梟の雛鳥~私立渋谷明応学園~

日夏

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【本編】五章 examination (2年次11月・the pastより1週間後)

examination -9-

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姫坂が風呂から上がると、タオルとパジャマが用意されていた。
身体を拭いている間に誰かが来たようで、話し声が聞こえてきた。

そういえばここはどこなのだろうか?
病室にしては雰囲気が重くない。
そんな印象を擁いている姫坂は、つい洗面所にいるまま耳をそばだててしまう。

「―――姫坂の奴、大丈夫か?」
「あぁ、もう大丈夫そうだ」

「いいって。
姫坂、食えそうか?
もし無理そうなら点滴作っとくけど」
「そこまでじゃないけど、消化の良いもののほうがいいだろうな。
キッチン貸してもらえれば作るけど?」
「あー、それ綾瀬にやらせればよくね?
あいつ責任感じてるみたいだしさ」

「なら、頼む」
「部屋にあるものは勝手に使っていいから。
鷹司と綾瀬はまだいるけど、優成と澤邑はもう帰ったし。
久我も自由に過ごしてくれな?」

(今の声、秋元の声だ)
姫坂はだんだんと思い出してきた。
悪夢に消されていたけれども、その悪夢は何が原因だったのか。

(そうだ、伊織が……)
おでんを食べに行って、食べ終わっても尚帰そうとしなかったのだ。
なんだかそわそわし始めた伊織を目にして、何かがおかしいと感じ取った。
何か隠してることがあるんじゃないかとの質問を最後に記憶が無い。
たぶん、睡眠薬でもかがされたのだろう。

洗面所の扉が開く。
姫坂の姿を捉えた久我は怪訝そうに眉を顰めた。

「ちゃんと髪を乾かせ、風邪を引く」
「うん、大丈夫」

「どっからくる自信だよ。
乾かす気がないなら勝手にやるけど?」
「わ、わかったよ」

肩にかけただけのタオルを手に取る。
しぶしぶタオルで拭きながら、姫坂はこっそりため息をつきたくなった。

(なんか、わかっててやってるっぽい)

こうやって言えば断らないだろうと、わかっていてやってるように姫坂の目には移った。
自分の容姿に無頓着だった久我のくせに、なんだか最近故意にやっている気がするのだ。
まさかとは思うが、もしかしたら春名あたりが悪知恵を入れたのかもしれない。

「食べられそうなら向こうに行くか?
消化のいいものを作ってもらうように言っておいた」
「そうだね、色々説明を聞く必要があるみたいだし」

久我が身に着けているのは仕事着であった。
今、上は着替えて違うが、パンツはそのままだ。

「…そうだな」
しょうがないというように、久我は一言頷いてみせた。



「姫ぇ~」
姫坂と久我がワークルームを訪れると綾瀬が情けない声を上げた。

「もう大丈夫だから」
「ごめん~」

ごろにゃんと綾瀬に抱きつかれた姫坂は、よしよしと背を撫でた。
久我はその様子を複雑に見やる。
その表情は他の者から見ればあからさまに機嫌が悪いと思われる類だった。
綾瀬もその例外でなく。
それを目にしてはばっと姫坂から離れた。

「……鍋が噴いてるぞ」
「そーだった!」

久我の言葉に綾瀬は鍋の火を止めた。
鍋は小さな土鍋で、一人用の物だ。
患者用に使うことがあるもので、食器類の量は多いのだという。

「伊織君特製たまご入りおじや完成ー!」
トレイが用意されているダイニングの席に姫坂を促す。
トレイには鍋敷、茶碗、小ぶりのお玉にれんげがのっている。
その鍋式の上に土鍋を置き、茶碗におじやをよそった。

「ありがとう、伊織」
おでんを食べたとはいえ、それから大分時間が経っている。
食欲はそれほどないが、せっかく作ってくれたものだ。
全部は無理かもしれないけれど、と姫坂はれんげを手に取った。

久我はというとレンジでオムライスとスープを温め、 姫坂の向かいに座る。

「で?この状況はいったい何?
君、それ仕事着だろ?」

普段の姫坂の話し方だ。
先ほどのしおらしい姿の姫坂もたまにはいいが、 やはり自分に臆することのない喋り方のほうが相方らしい。
久我はそんなことを思っていた。

「お前が出かけている間に、仕事の依頼がきたんだ」
「へー、この間僕が言ったことを知ってて、そういうことやっちゃうんだね?」

姫坂の反応は久我の予想していたものだった。
口元は笑っているが、目は怒っている。
器用な奴だと半ば感心してしまう。

「単独で行動しろとの内容だった。
実際は仕事でなく、審査だったが―――」
「関係ないだろ?
単独の仕事でも連絡くらい入れられるじゃないか。
審査?何の審査だよ、それとこれとは―――……え?審査?」

実戦として組織の元で働くものには避けて通れない審査。
姫坂は勿論審査を受けていたし、審査側もすでに去年経験済みだった。
すっかり審査自体忘れていたが、その審査が久我にも回ってきたということだろう。

答えは秋元から返ってきた。

「そ、今回審査の対象が久我。
審査するのが俺たちだったってわけ。
久我には姫坂に連絡できない状況をつくったんだ。
だからさ、今回の件にかんしては、見逃してやっても言いと思うぜ?」

姫坂は久我と秋元の顔を交互に見やる。
久我がいつもと変わらない様子であるから、審査という言葉を口にしても すぐに結びつかなかったのだ。

「…なんともなかったの?
その様子だと合格なんだろうけれど」
「あぁ、問題ない」

久我が相手じゃ、審査する側は大変だったのではないだろうか?
問題ないの一言で片付けてしまった相方に、 さすがだと感心する前に半分呆れてしまう。

「もうさ、こっちが必死だったぜ?
結構色々追い込んだつもりだったんだけどなー…あ、桜介っ!なんで酒があるんだよ?中ではやめろっていったろ?!」
「えーやん、別にー固いこと言わんと」
「馬鹿ー!もういい加減にしろよなー!」


こんなやりとりは傍から見れば同年代の極普通の友人に見えるだろう。
しかし、それぞれ重い過去を背負っているのだ。

楽しい日常もあるが、常に側にある重く暗い過去。
それらが消されることはないのだ。
永遠に。

裏の世界で、彼らは生きていく。
嫌でも突きつけられる現実。

耐えられるだろうか―――?
この先ずっと、未来も。

それは、まだ、誰もわからないことだった。
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