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本編
-108- オリバー様の神器様 タイラー視点
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「おはようございます、オリバー様」
「まあ、おはようございます、今日はずいぶんお早いですね」
かちゃりと静かに扉が開き、そっとダイニングへと顔をのぞかせてきたのは、アサヒではなくオリバー様でした。
オリバー様にしては随分早い朝です。
てっきり、アサヒかと思いましたが。
「ああ、うん、おはよう。……朝食なんだけど、少し遅らせてくれる?」
そうソフィアに告げるオリバー様は、少し申し訳なさそうに眉を下げていますが、随分とすっきりとした、嬉しそうな顔です。
まあ、これで察しがつかないほど私もソフィアも馬鹿ではありません。
今朝はおはぎさんとの訓練もお休み、私と約束していた決算報告も後ろ倒しですね。
「ええ、ええ、構いませんよ。オリバー様は先に少しなにか召し上がりますか?」
「あー……じゃあ、ミルクだけもらうよ」
「今ご用意しますね」
「うん」
ソフィアはにこにこと鍋にミルクを注ぎ、温め始めました。
オリバー様の言うミルクとは、ホットミルクに蜂蜜を入れた甘いものです。
子どものころから変わらず、少し肌寒くなると好んで飲まれています。
「タイラー、ソフィアも。昨日はその、ありがとう。アサヒが、手紙を書いてくれたよ」
「よかったですね」
「うん。アサヒは……本当に真面目だね。3枚もあった」
嬉しそうに微笑むオリバー様は、朝から眩しい笑顔です。
こんな笑顔を普段から見せればころっと好きになってしまう者も多いことでしょう。
あいにく……いいえ、幸い、の方が正しいでしょう、宮廷薬師を辞したオリバー様が年頃の独身男性と接することは滅多にございません。
アサヒが来てくれてから、オリバー様はとても楽しそうにしていますし、人として欠けた部分が大分埋められたように思えます。
「アサヒはラブレターを書くのもはじめてだったみたいで……内容は言えないけど、凄く嬉しかった」
「そうですか」
本当に嬉しそうに笑うオリバー様を見ていると、何も言えなくなりますね。
本当は色々と言いたいことはありますが、今はお説教はやめておきましょう。
「猫の便せん、アサヒはとても感動して喜んでいましたよ」
「え?猫の方?苺じゃなくて?」
「ええ」
私が頷くと、しゅんとした表情で、そうか……と残念そうにつぶやくオリバー様。
本当に中身はてんで貴族らしくなく、だからこそ色々と世話を焼いてしまうのです。
少し癪ですが、ここはきちんと教えて差し上げましょう。
けして、今日の予定が駄目になった腹いせではない……はずですから。
「アサヒは、猫の便せんそのものに感動して喜んだのではありませんよ。
元の世界の方々へお送りするためにオリバー様が選んだことをお伝えしたからこそ、感動して喜んだのです」
「え?……そう、か。うん、アサヒは……そういう人だったね」
「ええ。愛されてますね、オリバー様」
「愛してもいるよ?」
「そこは疑いようもありません」
幸せそうに微笑むオリバー様を見ていると、本当に良かった、と思うのです。
オリバー様の元に神器様として来られたアサヒには、感謝するばかりです。
アサヒをはじめて目にしたのは、今から2週間ほど前のことでした。
「タイラー!喜べ!」
「タイラー!奇跡が起きたよっ!オリバーはどこ!?」
急に来られた旦那様と御長男のディーン様はいつもにまして騒がし……失礼、高揚されておいででした。
急に来られますことも、なんら珍しいことではありません。
良くございます。
ですが、今日はまるで、自分たちの子供や孫でも産まれたかのような喜びようです。
喜べと言われて理由もなく喜べる程 私も若くございませんので、反応に困ってしまいます。
おふたり揃って主語がないのはいつものことですが、『稀に見ない美人だ』とか『どっちに似ても美人になるぞ!』『選択は正しかった!』だとか、興奮冷めやらぬご様子です。
「父上と兄上はいつもに増してお元気ですね」
はてさてなんとお聞きしましょうか……と思っていますと、オリバー様が苦笑いで顔を出してきました。
温室の方からそのまま来たのでしょう。
作業手袋をはめたままの姿です。
「オリバー!聞いて驚け!」
「やったよ!奇跡だよ!」
オリバー様は笑顔を張り付けたまま私を見ますが、私にも何のことやらさっぱりわかりません。
静かに首を左右に振るだけです。
「父上、聞かないと驚くことも出来ません」
「ああ!そうだな、そうだった!お前の望んでいた神器様が先ほどワグナー家の別邸に届いたのだ」
「……今なんと?」
「だから、神器様だよ神器様!オリバーが申請した、望んだ通りの神器様だよ?凄いよ、オリバー!」
別邸、というのは、ワグナー子爵家が所有する帝都の別邸のこと。
この場所よりもずっと敷地は狭いのですが、中央寄りのにぎやかな立地にございます。
こちらの閑静でいくつかの高貴族の所有する敷地がある区域とは違い、大手商家の持ち家が立ち並ぶ場所にあり、そちらで馬車も所有しているため、オリバー様が何かの都合で馬車を利用する際は、別邸から借り受けていらっしゃいました。
まあ、そう、滅多にあることではありませんが。
「ディーン、連れてこい。そっとだぞ!そっと!」
「オリバー、連れてくるからその手袋外して」
馬車から抱きかかえた人物を、ディーン様は、オリバー様へと半ば押し付けるように受け渡しました。
困惑気味に腕の中の人物、神器様を目にし、ぼうっとしばしその場で動くことのないオリバー様。
薄い布地を纏い、男性にしては細く華奢な姿。
艶のある黒髪に、眠っていてもなお美しく品のあるお顔立ちをしていらっしゃいます。
あまりに押しが強いから申請したよ、と疲れた様子で伝えられたのは一年と二、三ヶ月ほど前のことだったと思います。
召喚の儀の時期とは合いませんが……ですが、旦那様から受け取りの書類を預かるのを見るに、どうやら本物のようです。
お名前は、アサヒ=トウドウ
ご年齢は27歳。
水、木、土の三属性と、スキルに薬草鑑定、調合、交渉、裏番長。
裏番長?
