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7 タバコとキス
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私の名前は綾。
現在二十三歳で大学を卒業して小さな広告代理店に勤めていた。
仕事なんてどうでもいい感じで、毎日が灰色で、ただ夜の路地裏で一服する瞬間だけが、息が詰まるこの街で唯一の救いだった。
夜、いつものようにベランダで煙草をくゆらせていた。
秋の風が冷たく、街灯の光がぼんやりと煙を照らす。
隣のマンションのベランダから、かすかな歌声が聞こえてきた。
低くて、掠れた声。女の声だった。
興味本位で覗くと、そこに彼女がいた。
黒い髪を無造作に束ね、赤いワンピースを着た女。
後で知ったけど、名前はスズカで二十五歳のバーテンダー。
彼女のベランダには、古いラジオが置かれていて、ジャズが流れていた。
「煙、こっちに来てるわよ」
彼女が笑って言ったのが、最初の一言。
煙草を咥えたまま、こちらを振り返る。
唇が少し濡れていて、街灯の光で艶めかしく光る。
私は慌てて煙を吐き出し、謝った。
でも、彼女はただ微笑んだ。
「いいのよ。嫌いじゃないわ。私も吸うの」
それから、私たちはベランダ越しに話すようになった。
毎晩、煙草の火を灯し、互いの吐息を分け合うように。
スズカの話はいつも少し危うい。失恋の傷跡、夜の街で出会う男たちのくだらないエピソード。
でも、その瞳はいつも私を捕らえて離さない。
深くて、黒くて、煙のように揺らぐ。
ある雨の夜、ついにベランダを越えた。
私は彼女の部屋に招かれ、濡れたコートを脱いだ。
部屋は薄暗く、ジャズのレコードが回っている。
スズカはカウンターでグラスを磨きながら、煙草を一本差し出した。
「一緒に吸おうか」
私は頷き、彼女の隣に座った。
指先が触れ合い、火をつけるライターの音が響く。
煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
スズカの視線が、私の唇に注がれる。
「綾の唇、きれいね。煙が似合う」
心臓が跳ねた。彼女の指が、私の頰に触れる。
冷たくて、柔らかい。
私は目を閉じ、彼女の息遣いに耳を澄ます。
スズカの唇が、近づいてくる。
最初は優しく、探るように。
煙草の苦味が混じったキス。彼女の舌が、私の唇をなぞる。
「ん……」
私は喘ぐように息を漏らし、彼女の首に腕を回した。
キスは深くなり、スズカの体温が、私の胸に伝わる。
ワンピースの裾がずれ、彼女の太ももが露わになる。
私の手が、そこに滑り込む。滑らかな肌、熱い脈動。
彼女の吐息が、私の耳元で囁く。
「もっと……綾、もっと深く」
煙草はまだ咥えていたけど、火が揺らぐ。
スズカが私の煙草をそっと取り、灰皿に置く。代わりに、自分の煙草を口に咥え、火を灯す。
赤い火種が、部屋の薄暗がりで妖しく光る。
彼女は私の顔を覗き込み、微笑んだ。
「火、貸してあげる」
私は息を飲んだ。スズカの新しい煙草を一本取り出し、口に咥える。
火がついていない、ただの白い紙巻き。彼女の視線が、私の唇に固定される。
ゆっくりと、顔を近づける。
息が混じり合う距離。
雨の音が、外で激しく叩く中、私たちの吐息だけが部屋を満たす。
スズカの唇が、煙草の先で触れる。
火がついた彼女の煙草と、私の火のない煙草を、ぴたりとくっつける。
赤い火種が、紙の端を焦がす。
熱い、かすかな痛みを感じだった。
顔が近すぎて、鼻先が触れ合い、互いの息が熱く絡みつく。
間接キスみたいに、唇は触れていないのに、すべてが繋がる感覚を覚えた。
煙草の火が、私の口元でゆっくりと燃え移る。
