百合短編集

南條 綾

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9 仮装の夜に、黒猫と

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 今日は月夜のパーティに出るんだ。
自分の口紅で、自分の名前を書いた。

「綾」

 この「綾」という響きが、僕の中で糸のように絡まって、ほどけることなく深く残る感じがして、いつの間にか気に入っている。
名前を書くたびに、何かが自分の中で形作られていくような気がするんだ。

 今日は10月31日、ハロウィンらしい。
街では、仮面と衣装で溢れかえり、みんなが本当の顔を隠す夜。
僕も、魔女の帽子をかぶって外出した。理由なんて 特にないよ。
なんとなく、楽しそうで、夜の空気が甘酸っぱく感じたから。

 パーティーなんて行きたくなかったけど、友達の誘いに負けて行くことになった。
会場は古いアパートの屋上。ビール缶が転がり、LEDライトがチカチカ光って、まるで壊れたクラブみたいだ。
みんな仮装している。ゾンビ、ヴァンパイア、なぜかセーラームーンもいて笑ってしまった。
僕はただの魔女で、箒すら持っていない。
やはり退屈だな、と思いながら、隅っこで缶を傾けていた。
人数集めで呼ばれただけで、ホストの人とはそこまで親しくない。
だから義理は果たせたかなって思ってた矢先に彼女が現れた。

 彼女は猫の仮装をしていた。
黒い耳、尻尾、網タイツ。目が、緑色のコンタクトで輝いている。
いや、コンタクトじゃないかもしれない。猫の目って、こんなに不気味に美しいんだろうか。

 彼女は僕の隣に座り、煙草をふかした。煙が、夜空に溶けていく。

「魔女さん、呪文唱えてよ。私の心を盗むやつ」

 彼女の声は、低くて、ちょっとハスキー。
僕の心臓が、ドクンって鳴った。盗む? そんな呪文、知らないよ。僕、ただの綾だもん。

「え、僕? 呪文なんて唱えられないよ。箒も持ってないし、魔法の杖も忘れたからね」
この女性は何を言ってるんだろう?
適当に返事を返して、じっと彼女を見ていた。
そしたら急に彼女は笑った。
歯が白くて、猫の牙みたい。

「じゃあ、私が唱えてあげる。たしか名前は、綾だったよね。」
何で彼女が僕の名前を知ってるんだ?
自慢じゃないけど、友人は0だと自負してるのに?

「かわいい名前だね。私の名前は、麗花リーファ。でも今夜は、黒猫よ。触ってみてよ、この毛並み」

 彼女の手を取って、耳に触れた。柔らかい。
偽物なのに、本物の毛皮みたいだ。
指先が震えた。ハロウィンって、こんなに危険なの?

 みんなが仮面をかぶってるのに、彼女の目は仮面の下の本物を見透かしてるみたいだ。
僕の胸が、ざわつくのを感じて不思議な感覚だった。

 それから、僕たちは屋上を離れた。街を歩く。仮装した群衆が、笑い声と叫び声を上げている。
彼女は僕の手を引いて、路地裏へ。そこに、古い神社があった。ハロウィンと関係ないのに、ぴったりだ。
 石段に座って、ふいに彼女が話しかけた。

「綾、君の目、魔女の呪いみたい。見つめられると、溶けちゃう」
溶ける? 僕の体が、熱く感じる。
魔女の呪いっていうけど、なんだかここだけ映画のワンシーンみたいな、どこか現実じゃない感。

 そう感じていたら不意に彼女の唇が、近づく。
猫の仮面の下から、息が混じる。キスは、なぜか甘かった。
ビールの味と、煙草の残り香。ハロウィンの夜は、何て甘美なんだろう。
なんか苦くて甘い素敵なお菓子をいただいた気分。
って今思ったけど、これ僕のファーストキス
黒猫に奪われちゃった。

 僕の心が、ドキドキして、彼女の尻尾に絡まるみたいに、ほどけなくなる。
でも、待って。なんでそんなことをしたの?
まぁどうやら僕は彼女の目や雰囲気にすべてを持ってかれたみたいだ。
物語では、黒猫は、魔女の使い魔なのに、これじゃあべこべだよなぁ。
満月の夜の魔法かも。

 朝が来たら、仮面は外れる。
僕の魔女の帽子も、ただの衣装だ。
彼女の緑の目は、コンタクトだったら? それでもいい。

 呪文なんて、必要ないよ。君の名前を、呼ぶだけで、僕の夜は永遠になる。
朝、目覚めたら、彼女の耳はベッドサイドに落ちていた。メッセージが一つと文末にキスマークが備えてあった。

「またハロウィンで、会おうね。黒猫より」

僕は笑った。
ハロウィンっていうより、これじゃ季節外れの七夕だ
私は、ベッドテーブルのタバコを取り、彼女を思いながら、来年のハロウィンも楽しみだ。
次は、どんな仮面で、君を探そうか。
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