆ど知らない名前の羅列だ。もちろん、わたしをいじめていた女の子たちの名前もない。
 ほっと安心して、再びクラス表を眺める。すると、ある名前で目が止まった。

 津田成海と書かれた名前から下の方に、「新島悠真にいじまゆうま」という名前。小6の頃、消しゴムの恋占いを信じてしまうほどに好きだった、わたしの初恋の相手の名前があった。

 いじめっこたちが居なくて安心しきっていた気持ちが、真っ逆さまに落ちていった。わたしの消しゴムに自分の名前が書かれているのを見つけて、ぞっとした表情でわたしを睨んできた彼の表情を思い出す。


――何? お前、ストーカー? 最悪。俺、ブス大っ嫌いなんだけど。


 新島くんを知ったのは小学3年生の頃だった。その頃から淡い片思いを続けてきた。約3年間の恋心は、その一言で踏みつぶされてしまった。

 あれからわたしは、二度と恋なんかするもんかと心に誓った。もう、好きだった人に拒絶されて、あんな気持ちになるのは絶対に嫌だと思ったから。






 学校が終わった頃、いつものように篠原くんが家に来た。篠原くんの事が大好きなお母さんは、彼を引き留めて長話を始めてしまう。篠原くんは、何とか話の区切りの良いところで切り抜けると、わたしの部屋に入ってきて床に腰を下ろした。

「随分長かったですね、お母さんの話」

 お母さん、おしゃべりだからなぁ。
 篠原くんを憐れんで見ると、すこしだけむっとした顔をされた。

「聞こえてた?」

「声デカいですから、うちのお母さん」

「聞こえてたのなら、迎えに来てくれてもいいんじゃない?」

「嫌ですよ。めちゃくちゃわたしのこと愚痴ってたじゃないですか」

 お母さんの長話の内容は、大抵わたしの愚痴だ。おしゃべりだから、わたしがだらしないとか、言う事を聞かないとか、恥ずかしいことも全部篠原くんに喋ってしまう。

「ねぇ、津田さん。新しいクラスのことなんだけど」

「ヒッ」

  勉強道具の用意をしていたわたしの肩が跳ね上がる。何を聞かれるのかわかって、冷や汗がらだらだら流れた。

「新島くんって、津田さんの初恋の人だったよね?」

 やっぱり来た。絶対そこ、触れてくるよなぁ……。

「……ハ、ハイ、ソウデスネ、ハイ」

  
 思わず口ごもるわたしに、篠原くんはちゃんと座るように視線で促した。わたしは、びくびくしながら、正座をして篠原くんの前に座った。
 篠原くんの黒い瞳がまっすぐにわたしを見つめてくる。わたしの反応を観察するような視線。心の中まで見透かされているみたいで、すごく居心地が悪い。

「津田さん、新島くんのこと今はどう思っているの?」

「な、何で、ですか?」

「まだ好きなの?」

 鋭く疑問を投げつけてくる篠原くんに、わたしは縮みあがっていた。新島くんの話はしたくないのに、篠原くんはわたしを逃がす気がないようにまっすぐと見つめている。

「大事な話だよ、津田さん。教室復帰するんでしょう?」

「うっ……うぅ……」

「好きなの?」

 再び聞かれたので、わたしは思いっきり首を左右に振って否定した。

「本当?」

 探るように尋ねられて、なんだかムカついてきた。篠原くんにはデリカシーは無いのか。こっちとしては恥ずかしくて仕方ないのに!

「新島くんが好きだったのって、小学生の頃の話ですよ!? もうとっくに振られてますし!!」

「告白してたの?」

 篠原くんがびっくりして尋ねる。

「いや……そうじゃないですけど……。あの、消しゴムの占いで……」

 消しゴム占いの話は、稚奈ちゃんが喋っちゃったから篠原くんも知っている。
 篠原くんは、おどおどと喋るわたしに、困った顔で眉を下げた。

「津田さん改めて聞くけれど、本当に、教室復帰するつもり?」

 すぐに答えられなかった。
 行くって決めたのは自分なのに、新島くんが怖い。また、嫌そうに睨まれるのかと思うと、心臓がぎゅっと縮んでしまう。

 わたしが答えに困っていると、篠原くんが静かに言った。

「大丈夫だよ、津田さん」

「……え」

「何があっても、俺が守ってあげるから」

 篠原くんは、きらきらした優しい顔で目を細めて微笑んだ。

「俺は津田さんの味方だから、ね?」

「ふ゛く゛っ゛う゛……う゛う゛う゛ぅ゛っ、……あ゛っ、あ゛り゛か゛、と゛……ぉ゛っ……ぉ゛……」

「津田さん、涙拭いて。鼻水垂れてる」

 篠原くんは、苦笑しながら近くの箱ティッシュを渡してくれた。

 新学期が始まって、篠原くんとわたしを取り巻く環境が変わろうとしている。せっかく、自分の意志で教室復帰を決めたのに、わたしは本当に学校生活を送れるのだろうか。
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