スズカの息が、私の肺に流れ込むようだ。
苦い煙の匂いと、彼女の甘い体温。
「これが……シガーキス」
彼女の声が、低く震える。
火が完全に移った瞬間、スズカの目が細くなる。
満足げに、ゆっくりと顔を離す。
お互いのタバコが唇から離れた瞬間スズカの唇が、すぐに私の唇に重なる。
本物のキス。煙の味が混じった、熱いもの。
舌が絡み、互いの煙草を咥えたままの余韻が、甘く疼く。
お互いタバコを灰皿に置き、私は彼女の首筋に手を回し、引き寄せる。
キスは止まらない。
煙草は床に落ち、灰が散った。
彼女の指が私のシャツのボタンを外し、胸に触れる。
軽く、爪を立てて。痛みと快楽が混じり、私は背を反らした。
スズカの唇が首筋に移り、煙の残り香を残す。体が熱い。シガーキスの熱が、まだ口元に残っている。
その夜、私たちは煙のように溶け合った。
ベッドの上で、互いの体を確かめ合う。
スズカの肌は白く、柔らかく、私の指が沈む。
彼女の喘ぎ声が、ジャズのメロディに溶ける。
「綾……好きよ、あなたの匂い。火を貸すみたいに、全部よこして」
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、スズカの寝顔を優しく照らしていた。
私はベッドの端に腰掛け、昨夜の灰を指で払い落としながら、彼女の輪郭をなぞるように見つめていた。
黒い髪がシーツに広がり、唇が少し開いて、穏やかな息遣いが聞こえる。
煙草の匂いがまだ部屋に残っていて、私の鼻をくすぐる。
あのシガーキス、火を分け合うような熱い感触が、胸の奥でくすぶり続けている。
顔を近づけ、息を共有した瞬間。
唇は触れなかったのに、心まで焦がされた。
「綾……まだいるの?」
スズカの声が、眠たげに響いた。
目を開けずに手を伸ばし、私の腕を掴む。
その指先は細くて、冷たいのに、触れるだけで体が熱くなる。
私は彼女の手を握り返し、ベッドに身を寄せた。
「うん。起きるの、惜しいよ」
彼女はくすりと笑い、体を起こした。
ワンピースの肩紐がずれ落ち、鎖骨が露わになる。
私は視線を逸らせられず、そこに唇を寄せた。
軽く、息を吹きかけるように。
スズカの体がびくりと震え、彼女の指が私の髪を掻き乱す。
「朝から、そんなに甘いことするの? 綾は、煙草より中毒性あるわ」
キスは自然に始まった。
朝の柔らかな光の中で、昨夜の激しさとは違う、ゆったりとしたもの。
スズカの唇は柔らかく、煙の苦味が薄れて、甘い余韻だけが残っている。
私は彼女の首筋に舌を這わせ、耳元で囁いた。
「スズカの匂い、好き。煙と混じって、頭がおかしくなる」
彼女の息が乱れ、手が私の背中を滑る。
シャツの裾をまくり上げ、素肌に触れる。
爪が軽く食い込み、痛みが甘い痺れに変わる。
私は喘ぎを抑えきれず、彼女の胸に顔を埋めた。
柔らかな膨らみが、私の頰に押しつけられる。
スズカの心臓の音が、速く鳴っている。
「綾……触って。もっと、強く」
私は従った。
指先で輪郭を確かめ、布越しに息の速さを測る。
小さく震える度に、空気が温度を上げていく。
雨は止んでいたけど、部屋の中はまだ湿気を帯びていて、二人の汗が混じり合う。
スズカの手が私の腰に回り、引き寄せる。
私たちは再び絡み合い、ベッドの上で体を重ねた。
彼女の太ももが私の脚に絡みつき、滑らかな感触が全身を駆け巡る。
「ここ……好き?」
スズカの声が、耳元で溶けるように響く。
彼女の指が、私の体温の芯を探すみたいに、腰骨の内側をなぞる。
熱い波が下腹に広がり、思わず声が漏れた。
「あっ……スズカ、待って……」
「待てないわ。綾の声、聞かせて」
キスが深くなる。舌が絡み、互いの味を確かめ合う。
煙草の火は消えていたけど、二人の体は新しい炎を灯していた。
