腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

Alanhart

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〈5 錯綜クインテット〉

ep85 輝け青春、英至中学校体育祭!!!

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「もういっそのこと順位とかどうでもいいから、とにかく走れ!! 俺たちが後から巻き返すから!! だから走れ!!!!」

 悠真が大声を張り上げて応援し始めると、戸惑ったようなクラスメイト達の視線が、ようやく成海の方へ向いた。その後、少しずつ成海を応援する声が上がってきた。

 成海は歯を食いしばり、必死に腕を振る。ほとんど梅干しぐらい赤くなっている顔色で、ふへぃふへぃとへんな音を肺の奥から鳴らしながら懸命に走った。

 ようやくバトンを次の走者に渡して、しばらく酷い呼吸を吐きながら息を整えている。大分抜かされてしまったが、成海なりに必死に走ったのだ。悠真はひとまず安心して息を吐いた。

 順位は5位までに落ち込んでいる。しかし、まだまだ中盤だ。これから後半にかけて、タイムの速い生徒が走るよう調節されている。対して緑は、これから速度が落ちていく。早抜けは序盤が有利だが、戦況が変わった時の巻き返しができない。チャンスはまだ、失ったわけではない。

「悠真があんなこと言うから、こっちのプレッシャーでかくなったじゃん!」

 小林が悠真に抗議する。次の走者は小林だった。

「せめて3位は余裕でしょ」

「いやいやいや、無茶だって! いくらなんでもこれから巻き返すなんて無理だって!!」

 悠真が平然と言ってのけると、小林が慌てて反論した。
 結果的に小林は全力で走ることになり、なんとか3位に巻き返した。「デブが死ぬ気で走ったんだから、やれよ」と悠真に発破おどしをかけられて。

 順位は3位を維持したまま、ついにラスト2走、咲乃がスタート位置についた。現状1位を守り続けている緑組のスタート位置には、神谷が立つ。

「残念だったな、篠原。せっかく考えた走順だろ? トンちゃんあたりからガタガタじゃねーか」

「そっちの走順は早抜きじゃなかったっけ。4組の底辺ドベはお前ってこと?」

 にやにやと楽しそうに笑う神谷に、爽やかに微笑んで咲乃が言い返す。なぜだか二人の間だけ、冷たい風が吹雪いているようだった。



 緑組の走者が迫る。神谷が走り出し、後ろ手にバトンを受け取ると猛ダッシュを始めた。続いて咲乃も、バトンを受け取って走る。

 早抜き順で組んでいた緑だったが、後半の巻き返しデメリットのカバー用に、最後ラスト2走は速い走者で固めているらしい。4組のアンカーは、陸上部の男子だ。

 悠真はスタート位置に付く。咲乃が2位の桃組の走者を抜き去り、1位との距離を詰めた。

 神谷との間隔は、あと5メートル。神谷は去年の怪我が原因で、以前より速く走れなくなっているという噂があったが、そんなことは全く感じさせない走りだった。密かにトレーニングを重ねていたのだろう。咲乃はラストスパートにかけて速度を上げた。

 あと3メートル、咲乃が距離を詰める。

 2メートル、神谷が速度を上げた。

 1メートル、咲乃が食らいつく。

 あと少し。あと少しで、神谷に追いつく。

 ――メートル、神谷がアンカーにバトンを手渡した。
 と同時に、悠真は咲乃からバトンを受け取る。緑組のアンカーとほぼ同時にスタートした。

 風が悠真を押し返す。全身を使って前へ向かう。陸上部のアンカーは、悠真を引き剥がさんと速度を上げる。悠真も必死に食らいついた。
 周りの声援は風の音でかき消され、ぼうぼうと耳障りな音を立てて流れる。蹴り上げた足が砂埃を巻き上げた。日差しは高く、直射日光が悠真の肌を焼く。

 緑のアンカーと肩の差で競り合う。せっかく、咲乃がつないだ1位へのバトンだ。絶対に掴まなきゃいけない1位だ。


 ――それに俺は、新島くんを買っているんだよ。きっと、俺には出来ないことをやってくれるって。


 突然、悠真の頭の中に咲乃の言葉が響き、悠真は驚いた。なぜこんなときにあの時のことを思いだすのだろう。混乱のあまり、一瞬足がもつれそうになる。
 丁度競り合っていた緑組のアンカーに抜かされ、1メートルほど差が開いた。

 悠真は必死に腕を振り、アンカーの背中に食らいつく。絶対に1位を取ると意気込んだ矢先のミスだった。

 悠真は思う。なぜ、篠原は自分にアンカーを託したのだろうと。たしかに、スポーツテストのシャトルランの結果は悠真の方が上だった。だが、100メートル走では、咲乃だって悠真に負けなかったではないか。咲乃だって、アンカーになる素質があったのに。なぜ、自分だったのか。

 咲乃が悠真を買っていると言った時も、悠真にはわけがわからなかった。
 何にも持たない空っぽな人間に、咲乃に敗北した人間に、一体どこに買うことがあるのだろうと。いっそのこと、成海を押し付けたのは罰ゲームだと言ってもらった方がよかった。
 アンカーを引き受けたのだって、今までずっとそうなるのが当然だったからだ。走れるから走った。だからといって、それ以上の熱量はない。それでも1位2位は余裕で取れた。

 体育祭なんか、たかが中学の行事に過ぎない。必死になるなんてバカみたいだと思っていた。だから自分は空っぽなんだと思う。

 何ごとも本気になれない自分は。
 不器用なバカを足蹴にして、自分だけは汚れないように生きてきた自分には。

 ――ラストから二番目、俺が新島くんアンカーにつなぐ。

 そんな人間クズに、すいぶんと厄介な期待をかけたものだ。
 咲乃が託したバトンは、想像以上に重かった。

 ――できれば貢献したいですよ。わたしだって、みんなの足を引っ張りたいわけじゃないんです。
 ――だって、走順を考えたのは、篠原くんなんですよ?


 あぁ、だから成海あのデブも、あんなことを言ったのか。篠原に何かを託されたんだとしたら、絶対に逃げることなんかできないもんな。


 悠真は走った。今はもう、4組のアンカーのことなど目に入っていない。ただ、ゴールテープに向かって、全力で走った。

 身体がゴールテープに触れたとき、初めて青組の歓声が、濁流のように悠真を包み込んだ。
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