白雪様とふたりぐらし

南條 綾

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第二章 のんびりとした日常

16話 大須商店街と紅葉デート

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 10月下旬の土曜日。

 名古屋の秋って、ある日いきなり空気が変わる。
 少し前まで半袖でも平気だったのに、今日はコートの前を閉じたくなるくらい涼しい。
 大須の外の通りは木の色がちょっとずつ変わり始めてて、歩道の端に落ち葉も混ざってた。

 私は白雪様の手を引いて、アーケードの入口へ向かった。
 中は人で溢れて、店の匂いと呼び声が響き合ってる。
 店の匂いと呼び声が響き合ってる

 白雪様は私のコートの袖を握って、周囲を慈しむみたいに目を細めながら見回していた。

「綾……この人、たくさんいるね……みんな、楽しそう」

 私は白雪様の横で、同じように商店街の賑わいを眺めた。

「うん。大須はいつもこんな感じ。今日は萬松寺まで歩こう」

 白雪様が私の手をやさしく握ってくる。

「萬松寺……私の本体がいる場所だね。久しぶりに、綾と一緒に行きたい」

 私はその気持ちを受け取るみたいに、やさしく握り返した。

「うん……一緒に行こう」

 アーケードの下は、お店の明かりと人々の声で満たされている。
 すれ違う人の肩が触れそうなほど近く、歩く速度も周囲の流れに勝手に揃っていく。
 
 白雪様は楽しそうに周囲を眺めているけれど、ふいに視線だけがどこか遠くで止まる瞬間がある。
 私は手のひらを包み込むように握り直し、白雪様の歩幅に合わせた。
 人の流れが近づくたび、肩を少し寄せて、ぶつからないように彼女を庇いながら歩く。
 
 古着屋の前で、白雪様がマネキンの服を指さして、私の方を振り向いた。
 前を見ないと危ないのに。

「綾、あの服、かわいい……秋っぽい色だね」

 マネキンを見上げると、落ち着いた茶色とベージュのチェックが目に入った。

「うん……白雪様に似合いそう。今度ゆっくり見に来ようか」

 白雪様は私の袖を少しだけ引っ張り、顔を近づけて微笑む。

「……うん、約束だよ」

 私は白雪様の髪をそっと撫でた。指先にさらりとした感触が残る。
 しばらく歩くと、商店の並びがふっと途切れて、視界が開けた。萬松寺の入り口だ。
 アーケードの柱に沿うように立つ石の門柱には、力強い筆致で「萬松寺」と刻まれている。
 一歩足を踏み入れた瞬間、背中側の賑わいがフィルターを通したように遠のいた。
 
 近代的なビルに囲まれた境内は、整然としていてどこか都会的だ。
 けれど、本堂の左手に鎮座する「白雪吒枳尼真天」の祠のあたりだけは、不思議と空気が澄んで落ち着いている。
 
 祠の周りはきれいに舗装され、落ち葉ひとつ落ちていない。
 けれど、ビルの隙間から差し込む秋の陽射しが、朱色の幟(のぼり)を優しく照らしていた。

 白雪様は私の手を握ったまま、祠の前に立った。

「綾……ここ、私の本体。今、綾と一緒にいる私と、繋がってる」

 私は祠を見上げて、喉の奥を一回だけ鳴らした。言葉が遅れて出てくる。

「うん……。本体に会いに来たよ。ありがとう。いつも綾を守ってくれて」

 白雪様はそのまま祠に向かって手を合わせた。指先が少し震えているのが見えた。

「本体……綾と一緒に暮らせて、幸せです。綾を、ずっと守ります」

 私も同じように手を合わせた。胸が熱くなって、息が浅くなる。
 言葉にするとこぼれそうで、私はただ祠を見つめたまま、心の中で短く言った。

 ありがとうございます。あの日、白雪様が私の所に使わせてくれて、幸せに生きていきます。
 白雪様が手を下ろして、私の顔を見る。瞳が少し潤んでいて、でもやさしく微笑んでいる。