私は彼女の体を押し倒し、唇を鎖骨から腹へ、ゆっくりと下ろしていく。
スズカの肌は熱く、震えが伝わってくる。彼女の指が私の肩を掴み、爪の跡が今を刻む。
時間が溶けた。どれだけ体を重ねたか、わからない。
汗と吐息が部屋を満たし、ジャズのレコードが止まっていたのも気づかなかった。
ようやく動きが止まり、私たちは横に並んで天井を見つめた。
スズカの頭が私の肩に寄りかかり、指が絡み合う。
「綾、この街、灰色だって言ってたけど……今は、違う色に見える?」
私は頷き、彼女の髪を撫でた。
「うん。スズカの色。煙みたいに、ぼんやりしてて、でも熱い」
それから、私たちの夜は変わった。
毎晩、ベランダで煙草を吸い、灰を落とす合図で部屋を訪れる。
時にはバーで待ち合わせ、カウンター越しに視線を交わす。
スズカの仕事着姿、黒いエプロンに煙草の匂いが染みついて、ますます魅力的だ。
客の男たちが彼女に声をかけても、私はただ微笑んで煙を吐く。
彼女は私のものだ、と心の中で呟く。
ある冬の夜、雪が降り始めた。
スズカの部屋で、暖炉代わりのヒーターの前で座り、ワインを飲みながら話した。
彼女の過去、失恋の痛み。私は自分の仕事のくだらなさ、家族との距離。煙草を一本ずつ吸い、灰皿に落とす。
キスはいつもシガーキスから始まる。火のない煙草を口に咥え、スズカの火を分けてもらう。
顔を近づけ、息を共有する。あの瞬間、間接キスのような甘い緊張が、二人の体を震わせる。
苦くて、甘くて、息苦しいほどの幸福。
「綾、ずっとこのままでいい?」
スズカの目が、揺らぐ。私は煙を吐き出し、彼女を抱き寄せた。
「いいよ。火が消えても、熱は残るみたいに」
雪は静かに積もり、街を白く染めた。
私たちの関係は、灰のように儚く、でも火のように熱い。
シガーキス。それは、ただの火の貸し借りじゃない。
私たちの絆、息遣い、秘密の合図。
いつかこの街を離れる日が来ても、この熱を忘れない。
スズカの唇に、永遠に刻まれた火の味を。
現在二十三歳で大学を卒業して小さな広告代理店に勤めていた。
仕事なんてどうでもいい感じで、毎日が灰色で、ただ夜の路地裏で一服する瞬間だけが、息が詰まるこの街で唯一の救いだった。
夜、いつものようにベランダで煙草をくゆらせていた。
秋の風が冷たく、街灯の光がぼんやりと煙を照らす。
隣のマンションのベランダから、かすかな歌声が聞こえてきた。
低くて、掠れた声。女の声だった。
興味本位で覗くと、そこに彼女がいた。
黒い髪を無造作に束ね、赤いワンピースを着た女。
後で知ったけど、名前はスズカで二十五歳のバーテンダー。
彼女のベランダには、古いラジオが置かれていて、ジャズが流れていた。
「煙、こっちに来てるわよ」
彼女が笑って言ったのが、最初の一言。
煙草を咥えたまま、こちらを振り返る。
唇が少し濡れていて、街灯の光で艶めかしく光る。
私は慌てて煙を吐き出し、謝った。
でも、彼女はただ微笑んだ。
「いいのよ。嫌いじゃないわ。私も吸うの」
それから、私たちはベランダ越しに話すようになった。
毎晩、煙草の火を灯し、互いの吐息を分け合うように。
スズカの話はいつも少し危うい。失恋の傷跡、夜の街で出会う男たちのくだらないエピソード。
でも、その瞳はいつも私を捕らえて離さない。
深くて、黒くて、煙のように揺らぐ。
ある雨の夜、ついにベランダを越えた。
私は彼女の部屋に招かれ、濡れたコートを脱いだ。
部屋は薄暗く、ジャズのレコードが回っている。
スズカはカウンターでグラスを磨きながら、煙草を一本差し出した。
「一緒に吸おうか」
私は頷き、彼女の隣に座った。
指先が触れ合い、火をつけるライターの音が響く。
煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
スズカの視線が、私の唇に注がれる。
「綾の唇、きれいね。煙が似合う」
心臓が跳ねた。彼女の指が、私の頰に触れる。
冷たくて、柔らかい。
私は目を閉じ、彼女の息遣いに耳を澄ます。
スズカの唇が、近づいてくる。
最初は優しく、探るように。
煙草の苦味が混じったキス。彼女の舌が、私の唇をなぞる。
「ん……」
私は喘ぐように息を漏らし、彼女の首に腕を回した。
キスは深くなり、スズカの体温が、私の胸に伝わる。
ワンピースの裾がずれ、彼女の太ももが露わになる。
私の手が、そこに滑り込む。滑らかな肌、熱い脈動。
彼女の吐息が、私の耳元で囁く。
「もっと……綾、もっと深く」
煙草はまだ咥えていたけど、火が揺らぐ。
スズカが私の煙草をそっと取り、灰皿に置く。代わりに、自分の煙草を口に咥え、火を灯す。
赤い火種が、部屋の薄暗がりで妖しく光る。
彼女は私の顔を覗き込み、微笑んだ。
「火、貸してあげる」
私は息を飲んだ。スズカの新しい煙草を一本取り出し、口に咥える。
火がついていない、ただの白い紙巻き。彼女の視線が、私の唇に固定される。
ゆっくりと、顔を近づける。
息が混じり合う距離。
雨の音が、外で激しく叩く中、私たちの吐息だけが部屋を満たす。
スズカの唇が、煙草の先で触れる。
火がついた彼女の煙草と、私の火のない煙草を、ぴたりとくっつける。
赤い火種が、紙の端を焦がす。
熱い、かすかな痛みを感じだった。
顔が近すぎて、鼻先が触れ合い、互いの息が熱く絡みつく。
間接キスみたいに、唇は触れていないのに、すべてが繋がる感覚を覚えた。
煙草の火が、私の口元でゆっくりと燃え移る。
スズカの息が、私の肺に流れ込むようだ。
苦い煙の匂いと、彼女の甘い体温。
「これが……シガーキス」
彼女の声が、低く震える。
火が完全に移った瞬間、スズカの目が細くなる。
満足げに、ゆっくりと顔を離す。
お互いのタバコが唇から離れた瞬間スズカの唇が、すぐに私の唇に重なる。
本物のキス。煙の味が混じった、熱いもの。
舌が絡み、互いの煙草を咥えたままの余韻が、甘く疼く。
お互いタバコを灰皿に置き、私は彼女の首筋に手を回し、引き寄せる。
キスは止まらない。
煙草は床に落ち、灰が散った。
彼女の指が私のシャツのボタンを外し、胸に触れる。
軽く、爪を立てて。痛みと快楽が混じり、私は背を反らした。
スズカの唇が首筋に移り、煙の残り香を残す。体が熱い。シガーキスの熱が、まだ口元に残っている。
その夜、私たちは煙のように溶け合った。
ベッドの上で、互いの体を確かめ合う。
スズカの肌は白く、柔らかく、私の指が沈む。
彼女の喘ぎ声が、ジャズのメロディに溶ける。
「綾……好きよ、あなたの匂い。火を貸すみたいに、全部よこして」
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、スズカの寝顔を優しく照らしていた。
私はベッドの端に腰掛け、昨夜の灰を指で払い落としながら、彼女の輪郭をなぞるように見つめていた。
黒い髪がシーツに広がり、唇が少し開いて、穏やかな息遣いが聞こえる。
煙草の匂いがまだ部屋に残っていて、私の鼻をくすぐる。
あのシガーキス、火を分け合うような熱い感触が、胸の奥でくすぶり続けている。
顔を近づけ、息を共有した瞬間。
唇は触れなかったのに、心まで焦がされた。
「綾……まだいるの?」
スズカの声が、眠たげに響いた。
目を開けずに手を伸ばし、私の腕を掴む。
その指先は細くて、冷たいのに、触れるだけで体が熱くなる。
私は彼女の手を握り返し、ベッドに身を寄せた。
「うん。起きるの、惜しいよ」
彼女はくすりと笑い、体を起こした。
