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本編
-109- 希望 タイラー視点
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「あ、タイラーさん、おはようございます。ちょっと確認したいことがあるんですけど」
「おはようございます、アサヒ様。まだお休みになっていても構いませんよ?……それはそうと、私どものことはどうぞ呼び捨ててください。敬語も必要ございません」
「え?……でも」
朝の早い時間に、階段を降りてこられたのはアサヒ様でした。
こちらのお屋敷に来たのが昨日。
オリバー様が危険を冒してでも貞操保護具を外された神器様でございます。
無防備にもパジャマ姿で白い首筋を晒していらっしゃいますが、このお屋敷にいるのが私ども老いた使用人二人とオリバー様だけで本当に良かった。
「アサヒ様は、オリバー様の最も近しい方でございますから」
「あー……うん。でも、じゃあ、俺のことも“アサヒ”って呼んで?俺、堅苦しいの苦手だから」
「私どもがアサヒ様を?」
美しく妖艶で繊細なお顔立ちですが、性格は少々変わっておいでのようです。
最も近しい方、という言葉に照れたように顔を赤らめるも、続く言葉はあまりにも衝撃を受けざるを得ません。
何かの冗談かと思いましたが、そうではなさそうですね。
今は“最も近しい方”という言い方しかできませんが、ゆくゆくは……と言いますか、整えばすぐにでも籍を入れられるでしょう。
勿論、本人たちが望めば、です。
そのように動かれるのは目に見えておりますし、オリバー様は言うまでもなく、アサヒ様もオリバー様を気に入っているご様子。
お二人の間柄には心配はご無用のようですね。
「アサヒ。……だってさあ、俺一般市民だったし、様付けなんかされたら、遠い感じすんじゃん。
それに、今日から世話になるわけだし、色々教わるのは俺の方だし」
「教わる?」
「え?教えてくんねーの?」
神器様というのは、本来魔力供給とお子を授かられる身。
その大事な2つの事柄が満たされれば、他になさる必要はございません。
アサヒ様の場合……いいえ、アサヒの場合は、薬と薬草の鑑定や調合、交渉術をお持ちですから、オリバー様の手助けになれるとは思いますが……。
「私の行っている仕事は主にオリバー様の資金管理ですが」
「やっぱ、突然わいたどこの誰とも知らないぽっと出の奴に教えられることじゃないか?」
「いいえ、そういうわけではございません」
「薬草とか薬の調合とかそいういうのはオリバーから習うけど、交渉を手助けするにしてもさ、金銭面知らないでそんなの出来ないし。
っつーか、この国のこともなんも知らねえんだもん」
「オリバー様からは?」
「っあいつから全部教わるのは時間かかるじゃん……っその、なんつーか、すぐ、甘くなるし」
「なるほど」
ああ、オリバー様が出会ってすぐなのにも関わらず、可愛らしい可愛らしい言うのがなんとなくわかってしまいました。
確かに、アサヒは可愛らしい。
「それに、俺はずっとバリバリ働いてたから、なんもしないとかすげー落ち着かないし。
最初は足手まといだろうし手間かもしんないけどさ、ぜってー役に立ってみせるから」
ああ、神器様というくくりで、従来の方たちとひとまとめにするには出来ない存在のようですね。
このように真剣にお願いされては断ることなど到底出来ません。
寧ろ、私にもやりがいのある新しいことが出来るのなら、願ったり叶ったりでございます。
「わかりました。僭越ながら私がアサヒへとお教えいたします」
「やった。よろしくな……あ」
「どうかされましたか?」
「着替えの服を聞きに来たんだった」
可愛い笑顔で喜んだアサヒは、恥ずかしそうに着替えのありかを聞かれました。
結果として、オリバー様は本当に良い神器様を引き当てられた。
ええ、アサヒの金額は確かにかなりの高額ですし、けして通常の子爵家であれば、おいそれと出せる金額ではありません。
