梟の雛鳥~私立渋谷明応学園~

日夏

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【本編】五章 examination (2年次11月・the pastより1週間後)

examination -5-

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「っ………」
「何者だ、お前たちは。
どういう理由でここにいる。
用件しだいでは命は無いと思え」

久我は自分より低い相手を押さえ込むと、その首筋にナイフをあてた。
抑えられた相手、澤邑に冷や汗が流れる。
ゴーグルをしているから顔を見られはしていない。
幸いなことに、見られても久我と澤邑は面識が無かった。

審査終了のタイムリミットまであと15分もある。
「言え」
後ろに束ねていた澤邑の髪を手塚が容赦なく引っ張った。

「いっ―――……」
どうするかと澤邑が考えあぐねているとイヤフォンから神楽の声が聞こえてきた。

『お前の相方を預かっている、と言え。
ここで殺したら場所はわからないままだと伝えれば良い。
時間稼ぎにくらいなるさ』

澤邑は限界だった。
考えるすべも無く、神楽の言うとおり口にすることにした。

「っ……お前の、相方を預かっている。
ここで殺したら場所はわからないままだぜ?」

「っ!?」
「…………」
ヤバイ、と思ったのは澤邑だ。
それだけ久我の雰囲気が変わったのだ。

「っなんだと!?
ふざけるな、あいつは今どこにいる!」

(げっ―――……)
「がはっ!」
体勢を整えようとするも、その間を与えずに重い拳が澤邑の腹部に入った。
それも失神しない程度に加減された重さだ。
胸ぐらを掴まれて、ゴーグルを取られる。

『ばかーっ、そんなこと言ったら久我キレるに決まってるじゃん!
何言ってるんだよ、神楽!』
『…ふむ、データを書き換える必要があるな』

秋元の切羽詰ったような声と暢気な神楽の声に、澤邑は後悔した。

「早く言えっ!」
「………っ」

絶体絶命とはこのことだ…と澤邑が思っているその時。
pahhhn―――

澤邑と久我の丁度間を銃弾が走った。
久我の手が、澤邑の胸ぐらからはずされる。

「げほっ、げほげほ………っ、遅ぇよ………」

形勢逆転と思いきや、サイレンサー特有の、ッ―――という音が澤邑の耳に届いた。
カシャン、と音がなり、相方王寺の手から拳銃が離れた。

「っ……」

(マジかよ………っ)

普段窃盗班は銃を持たないんじゃないのだろうか?
少なくともBグループの窃盗班は持っていないと聞く。
弾は王寺にではなく、王寺の拳銃にあたったようだ。

『なんや、久我のやつ、銃まで持ってきてん?』
『桜介!止めろ。中断!これ以上無理!
久我かなりキレてるからっ!
姫坂持ち出すのはタブーだったのに!』

(倫のやつ、だったらそれを先に言えっての!)

澤邑が脳内で罵る。

審査タイムリミットまであと10秒。
じりじりとした緊張が澤邑を襲う。
王寺も同様だ。
久我は銃をおろさない。

10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0―――……

バン、バン、バン。
ビルの全ての電気が煌々とついた。

「っ!」

久我は一瞬怯むが、それだけだ。
状況は変えない。

王寺はゴーグルを取りたいも、声を出したいも、それすら与えてくれなさそうな 相手にどうすることも出来ずにいた。


「だーっ!!待ったっ、たんまっ!」
「?」
秋元が走ってきて、大声を上げる。
久我の怒気がいくらか抜けた。

「…どういうことだ、秋元」

「こういうことだな、久我」
答えは向日からでなく、銃を向けていた相手からだった。
ゴーグルをとると、その顔はよく知る自分の友人。
王寺優成である。

「優成―――…」
「どうなるかと思ったな、とりあえずタイムリミットだぜ、久我」
「…はぁ……、もう、なんだよ、俺らの方がせっぱつまってどうするよ」

「やぁ、久我。審査合格おめでとう」
「…どういうことだ?……神楽、春名……鷹司も、か」

「久我、俺たちには組織に配属された後、仕事になれたころに審査がある。
審査は“審査対象に出来るだけ精神的苦痛を味わせ、“耐えられるか”を見るものだ。
今回の審査対象は久我、おまえだったんだ」
「因みに姫坂はこのことをなんも知らんで?
陽動として、綾瀬を姫坂につかせたんは正解だったな」

「…つまり、この仕事自体騙しなのか?」
「会社もね、架空会社だ」
「俺たちもここまでやれれば審査員として合格だろうね」

久我はほっとため息を吐いた。
姫坂は何も知らずに遊んでいるらしい。
とりあえず無事なのだ。


「おい、神楽~っ、てめぇの助言で俺、酷い目にあったぜ!?」
「健でよかったな、お前以外みんな顔知れてるからよ」
「すげー損なんだけど!」

今ある状況を久我は理解した。
理解したが。

「…警報は本物じゃないのか?」

「あっ」
「げっ」
「ふむ…」
「あー」

各々の声が上がる。
流石に警官もやってきたようだ。
複数の足音が近づいてくる。

「さっさとずらかるぜ?とりあえずばらけて桜介んとこだな」
「やっべ、俺、足がねぇ!」
「なんでこの距離を走ってきたんだ、てめぇは!」
「うるせー、優成、後ろ乗せてけ」

「声、声、響いてるっての!もー、抑えてくれよなっ!」


久我にとって疲れただけの一日となったようだ。
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