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70 零時の告白
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大晦日の夜は、いつもより少しだけ空気が冷たい。
私はリビングのソファに座って、膝の上に置いたスマホの画面をぼんやりと眺めていた。時計はもう二十三時を回っている。テレビでは紅白歌合戦が流れていて、派手な衣装を着た歌手たちが歌い、笑い、拍手を浴びていたけれど、私の耳にはほとんど入ってこなかった。今年も、結局一人で年を越すのか。
ため息が自然と漏れた。両親は海外出張で帰国が来年になり、兄は彼女と過ごすと言って実家には来ない。友達は何人か誘ってくれたけれど、みんなカップルかグループだ。私のような一人者は気を使うだろうと思って断ってしまった。寂しいなんて思いたくない。けれど、やはり本心は寂しい。TVの中はすごく華やかで楽しそう。
そんな事を考えてたら、玄関のチャイムが鳴った。
「……誰?」
こんな時間に訪ねてくる人なんていない。宅配便? いや、大晦日の夜に? まさかストーカー? 立ち上がってインターホンのモニターをおずおず見ると、そこに映っていたのは、嘘でしょ?
「陽子……?」
私の声が、思わず震えた。画面の中の彼女は、黒いコートにマフラーを巻いて、少し雪のついた髪を揺らしながら笑っていた。いつもの、少し困ったような、それでいて優しい笑顔。
「綾、開けて。寒いよ」
私は慌てて鍵を開け、ドアを勢いよく開いた。そこに立っていたのは、本当に陽子だった。高校時代からずっと一緒だった親友。いや、私にとってそれ以上の存在である、陽子。
「どうして……ここに?」
「え? だって大晦日でしょ。一人で過ごすって聞いたから、来ちゃった」
彼女は当たり前のような顔で言って、私の横を通り抜けて家に入ってきた。コートを脱ぎながらリビングを見て、「相変わらず片付いてるね、綾の家」と笑い出す。
私はまだ、頭が追いついていなかった。陽子とは、大学が別になってから少し距離ができていた。いや、私が勝手に距離を取ったのかもしれない。彼女のことが好きだと気づいてから、会うのが怖くなったのだ。気持ちを悟られたら友情が壊れるんじゃないか、引かれてしまうかもしれない。そう思うと連絡は最低限になり、LINEの返事も自分からは送らないようにしていた。なのに彼女は、こんな夜に私の家まで来てくれた。
「ごめん、急に来て。迷惑だった?」
陽子が少し不安そうに私を見た。私は首を激しく横に振った。
「ううん、全然。超嬉しい」
声が小さくなったけれど、それは本心だった。陽子はほっとしたように笑って、持ってきた紙袋をテーブルに置いた。
「じゃあ、年越しそば食べよう。私が作るよ。材料、買ってきたから」
「え、でも……」
「いいから座ってて。綾はいつも頑張りすぎなんだから、今日は私がやる」
そう言って、陽子はエプロンを借りて台所に立った。私はソファに座り直し、彼女の背中を見つめていた。高校の時も、こうだった。文化祭の準備で遅くなったとき、部活のあと疲れているとき、いつも陽子がそばにいてくれた。私の分までおにぎりを作ってくれたり、ノートを貸してくれたり。あの頃から、私は陽子のことが好きだった。
でも、言えなかった。女の子同士でそんな気持ちを持つなんて、変だと思っていた。もし陽子に嫌われたらどうしようと、ずっと怖かった。 「友達だと思っていたのに、そんな目で見ていたの?」なんて言われたら、立ち直れないほどの衝撃を受けるのは分かっていたから。