ですが、オリバー様のご実家、エリソン侯爵領にあられますワグナー子爵家はかなりの財産をお持ちです。
どんなに儲かりもすれども、旦那様も奥様も贅沢をされることなどない家でございます。
領地の繁栄に使うことがあれども、私利私欲のために大金を使われることなどありませんでした。
今回の神器様の申請が、初めてだったのではないでしょうか。
アサヒは美しく、余所行きの美しい所作も必要な場面では出来る様子。
それに、本当に働き者で覚えも良いので、私も三日目にして、すでに教える時間がとても楽しい。
書類の整理に始まり、過去の金額のやり取り、特許収入の種類、家の財政面等。
一を聞いて十を知るようなアサヒは、妖艶な見た目に反してとても真面目な性格でございました。
相場を知るためにも、行商人のやり取りにも一緒に顔を出すよう進言すると、快く頷いてこられます。
それに。
最初から数字は問題なく、文字も読める。
なにより、計算が正確な上に、決算書が読めることには驚きました。
アバガスを問題なく扱えることにもです。
文字を書くことにはまだ時間がかかるようですが、読めるのだから大抵のことは教えられます。
「なあ、タイラー、ここなんで金額0なんだ?」
「ああ、これは……ご厚意の、物でのご提供ですから」
「え?そんなことあんの?後払い……っつーか、融資とかじゃなくて?」
「ええ。まあ、ここのキャンベル商会だけですね。ここの商会長とオリバー様は友人関係にありますから、稀にこういったやりとりがあります」
「それってゼロで計上していいのか?見なしじゃなく?賄賂じゃないにしても援助ってことにならねえの?」
「ええ。ここ帝都で種や苗に関しては、賄賂や金銭援助の対象にあたりません」
「ふーん……じゃあ、薬や薬草にしちゃ、その対象になるってことか」
「その通りです」
「そういうのってさ、賄賂や援助の対象にならねえもんって、苗と種だけなのか?他には?」
「帝都では、種と苗だけです」
「あー……なるほど」
「アサヒ?」
「や、帝都じゃ薬師も農家も足りてないっつってたから、その待遇みてえなもんなんだろ?
オリバーは無料で手に入れたいわけじゃなかったと思うけどさ、購入ルートを頼っただけで。
けど、ここの商会長はタダで寄こした。
好意も勿論あるんだろうけどさ、仲のいい友達だからってわけじゃねえんだろ?
成功して商品になったら融通利かせてくれって話で」
今のですべて納得したように、アサヒはすぐに次の資料に目を移し始めました。
私が名を呼ぶと、視線をあげ、自分の考えをすぐに口にしてきます。
本当に優秀です。
「まあ、そうでしょうね。ただ、間には必ずエリソン侯爵様が入ってくださいますから、下手なことにはならないと思いますよ」
「そっか。エリソン侯爵領としか直接取引してないんだっけ……もったいねえな。
あ、けど……そもそもここ借りてるの破格の値段だもんな、しょうがねえか」
「オリバー様はそもそも儲けというのに頓着がございませんから」
「あー…そんな感じすんなあ。だとしたら、詐欺られないし確実か」
「儲けを出したいですか?」
「んー……そこは、オリバーが望むなら、かな。今の生活で満足してんなら、下手に敵作っちまうようなリスクは取りたくねえし。
っつーか、コレ、今ある特許だけでなんもしなくても十分暮らしていけんじゃん。
これだけ研究続けてるってことはさ、好きなんだろうなって思うし、やりたいようにやらせてやりたいっていうか、俺は俺の出来る範囲で、手助けできればなとは思うよ。
まー、しばらく面倒はかけるだろうけれどさ」
苦笑いで答えるアサヒですが、アサヒに対して面倒などと思ったことは一度もございません。
その存在自体が、すでに助かっている、そう思います。
あんなにも楽しそうなオリバー様を目にするのは初めてです。
人に執着できるようになったのは、アサヒのおかげです。
私たちにとっては、希望のなにものでもありません。
「私はすでに助かってますよ。勿論ソフィアもです」
「えー?マジで?」
