【百合】Liebe

南條 綾

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3章 土曜日

9話S すべてをあきらめてる少女

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 明けましておめでとうございます。
今年も本作を頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。
新年の挨拶になるかは分かりませんが、2話UPしました。

「綾さん!」

 私は叫びながら、公園のベンチに向かって全力で走った。夕方の風が髪を乱暴に巻き上げ、靴音がコンクリートに響く。心臓が喉まで上がってくるほど、怖かった。

 綾さんはベンチにぐったり寄りかかったまま、ゆっくり顔を上げた。銀髪が汗で額に張り付き、赤い瞳がぼんやりと私を捉える。唇が乾いて白く、頰が熱で上気しているのに、全体的に顔色が悪い。それでも、綾さんは小さく笑った。

「やっぱり……来てくれた」

そう呟くと、体を支えきれなくなったように、私の方へもたれかかってきた。熱い。体温が伝わってくるほど熱い。
私は慌てて綾さんの肩を抱き、地面に膝をついて支えた。

 震える手でスマホを取り出し、すぐに一一九番通報をする。場所と、彼女の今の症状。それを伝えている間も、綾さんの体は私の腕の中で、石のように重く沈んでいった。

すぐにスマホを取り出して119番に通報した。場所と症状を伝える間も、綾さんの体が私の腕の中で重く沈む。

「意識はありますか?」

「今は意識が混濁している感じです」

「熱中症の疑いですね、すぐに伺います」

 私は通話中に綾さんの出来る処置を教わった。電話を切った。

 綾さんに今できることをしてから、水無月社長へ連絡を入れる。以前の熱を出した事件の事をしたら、学校も辞めさせられる可能性があるし、迷惑と心配もかけたくなかった。明日のスケジュールを教えてもらい、その時間までには現地入りしますとだけ伝えた。

 救急車が来るまで、綾さんを膝枕にした。頭が私の太ももに乗って、銀髪が指に絡まる。熱い息がスカートに伝わってくる。サイレンが近づいてきて、救急車が到着した。隊員さんがすぐに綾さんをストレッチャーに移し、点滴の準備を始めてくれた。私は付き添いで病院まで向かった。

 病状を聞くと、重度の熱中症。脱水と熱疲労で、点滴を二本打つ必要があると言われた。ひとまず命に別状はないと聞いて、胸を撫で下ろしたけど、隊員さんに軽く叱られた。

「熱中症で亡くなる人もいるんですよ。甘く見ないでくださいね」

 救急隊員の様子を見ると、でも救急隊員の様子を見る限り安心はして良いみたいだった。病院に着いて、手続きを済ませ、病室に通された。

 綾さんは点滴を受けながらベッドで横になり、深い眠りについている。私はその横にある付き添い用の椅子に、力なく腰を下ろした。

 白い照明の下で、彼女のきれいな横顔を見つめる。看病をしているうちに、今日のカラオケの疲れと、安心と、いろんな感情が混じって、気づいたら寝てしまっていた。

 何かが動く気配で、目が覚めた。時計を見ると、夜の二十二時を過ぎている。ベッドの上で、綾さんがゆっくりと体を起こそうとしているところだった。意識が戻ったみたい。よかった。

「……ありがとう」

 意識が戻ったばかりかわからないけど、いつもより弱い声で、それでもはっきりした声が聞こえた。

「迷惑、かけたね」

 そんなこと考えなくてもいいのに。綾さんらしいな、と思った。

「もうびっくりしたよ……でも、なんであんなところにいたの?」

 本当に疑問だった。チャットに名前入ってたはずなのに、どうして元の場所で待ってたのか。

「待ち合わせ時間間違えた?」

「時間は10時だよ」

「あれ、あってる……もしかして22時だった?」

「そんなわけないじゃん。私たち高校生だよ。一応私は18越えてるけど……補導されるね」

 綾さんは小さく首を振った。

「場所はあそこの駅」

 ん? どういうこと?

「違うよ、綾さん。あそこは最初の待ち合わせで、急遽変わったんだって」

「私、聞いてない。そっか、変わったんなら仕方ないね」

 綾さんが淡々と答えた。え? 聞いてない?なら、私が見たチャットの「綿津見綾」って名前は何だったの?

「そういう問題じゃないでしょ……おかしいなと思わなかったの?」

 少しだけ、抜けてる綾さんに向かって、つい強く言ってしまった。綾さんは少し考えて、いつもの無表情で答えた。

「栞は仕事で急遽来られなくなって、それで解散したのかなって思ってた」

「でも、なぜか栞は来てくれる気がして……来なかったら寂しいな、と思ったから、いた」

 ……だから、そういう不意打ちやめてくれませんか?心臓が、どきどき鳴ってる。演技じゃなく、本当に。こんなにドキドキしたの、いつ以来だろう。

 だけど、悪質だなぁ。まさか相手も、あんな時間まで待ってるとは思わなかったんだろう。普通は30分待って帰るよね。

 それに綾さんの性格上、だれにも指摘する様なことしないと思うし。私も綾さんの連絡先をあの時に聞かなかったのも悪かったと思う。

「栞」

 そんなことを考えてたら、綾さんが呼んだ。

「なに、綾さん」

「病院に連れてきてくれたことには、感謝してる。でも、これを追求するのはダメだからね」

「なんで? 意味わからないし、悪質じゃん」

 本当に意味がわからない。何か思うことあるでしょ?

「おきたことは言っても仕方ないし、それに興味ないから。事実は、私が自分の意志であそこにいた。それだけだよ。誰にもあそこにずっと居てとも言われてないでしょ」

「そうだけど……」

 今、理解した。綾さんは興味がないんじゃない。期待しても無駄だから、すべて諦めてるんだ。どうしたらそこまで思えるのか、不思議でしかなかった。

 言わんとすることはわかるけど、そんなことを思いながら綾さんを見てたら、ふっと、優しい微笑みを、私にしてくれた。多分、これが本当の綾さんの表情なんだ。

「来てくれて、ありがとう。嬉しかったよ」

 私の顔が、一瞬で熱くなった。慌てて目を逸らして、声が蚊の鳴くように小さくなった。

「……また、来てもいい?」

「別に、好きにすればいい。私は何か言うかもしれない。でも来るのは栞の自由だから」

 いつも通りのやり取りに私は、ほっとした。私は大きく息を吐いて、立ち上がった。

「じゃあ、また学校でね」

 病室を出て、廊下を歩きながら考える。それにしても、あの態度、気に入らないけど仕方ないよね。

 金曜日に一緒に帰ったのが妬ましかったのかな。あの視線を感じた子だろうとは思うけど。やった子も、まさか10時間近く待ってるとは思わなかったはず。普通、1時間待って帰るでしょ。まじめというか、危なっかしいと人だよね。

 これを追求するわけにはいかないよねぇ。止められてるし。もし私が追及したら、他で何か起きる可能性があるから。どうしたものかなぁ

 私も綾さんに会えてうれしかったのか、少し浮かれすぎていたのかも。

 事の顛末を水無月社長に報告して、私は自分の部屋に戻った。台本を開いて、頭に入れないといけない。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

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