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【本編】第四章 the past (2年次10月末・bule drop後)
the past -3-
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何気ない日常に、仕事とは関係ない会話。
何気ない学校生活。
仕事がない日が2、3日続くだけで、姫坂はこの平穏な学校生活に染まりたいけれど染まれない、ある種疎外感を覚える。
けして望むことのできない、平凡で平和な日常。
今尚忘れることが出来ない過去。
組織から離れることは出来ない。
妹愛良の行方はいまだにわからないし、両親を殺した犯人の行方もわからないままだ。
組織のアプローチで捜索は続いているが、手がかりはなく、その費用は組織が負担し、毎回の報酬から引かれていた。
『おかえり』
『……ただいま』
姫坂がおかえり、と言ったとき、相方の久我は整いすぎた顔に一瞬びっくりした表情をのせ、その後照れくさそうに返事を返した。
(あれには、こっちが驚いた)
姫坂は、あの顔であの反応はずるい、と感じたひとつがそれだった。
だが、今なら少しわかる。
久我がどういった生活をしてきたのか、半年前にあった健診後にこっそり調べたからだ。
自分も悲惨だと思っていたが、相方の久我も輪にかけて悲惨だった。
(天才テニス少年、か……知らなかったな)
相方の持ち物に、トルフィーもメダルもないどころか、ラケットすらない。
だが、10歳くらいまでは雑誌やテレビにも出ていたらしく、自分とは違い名前もそのまま本名だったし、通常の検索をかけたらすぐに出てきたから、
組織による報道規制や操作はなされていないようだ。
幼い顔だし、笑顔で答える表情は今とまるで違う印象だが、瞳が独特だし、顔の作りは変わらず整っていて、整形ではなく成長だけだとわかる。
知る人が見れば、わかるだろう。
ある日、自分のいた世界が大きく崩されて、どん底まで破壊されたら。
他人が感じる何気ない日常のやりとりが、自分たちには特別で、遠いこともある。
未来は分からない姫坂にも、今はある。
それがどんな形ですら、今が存在している。
漸く些細な出来事で喧嘩したり、笑いあったり出来るようになったのだ。
2年前と比べてみれば大進歩である。
昼休み。
いつもと変わらない、学校。
生徒たちのじゃれ合う姿に、笑い声。
ばたばたと廊下を走る足音や、教師が注意する声。
合唱祭が近いため、中庭は、毎日どこかのクラス練習が行われている。
姫坂と綾瀬は特別棟に移動するため、その中庭を歩いていた。
「いい天気だなー、なのに次の時間ってば化学実験。
俺たちってついてなーいっ!」
綾瀬の言葉に姫坂は思わず笑う。
屈託のない笑みを浮かべてはしゃぐことの出来る綾瀬が組織の人間だったなどと誰が思おうか。
きっと彼にも一言で語りきれない過去があるのだろうと姫坂は思う。
自分と同じように、人には語れない重くて暗い過去が。
「それじゃ終わったら外出届だして、どっかいこうか?
ワックの新作、今日からじゃなかった?」
一昨日綾瀬が騒いでいたファーストフード店、ワクドナルドの情報を姫坂は笑いながら口にした。
今はどちらも仕事を抱えていないはずだった。
姫坂と久我は3日前データ収集の依頼を終えたばかりだし、綾瀬と鷹司はつい昨日、とある政治家の護衛を終えたばかりだった。
「そうだった!!行く行くー!」
再び元気を取り戻し足取りの軽くなった綾瀬に続いて、姫坂は化学室を目指す。
昼休みも残すところあとわずかだ。
中庭も終わろうとしたそのとき。
ふたりの傍にいた生徒が上を見て、『げっ!』と驚いた声を上げ遠ざかる。
姫坂と綾瀬もつられて頭上を見上げる。
ふたりの頭上から真っ赤なものが押し寄せてきた。
赤、赤、赤。
よけた綾瀬とは違い、姫坂は、それによって大きく覆い隠された。
バサッ
「何なんだよ、もー!またー?誰だよ、こんなの落とした奴!」
大声をあげて文句を言うのは綾瀬だ。
綾瀬が言う“こんなの”とは暗幕であった。
どうやら特別棟の教室から落ちてきたらしい。
どこからかは分からないが、位置的に言って音楽室か地学室だろう。
表が黒地で裏が赤地の暗幕は特別棟の殆どの教室の窓に使われている。
「姫~、大丈夫?」
未だ暗幕の下敷きになっている友人を思い、綾瀬は暗幕をくるくると腕に巻き取っていく。
暗幕であったから衝撃はなかったにしろ、姫坂は未だ何も言わず動きもない。