嬉しそうに笑うアサヒに、オリバー様の元に来て良かったと思っていただけるよう、私も微力ながら力になりたい、そう思ったものです。
「おはようございます、アサヒ様。まだお休みになっていても構いませんよ?……それはそうと、私どものことはどうぞ呼び捨ててください。敬語も必要ございません」
「え?……でも」
朝の早い時間に、階段を降りてこられたのはアサヒ様でした。
こちらのお屋敷に来たのが昨日。
オリバー様が危険を冒してでも貞操保護具を外された神器様でございます。
無防備にもパジャマ姿で白い首筋を晒していらっしゃいますが、このお屋敷にいるのが私ども老いた使用人二人とオリバー様だけで本当に良かった。
「アサヒ様は、オリバー様の最も近しい方でございますから」
「あー……うん。でも、じゃあ、俺のことも“アサヒ”って呼んで?俺、堅苦しいの苦手だから」
「私どもがアサヒ様を?」
美しく妖艶で繊細なお顔立ちですが、性格は少々変わっておいでのようです。
最も近しい方、という言葉に照れたように顔を赤らめるも、続く言葉はあまりにも衝撃を受けざるを得ません。
何かの冗談かと思いましたが、そうではなさそうですね。
今は“最も近しい方”という言い方しかできませんが、ゆくゆくは……と言いますか、整えばすぐにでも籍を入れられるでしょう。
勿論、本人たちが望めば、です。
そのように動かれるのは目に見えておりますし、オリバー様は言うまでもなく、アサヒ様もオリバー様を気に入っているご様子。
お二人の間柄には心配はご無用のようですね。
「アサヒ。……だってさあ、俺一般市民だったし、様付けなんかされたら、遠い感じすんじゃん。
それに、今日から世話になるわけだし、色々教わるのは俺の方だし」
「教わる?」
「え?教えてくんねーの?」
神器様というのは、本来魔力供給とお子を授かられる身。
その大事な2つの事柄が満たされれば、他になさる必要はございません。
アサヒ様の場合……いいえ、アサヒの場合は、薬と薬草の鑑定や調合、交渉術をお持ちですから、オリバー様の手助けになれるとは思いますが……。
「私の行っている仕事は主にオリバー様の資金管理ですが」
「やっぱ、突然わいたどこの誰とも知らないぽっと出の奴に教えられることじゃないか?」
「いいえ、そういうわけではございません」
「薬草とか薬の調合とかそいういうのはオリバーから習うけど、交渉を手助けするにしてもさ、金銭面知らないでそんなの出来ないし。
っつーか、この国のこともなんも知らねえんだもん」
「オリバー様からは?」
「っあいつから全部教わるのは時間かかるじゃん……っその、なんつーか、すぐ、甘くなるし」
「なるほど」
ああ、オリバー様が出会ってすぐなのにも関わらず、可愛らしい可愛らしい言うのがなんとなくわかってしまいました。
確かに、アサヒは可愛らしい。
「それに、俺はずっとバリバリ働いてたから、なんもしないとかすげー落ち着かないし。
最初は足手まといだろうし手間かもしんないけどさ、ぜってー役に立ってみせるから」
ああ、神器様というくくりで、従来の方たちとひとまとめにするには出来ない存在のようですね。
このように真剣にお願いされては断ることなど到底出来ません。
寧ろ、私にもやりがいのある新しいことが出来るのなら、願ったり叶ったりでございます。
「わかりました。僭越ながら私がアサヒへとお教えいたします」
「やった。よろしくな……あ」
「どうかされましたか?」
「着替えの服を聞きに来たんだった」
可愛い笑顔で喜んだアサヒは、恥ずかしそうに着替えのありかを聞かれました。
結果として、オリバー様は本当に良い神器様を引き当てられた。
ええ、アサヒの金額は確かにかなりの高額ですし、けして通常の子爵家であれば、おいそれと出せる金額ではありません。
ですが、オリバー様のご実家、エリソン侯爵領にあられますワグナー子爵家はかなりの財産をお持ちです。
どんなに儲かりもすれども、旦那様も奥様も贅沢をされることなどない家でございます。