ワンピースの肩紐がずれ落ち、鎖骨が露わになる。
私は視線を逸らせられず、そこに唇を寄せた。
軽く、息を吹きかけるように。
スズカの体がびくりと震え、彼女の指が私の髪を掻き乱す。
「朝から、そんなに甘いことするの? 綾は、煙草より中毒性あるわ」
キスは自然に始まった。
朝の柔らかな光の中で、昨夜の激しさとは違う、ゆったりとしたもの。
スズカの唇は柔らかく、煙の苦味が薄れて、甘い余韻だけが残っている。
私は彼女の首筋に舌を這わせ、耳元で囁いた。
「スズカの匂い、好き。煙と混じって、頭がおかしくなる」
彼女の息が乱れ、手が私の背中を滑る。
シャツの裾をまくり上げ、素肌に触れる。
爪が軽く食い込み、痛みが甘い痺れに変わる。
私は喘ぎを抑えきれず、彼女の胸に顔を埋めた。
柔らかな膨らみが、私の頰に押しつけられる。
スズカの心臓の音が、速く鳴っている。
「綾……触って。もっと、強く」
私は従った。
指先で輪郭を確かめ、布越しに息の速さを測る。
小さく震える度に、空気が温度を上げていく。
雨は止んでいたけど、部屋の中はまだ湿気を帯びていて、二人の汗が混じり合う。
スズカの手が私の腰に回り、引き寄せる。
私たちは再び絡み合い、ベッドの上で体を重ねた。
彼女の太ももが私の脚に絡みつき、滑らかな感触が全身を駆け巡る。
「ここ……好き?」
スズカの声が、耳元で溶けるように響く。
彼女の指が、私の体温の芯を探すみたいに、腰骨の内側をなぞる。
熱い波が下腹に広がり、思わず声が漏れた。
「あっ……スズカ、待って……」
「待てないわ。綾の声、聞かせて」
キスが深くなる。舌が絡み、互いの味を確かめ合う。
煙草の火は消えていたけど、二人の体は新しい炎を灯していた。
私は彼女の体を押し倒し、唇を鎖骨から腹へ、ゆっくりと下ろしていく。
スズカの肌は熱く、震えが伝わってくる。彼女の指が私の肩を掴み、爪の跡が今を刻む。
時間が溶けた。どれだけ体を重ねたか、わからない。
汗と吐息が部屋を満たし、ジャズのレコードが止まっていたのも気づかなかった。
ようやく動きが止まり、私たちは横に並んで天井を見つめた。
スズカの頭が私の肩に寄りかかり、指が絡み合う。
「綾、この街、灰色だって言ってたけど……今は、違う色に見える?」
私は頷き、彼女の髪を撫でた。
「うん。スズカの色。煙みたいに、ぼんやりしてて、でも熱い」
それから、私たちの夜は変わった。
毎晩、ベランダで煙草を吸い、灰を落とす合図で部屋を訪れる。
時にはバーで待ち合わせ、カウンター越しに視線を交わす。
スズカの仕事着姿、黒いエプロンに煙草の匂いが染みついて、ますます魅力的だ。
客の男たちが彼女に声をかけても、私はただ微笑んで煙を吐く。
彼女は私のものだ、と心の中で呟く。
ある冬の夜、雪が降り始めた。
スズカの部屋で、暖炉代わりのヒーターの前で座り、ワインを飲みながら話した。
彼女の過去、失恋の痛み。私は自分の仕事のくだらなさ、家族との距離。煙草を一本ずつ吸い、灰皿に落とす。
キスはいつもシガーキスから始まる。火のない煙草を口に咥え、スズカの火を分けてもらう。
顔を近づけ、息を共有する。あの瞬間、間接キスのような甘い緊張が、二人の体を震わせる。
苦くて、甘くて、息苦しいほどの幸福。
「綾、ずっとこのままでいい?」
スズカの目が、揺らぐ。私は煙を吐き出し、彼女を抱き寄せた。
「いいよ。火が消えても、熱は残るみたいに」
雪は静かに積もり、街を白く染めた。
私たちの関係は、灰のように儚く、でも火のように熱い。
シガーキス。それは、ただの火の貸し借りじゃない。
私たちの絆、息遣い、秘密の合図。
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