大学に入って離れたことで、少し楽になった部分もあった。でも、寂しさのほうがずっと大きかった。それを、苦しかったって言った方が早いかも。
陽子が鍋をかき回しながら、ふと振り返った。
「ねえ、綾。最近、元気なかったよね。LINEもそっけなかったし」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。ただ、気になってただけ」
彼女はそう言って、また料理に戻った。私は膝の上で手をぎゅっと握った。言おうか。今なら、言えるかもしれない。でも、もし断られたら。もう二度と、こんな風に一緒にいられなくなるかもしれない。怖い。でも、このままじゃずっと後悔する。
陽子が、そばを器に盛って戻ってきた。
「できたよ。一緒に食べよう」
テーブルに向かい合って座り、私たちは黙々とそばをすすった。テレビではカウントダウンが始まろうとしている。陽子がふと箸を置いて、私を見た。
「綾、私ね……ずっと言いたかったことがある」
私の心臓が、どくんと跳ねた。
「私、綾のことが好き」
一瞬、世界が止まった気がした。
「……え?」
「友達としてじゃなくて。恋愛的な意味で」
陽子は少し頬を赤くしながら、けれどまっすぐに私を見て言った。
「高校のときから、ずっと。綾が他の人と仲良くしてると、嫉妬してた。大学が別になって会えなくなって、寂しくて……。でも、綾が離れていくみたいだったから、言い出せなくて」
私は、涙が溢れそうになった。
「私も……」
声が震える。
「私も、陽子のことが好き。ずっと、好きだった」
陽子が、目を見開いた。
「ほんとに……?」
「うん。怖くて、言えなくて……ごめんね」
陽子が立ち上がって私の隣に座り、そっと私の手を握った。
「よかった……私、振られるかと思って、震えてたんだよ」
私たちは顔を見合わせて、泣き笑いになった。テレビから除夜の鐘が鳴り始める。新しい年が、来る。
「これから、ずっと一緒にいようね」
陽子が囁くように言った。私は強く頷いた。
「うん……ずっと」
外では、初詣に向かう人たちの声が遠くに聞こえた。私たちは手を繋いだまま、静かに新しい年を迎えた。この大晦日の夜が、私たちの始まりだった。
それから何年経っても、私はこの夜のことを忘れない。陽子の手の温もりも、そばの味も、鐘の音も、全部。ずっと大切に胸にしまっておく。
そしてこれからもずっと、陽子と一緒に。新しい年を、何度でも迎えたい。
今年最後はお約束な流れ的なお話となりました。
10月から描き始めましたが、この短編シリーズも70作目となりました。2.5か月ぐらいでしたが、ありがとうございました。
来年もたくさん書いていくのでよろしくお願いします。
皆様もよいお年を迎えてください。
私はリビングのソファに座って、膝の上に置いたスマホの画面をぼんやりと眺めていた。時計はもう二十三時を回っている。テレビでは紅白歌合戦が流れていて、派手な衣装を着た歌手たちが歌い、笑い、拍手を浴びていたけれど、私の耳にはほとんど入ってこなかった。今年も、結局一人で年を越すのか。
ため息が自然と漏れた。両親は海外出張で帰国が来年になり、兄は彼女と過ごすと言って実家には来ない。友達は何人か誘ってくれたけれど、みんなカップルかグループだ。私のような一人者は気を使うだろうと思って断ってしまった。寂しいなんて思いたくない。けれど、やはり本心は寂しい。TVの中はすごく華やかで楽しそう。
そんな事を考えてたら、玄関のチャイムが鳴った。
「……誰?」
こんな時間に訪ねてくる人なんていない。宅配便? いや、大晦日の夜に? まさかストーカー? 立ち上がってインターホンのモニターをおずおず見ると、そこに映っていたのは、嘘でしょ?