「綾……本体、きっと聞いてくれてるよ。綾の気持ち、ちゃんと届いてると思う」

 その声を聞いたら、胸の奥がまた熱くなる。涙がこぼれそうで、私は笑おうとして失敗した。

「うん……白雪様が一緒にいてくれるから、届いてる気がする」

 白雪様は私の手を握ったまま、祠の前で少しの間、立っていた。
 隣の不動明王様とかは普通にお参りしているのに、なぜかこの祠だけ私たち二人しかいなかった。


 白雪様が私の耳元に寄って、小さな声で言った。

「綾……この場所、綾と一緒に来られて、心が満たされたよ」

 私は白雪様の髪を撫でて、同じくらい小さく返す。

「私も……白雪様と一緒に萬松寺に来られて、嬉しい」

 境内をゆっくり歩きながら、白雪様は私の腕に絡みついてきた。

「綾……ここ、商店街の中なのに、急に落ち着くね」

 私は白雪様の腰に手を回して、歩幅を合わせる。

「うん……萬松寺は、そんな場所だよ。ずっとここ大須を見守ってくれてる神様」

 白雪様は私の胸に顔を寄せて、息をふっと吐いた。

「綾……この秋、綾と一緒に萬松寺に来られて、幸せ」

「私も……白雪様と一緒に来られて、幸せだよ」

 それから私たちは、大須商店街を抜けて、白川公園に向かった。
 公園の入り口で秋の風がふわりと吹いて、銀杏いちょうの落ち葉が足元に舞い落ちる。
 視界の端には、名古屋市科学館の大きな銀色の球体が、午後の光を鈍く反射して浮いていた。

 私達はそのまま、色づいた木々の間の小道を歩き始めた。
 一面に広がる銀杏の落ち葉がカサカサと音を立てて、白雪様は楽しそうに足元を見ている。

「綾……この音、好き。歩くたびに、秋が響いてるみたい」

「うん……私も好きかも。こんな音が出るなんて初めて知ったかも」

 リズムを合わせるように落ち葉を踏みしめていくと、やがて視界が開け、広場の中央にある大きな噴水へと辿り着いた。

 先ほどまで風に舞っていた水しぶきがふっと収まり、広大な水盤は、空と紅葉を映し出す巨大な鏡へと変わる。
 白雪様はふと足を止め、静かな水面(みなも)をのぞき込んだ。

「綾……水に紅葉が浮かんでる。鏡みたい」

 白雪様がその場にしゃがみ込むと、水面に映る彼女の顔と、赤く染まった木の枝が重なった。
 私は白雪様の後ろから、その細い腰にそっと手を回す。

「うん……白雪様の顔も水に映って、もっときれいだよ」

 白雪様は私の腕に心地よさそうに身を預け、目を細めた。

「綾……この景色、綾と一緒にいると、心が赤く染まるみたい」

 私は白雪様の耳元で、そっと囁いた。

「私もそうかも」

 公園のベンチに座って、落ち葉の絨毯を見下ろす。
 風が吹いて、落ち葉が舞い上がって私達の周りをまわっていた。

白雪様は、私の膝にそっと寄りかかった。

「綾……この落ち葉思い出みたい。落ちてもちゃんとそこに残ってる。冬が来ても消えなくて、春になったら、また新しいのが出てくる」

 私は白雪様の髪に、指先を軽く添えた。

「うん……私たちの思い出もそんな感じ。消えないで残ってて、季節が変わるたびに、また増えていく」

 白雪様は私の手を握った。

「綾……この秋、綾と一緒にいられて、心が満たされたよ」

 私は白雪様の額に軽く触れるだけのキスをした。

「私も……白雪様と一緒に紅葉を見られて、心が満たされたよ」

 公園の池に落ち葉が浮かんで、ゆっくり流れていく。
 ふたりは手を繋いだまま、落ち葉の絨毯の上を歩いた。

 公園の奥へ進むと、枝が頭の上で重なって、紅葉のトンネルみたいになっていた。
 葉のすき間から陽射しが落ちて、地面にまだらな光が揺れる。歩くたび、その模様も一緒に動く。
 白雪様は私の手を握ったまま、顔を上げた。

「綾……この道。綾と一緒に歩くと、心がドキドキする」

 私は白雪様の横で、同じ景色を見上げた。

「うん……私も」

 ゆっくり歩いて、公園の端のベンチに座った。木の影が足元に落ちていて、風が吹くたびに葉がかすかに鳴る。
 白雪様は私の膝にそっと寄りかかって、紅葉を見た。

「綾……この紅葉、綾と一緒にいると、心まで赤くなるみたい」

 私は白雪様の髪に指先を軽く添えた。

「私も……白雪様と一緒にいると、心が秋の色になる」

 風がひとつ抜けて、落ち葉が舞い上がった。
 ふたりの周りをくるりと回って、また地面に落ちていく。手の中の温度だけが、変わらない。
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