百合短編集

南條 綾

文字の大きさ
30 / 89

30 十一月の白い息と、君の体温

しおりを挟む
 高校三年生の、どこにでもいるような女の子だと思っていた。 
少なくとも、あの日までは。

「……綾、今日は一緒に帰ろう?」 
教室の窓辺で、夕焼けに髪を染めながらつむぎが微笑んだ。
同じクラスの、ちょっとだけ背の高い、声の低い、いつも少し眠そうな目をした子。 
私は一瞬、息が止まった。 だって、紬はいつも一人で帰る子だったから。

 誰とも群れず、誰とも深く関わらず、ただ静かにそこにいる。 それが当たり前だった。 

「……え、いいの?」
孤高の人って言えばいいのかなそんな感じの女の子がそう言ってきたからびっくりしたから思わず声が裏返る。
私は、紬の事が好きだからまさかそんなお誘いが来るなんて夢にも思わなかった。 
紬は小さく笑って、首を傾けた。

「ダメだった?」

「だ、だめじゃない! むしろ嬉しい……!」 

 鞄を抱え直す手に、必要以上に力が入る。
心臓がうるさい。こんな単純な一言で、どうしてここまで乱れてるんだろう。
並んで校門を出る。

 十一月の風はもう冬の匂いがして、紬のマフラーの端がひらひら揺れた。
吐いた白い息が、少しだけ混ざり合う距離。
近すぎて、遠すぎて、呼吸がうまくできない。

「ねえ、綾」

 住宅街の入り口、最初の街灯の下で、紬がふいに立ち止まった。
オレンジ色の光が、その横顔の輪郭を柔らかく縁取る。

「私さ、綾のこと、ずっと見てた」

「……え?」

 一瞬私何かやったんだろうか?苦情かな。私は一緒に帰れるって有頂天になってたけど少しだけどんより気分が落ちていった。

「一年の体育祭で、綾が転んだときも。文化祭で、劇の本番前に今にも泣きそうになってたときも。屋上で、一人で弁当食べてたときも。全部、ちゃんと見てた」

 紬の声が、少しだけ震えていた。
眠たげなはずの瞳が、今はまっすぐ私だけを捕まえて離さない。
ほぼ全部黒歴史にしたい内容ばかり見られてたなんてすごく恥ずかしい。

「好きだよ、綾」

世界から音が引きはがされていく。
風の音も、遠ざかる車のエンジン音も、さっきまで暴れていた自分の心音さえも消えていった。
私は、紬だけを見ていた。

 頬を伝う涙に気づいたときには、もう止まってくれなかった。
今、彼女はなんて言ったの?
さっきの一言を、頭の中で何度もなぞる。
「好きだよ、綾」
紬の声が、心の奥で何度も繰り返された。

「……私も」
やっとこぼれた声は、かすれて、ひどく頼りなかった。

「私も、ずっと紬のこと……好きだった。屋上で本読んでる横顔とか、雨の日に傘忘れて困ってた顔とか、全部、全部大好きだった……」

 紬の目が、少しだけ見開かれる。次の瞬間、強い力で抱きしめられた。
冷たいマフラーの感触。その奥から伝わってくる、紬の体温。
私は制服をぎゅっと掴んで、子どもみたいに泣いた。
嬉しくて、怖くて、夢みたいで、でもそのぬくもりは確かだった。

「……もう離さないから」
耳元で震える紬の声。

「私も。絶対に離さない」
言葉よりも強く伝えたくて、指先に力を込める。
この温度を、二度と手放したくなかった。

 街灯の下、世界は私と紬だけになった感じがした。
顔を上げた先で唇が重なる。
初めて交わしたキスは、涙で少ししょっぱかった。

きっとこの先、時間が流れて、景色も関係も少しずつ変わっていく。
それでも、この瞬間だけは絶対に薄れない。
私の初めての「好き」は、紬で始まった。
その事実だけが、胸のいちばん奥で静かに光っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白雪様とふたりぐらし

南條 綾
恋愛
高校1年生の紫微綾は、生きることに疲れ、雪の山で自らの命を終えようとしたその瞬間―― 美しい御小女郎姿の少女・白雪が現れ、優しく彼女を救う。 白雪は実は古の仏神・ダキニ天の化身。暇つぶしに人間界に降りた彼女は、綾に「一緒に暮らそう」と提案し……? 銀髪の少女と神様の、甘く温かなふたりぐらしが始まる。 【注意事項】 本作はフィクションです。 実在の人物・団体・宗教・儀礼・場所・出来事とは一切関係ありません。 作中で登場する神仏や信仰に関する表現は、物語の雰囲気づくりを目的とした創作によるものであり、特定の宗教や思想を推進・否定する意図は一切ございません。 純粋なエンターテイメントとしてお楽しみいただければ幸いです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...