「陽子……?」
私の声が、思わず震えた。画面の中の彼女は、黒いコートにマフラーを巻いて、少し雪のついた髪を揺らしながら笑っていた。いつもの、少し困ったような、それでいて優しい笑顔。
「綾、開けて。寒いよ」
私は慌てて鍵を開け、ドアを勢いよく開いた。そこに立っていたのは、本当に陽子だった。高校時代からずっと一緒だった親友。いや、私にとってそれ以上の存在である、陽子。
「どうして……ここに?」
「え? だって大晦日でしょ。一人で過ごすって聞いたから、来ちゃった」
彼女は当たり前のような顔で言って、私の横を通り抜けて家に入ってきた。コートを脱ぎながらリビングを見て、「相変わらず片付いてるね、綾の家」と笑い出す。
私はまだ、頭が追いついていなかった。陽子とは、大学が別になってから少し距離ができていた。いや、私が勝手に距離を取ったのかもしれない。彼女のことが好きだと気づいてから、会うのが怖くなったのだ。気持ちを悟られたら友情が壊れるんじゃないか、引かれてしまうかもしれない。そう思うと連絡は最低限になり、LINEの返事も自分からは送らないようにしていた。なのに彼女は、こんな夜に私の家まで来てくれた。
「ごめん、急に来て。迷惑だった?」
陽子が少し不安そうに私を見た。私は首を激しく横に振った。
「ううん、全然。超嬉しい」
声が小さくなったけれど、それは本心だった。陽子はほっとしたように笑って、持ってきた紙袋をテーブルに置いた。
「じゃあ、年越しそば食べよう。私が作るよ。材料、買ってきたから」
「え、でも……」
「いいから座ってて。綾はいつも頑張りすぎなんだから、今日は私がやる」
そう言って、陽子はエプロンを借りて台所に立った。私はソファに座り直し、彼女の背中を見つめていた。高校の時も、こうだった。文化祭の準備で遅くなったとき、部活のあと疲れているとき、いつも陽子がそばにいてくれた。私の分までおにぎりを作ってくれたり、ノートを貸してくれたり。あの頃から、私は陽子のことが好きだった。
でも、言えなかった。女の子同士でそんな気持ちを持つなんて、変だと思っていた。もし陽子に嫌われたらどうしようと、ずっと怖かった。 「友達だと思っていたのに、そんな目で見ていたの?」なんて言われたら、立ち直れないほどの衝撃を受けるのは分かっていたから。
大学に入って離れたことで、少し楽になった部分もあった。でも、寂しさのほうがずっと大きかった。それを、苦しかったって言った方が早いかも。
陽子が鍋をかき回しながら、ふと振り返った。
「ねえ、綾。最近、元気なかったよね。LINEもそっけなかったし」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。ただ、気になってただけ」
彼女はそう言って、また料理に戻った。私は膝の上で手をぎゅっと握った。言おうか。今なら、言えるかもしれない。でも、もし断られたら。もう二度と、こんな風に一緒にいられなくなるかもしれない。怖い。でも、このままじゃずっと後悔する。
陽子が、そばを器に盛って戻ってきた。
「できたよ。一緒に食べよう」
テーブルに向かい合って座り、私たちは黙々とそばをすすった。テレビではカウントダウンが始まろうとしている。陽子がふと箸を置いて、私を見た。
「綾、私ね……ずっと言いたかったことがある」
私の心臓が、どくんと跳ねた。
「私、綾のことが好き」
一瞬、世界が止まった気がした。
「……え?」
「友達としてじゃなくて。恋愛的な意味で」
陽子は少し頬を赤くしながら、けれどまっすぐに私を見て言った。
「高校のときから、ずっと。綾が他の人と仲良くしてると、嫉妬してた。大学が別になって会えなくなって、寂しくて……。でも、綾が離れていくみたいだったから、言い出せなくて」
私は、涙が溢れそうになった。
「私も……」
声が震える。
「私も、陽子のことが好き。ずっと、好きだった」
陽子が、目を見開いた。
「ほんとに……?」
「うん。怖くて、言えなくて……ごめんね」
陽子が立ち上がって私の隣に座り、そっと私の手を握った。
「よかった……私、振られるかと思って、震えてたんだよ」
私たちは顔を見合わせて、泣き笑いになった。テレビから除夜の鐘が鳴り始める。新しい年が、来る。
「これから、ずっと一緒にいようね」
陽子が囁くように言った。私は強く頷いた。
「うん……ずっと」
外では、初詣に向かう人たちの声が遠くに聞こえた。私たちは手を繋いだまま、静かに新しい年を迎えた。この大晦日の夜が、私たちの始まりだった。
それから何年経っても、私はこの夜のことを忘れない。陽子の手の温もりも、そばの味も、鐘の音も、全部。ずっと大切に胸にしまっておく。
そしてこれからもずっと、陽子と一緒に。新しい年を、何度でも迎えたい。
今年最後はお約束な流れ的なお話となりました。
10月から描き始めましたが、この短編シリーズも70作目となりました。2.5か月ぐらいでしたが、ありがとうございました。
来年もたくさん書いていくのでよろしくお願いします。
皆様もよいお年を迎えてください。
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