領地の繁栄に使うことがあれども、私利私欲のために大金を使われることなどありませんでした。
今回の神器様の申請が、初めてだったのではないでしょうか。
アサヒは美しく、余所行きの美しい所作も必要な場面では出来る様子。
それに、本当に働き者で覚えも良いので、私も三日目にして、すでに教える時間がとても楽しい。
書類の整理に始まり、過去の金額のやり取り、特許収入の種類、家の財政面等。
一を聞いて十を知るようなアサヒは、妖艶な見た目に反してとても真面目な性格でございました。
相場を知るためにも、行商人のやり取りにも一緒に顔を出すよう進言すると、快く頷いてこられます。
それに。
最初から数字は問題なく、文字も読める。
なにより、計算が正確な上に、決算書が読めることには驚きました。
アバガスを問題なく扱えることにもです。
文字を書くことにはまだ時間がかかるようですが、読めるのだから大抵のことは教えられます。
「なあ、タイラー、ここなんで金額0なんだ?」
「ああ、これは……ご厚意の、物でのご提供ですから」
「え?そんなことあんの?後払い……っつーか、融資とかじゃなくて?」
「ええ。まあ、ここのキャンベル商会だけですね。ここの商会長とオリバー様は友人関係にありますから、稀にこういったやりとりがあります」
「それってゼロで計上していいのか?見なしじゃなく?賄賂じゃないにしても援助ってことにならねえの?」
「ええ。ここ帝都で種や苗に関しては、賄賂や金銭援助の対象にあたりません」
「ふーん……じゃあ、薬や薬草にしちゃ、その対象になるってことか」
「その通りです」
「そういうのってさ、賄賂や援助の対象にならねえもんって、苗と種だけなのか?他には?」
「帝都では、種と苗だけです」
「あー……なるほど」
「アサヒ?」
「や、帝都じゃ薬師も農家も足りてないっつってたから、その待遇みてえなもんなんだろ?
オリバーは無料で手に入れたいわけじゃなかったと思うけどさ、購入ルートを頼っただけで。
けど、ここの商会長はタダで寄こした。
好意も勿論あるんだろうけどさ、仲のいい友達だからってわけじゃねえんだろ?
成功して商品になったら融通利かせてくれって話で」
今のですべて納得したように、アサヒはすぐに次の資料に目を移し始めました。
私が名を呼ぶと、視線をあげ、自分の考えをすぐに口にしてきます。
本当に優秀です。
「まあ、そうでしょうね。ただ、間には必ずエリソン侯爵様が入ってくださいますから、下手なことにはならないと思いますよ」
「そっか。エリソン侯爵領としか直接取引してないんだっけ……もったいねえな。
あ、けど……そもそもここ借りてるの破格の値段だもんな、しょうがねえか」
「オリバー様はそもそも儲けというのに頓着がございませんから」
「あー…そんな感じすんなあ。だとしたら、詐欺られないし確実か」
「儲けを出したいですか?」
「んー……そこは、オリバーが望むなら、かな。今の生活で満足してんなら、下手に敵作っちまうようなリスクは取りたくねえし。
っつーか、コレ、今ある特許だけでなんもしなくても十分暮らしていけんじゃん。
これだけ研究続けてるってことはさ、好きなんだろうなって思うし、やりたいようにやらせてやりたいっていうか、俺は俺の出来る範囲で、手助けできればなとは思うよ。
まー、しばらく面倒はかけるだろうけれどさ」
苦笑いで答えるアサヒですが、アサヒに対して面倒などと思ったことは一度もございません。
その存在自体が、すでに助かっている、そう思います。
あんなにも楽しそうなオリバー様を目にするのは初めてです。
人に執着できるようになったのは、アサヒのおかげです。
私たちにとっては、希望のなにものでもありません。
「私はすでに助かってますよ。勿論ソフィアもです」
「えー?マジで?」
嬉しそうに笑うアサヒに、オリバー様の元に来て良かったと思っていただけるよう、私も微力ながら力になりたい、そう思ったものです。
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