殆どを腕に巻きつけて、腕の自由が利かないまでになったとき。
座り込んだ姫坂が姿を現した。
何気ない学校生活。
仕事がない日が2、3日続くだけで、姫坂はこの平穏な学校生活に染まりたいけれど染まれない、ある種疎外感を覚える。
けして望むことのできない、平凡で平和な日常。
今尚忘れることが出来ない過去。
組織から離れることは出来ない。
妹愛良の行方はいまだにわからないし、両親を殺した犯人の行方もわからないままだ。
組織のアプローチで捜索は続いているが、手がかりはなく、その費用は組織が負担し、毎回の報酬から引かれていた。
『おかえり』
『……ただいま』
姫坂がおかえり、と言ったとき、相方の久我は整いすぎた顔に一瞬びっくりした表情をのせ、その後照れくさそうに返事を返した。
(あれには、こっちが驚いた)
姫坂は、あの顔であの反応はずるい、と感じたひとつがそれだった。
だが、今なら少しわかる。
久我がどういった生活をしてきたのか、半年前にあった健診後にこっそり調べたからだ。
自分も悲惨だと思っていたが、相方の久我も輪にかけて悲惨だった。
(天才テニス少年、か……知らなかったな)
相方の持ち物に、トルフィーもメダルもないどころか、ラケットすらない。
だが、10歳くらいまでは雑誌やテレビにも出ていたらしく、自分とは違い名前もそのまま本名だったし、通常の検索をかけたらすぐに出てきたから、
組織による報道規制や操作はなされていないようだ。
幼い顔だし、笑顔で答える表情は今とまるで違う印象だが、瞳が独特だし、顔の作りは変わらず整っていて、整形ではなく成長だけだとわかる。
知る人が見れば、わかるだろう。
ある日、自分のいた世界が大きく崩されて、どん底まで破壊されたら。
他人が感じる何気ない日常のやりとりが、自分たちには特別で、遠いこともある。
未来は分からない姫坂にも、今はある。
それがどんな形ですら、今が存在している。
漸く些細な出来事で喧嘩したり、笑いあったり出来るようになったのだ。
2年前と比べてみれば大進歩である。
昼休み。
いつもと変わらない、学校。
生徒たちのじゃれ合う姿に、笑い声。
ばたばたと廊下を走る足音や、教師が注意する声。
合唱祭が近いため、中庭は、毎日どこかのクラス練習が行われている。
姫坂と綾瀬は特別棟に移動するため、その中庭を歩いていた。
「いい天気だなー、なのに次の時間ってば化学実験。
俺たちってついてなーいっ!」
綾瀬の言葉に姫坂は思わず笑う。
屈託のない笑みを浮かべてはしゃぐことの出来る綾瀬が組織の人間だったなどと誰が思おうか。
きっと彼にも一言で語りきれない過去があるのだろうと姫坂は思う。
自分と同じように、人には語れない重くて暗い過去が。
「それじゃ終わったら外出届だして、どっかいこうか?
ワックの新作、今日からじゃなかった?」
一昨日綾瀬が騒いでいたファーストフード店、ワクドナルドの情報を姫坂は笑いながら口にした。
今はどちらも仕事を抱えていないはずだった。
姫坂と久我は3日前データ収集の依頼を終えたばかりだし、綾瀬と鷹司はつい昨日、とある政治家の護衛を終えたばかりだった。
「そうだった!!行く行くー!」
再び元気を取り戻し足取りの軽くなった綾瀬に続いて、姫坂は化学室を目指す。
昼休みも残すところあとわずかだ。
中庭も終わろうとしたそのとき。
ふたりの傍にいた生徒が上を見て、『げっ!』と驚いた声を上げ遠ざかる。
姫坂と綾瀬もつられて頭上を見上げる。
ふたりの頭上から真っ赤なものが押し寄せてきた。
赤、赤、赤。
よけた綾瀬とは違い、姫坂は、それによって大きく覆い隠された。
バサッ
「何なんだよ、もー!またー?誰だよ、こんなの落とした奴!」
大声をあげて文句を言うのは綾瀬だ。
綾瀬が言う“こんなの”とは暗幕であった。
どうやら特別棟の教室から落ちてきたらしい。
どこからかは分からないが、位置的に言って音楽室か地学室だろう。
表が黒地で裏が赤地の暗幕は特別棟の殆どの教室の窓に使われている。
「姫~、大丈夫?」
未だ暗幕の下敷きになっている友人を思い、綾瀬は暗幕をくるくると腕に巻き取っていく。
暗幕であったから衝撃はなかったにしろ、姫坂は未だ何も言わず動きもない。
殆どを腕に巻きつけて、腕の自由が利かないまでになったとき。
座り込んだ姫坂が姿を現した。
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