聞いたことはありませんが、異世界特有のスキルなのでしょう。
魔力量は67とのこと。
まるでオリバー様へ誂えたような方です。
実際そうなのですが、こうも見つかるものとは。
なんの申し分ありませんね。
「少なくともあと三時間は起きないようだから、ゆっくり休ませてやりなさい」
「あー…うん。え?」
「だから、オリバーのだよ」
「私の」
「そう、君の、神器様だ」
「私の、神器様……え?冗談でしょう?」
「いいや、冗談なものか、本物だ。なんと宰相閣下直々に別邸まで送り届けてくださったんだぞ」
「ああ、っもう、時間がないよ!そろそろ行かないとほんとに遅刻するよ!」
「仕事の合間に来たんだ。とりあえずきちんと受け渡したぞ、大切にするように。
タイラー頼むぞ、色々と必要なものをそろえてやってくれ」
「畏まりました」
まるで台風のようなお二人です。
唖然と馬車を見送るオリバー様が、再び腕の中の人物、アサヒ様へと視線を落とされました。
「タイラー……神器様だって」
「そのようでございますね」
「……とりあえず、温室に連れて行くよ。
ソフィアは、出かけているだろう?
私はこのまま温室で作業するし、室温も保たれてるから。
その、誰か傍にいたほうが良いと思うし……」
きゅっと神器様を抱きかかえなおすオリバー様は、神器様の存在に戸惑いを見せるも、傍に置いておきたいように見受けられました。
見た目に関してはオリバー様の理想のど真ん中のようですからね。
スキルも魔力量も属性も申し分ないので後はご相性のみとなりますが、オリバー様の見た目ならまず拒まれることはないでしょう。
見た目だけで言えば、オリバー様は、この帝国内で上位を争うほどの美丈夫であられますから。
「分かりました。何かございましたらお声掛けください」
「まあ、おはようございます、今日はずいぶんお早いですね」
かちゃりと静かに扉が開き、そっとダイニングへと顔をのぞかせてきたのは、アサヒではなくオリバー様でした。
オリバー様にしては随分早い朝です。
てっきり、アサヒかと思いましたが。
「ああ、うん、おはよう。……朝食なんだけど、少し遅らせてくれる?」
そうソフィアに告げるオリバー様は、少し申し訳なさそうに眉を下げていますが、随分とすっきりとした、嬉しそうな顔です。
まあ、これで察しがつかないほど私もソフィアも馬鹿ではありません。
今朝はおはぎさんとの訓練もお休み、私と約束していた決算報告も後ろ倒しですね。
「ええ、ええ、構いませんよ。オリバー様は先に少しなにか召し上がりますか?」
「あー……じゃあ、ミルクだけもらうよ」
「今ご用意しますね」
「うん」
ソフィアはにこにこと鍋にミルクを注ぎ、温め始めました。
オリバー様の言うミルクとは、ホットミルクに蜂蜜を入れた甘いものです。
子どものころから変わらず、少し肌寒くなると好んで飲まれています。
「タイラー、ソフィアも。昨日はその、ありがとう。アサヒが、手紙を書いてくれたよ」
「よかったですね」
「うん。アサヒは……本当に真面目だね。3枚もあった」
嬉しそうに微笑むオリバー様は、朝から眩しい笑顔です。
こんな笑顔を普段から見せればころっと好きになってしまう者も多いことでしょう。
あいにく……いいえ、幸い、の方が正しいでしょう、宮廷薬師を辞したオリバー様が年頃の独身男性と接することは滅多にございません。
アサヒが来てくれてから、オリバー様はとても楽しそうにしていますし、人として欠けた部分が大分埋められたように思えます。
「アサヒはラブレターを書くのもはじめてだったみたいで……内容は言えないけど、凄く嬉しかった」
「そうですか」
本当に嬉しそうに笑うオリバー様を見ていると、何も言えなくなりますね。
本当は色々と言いたいことはありますが、今はお説教はやめておきましょう。
「猫の便せん、アサヒはとても感動して喜んでいましたよ」
「え?猫の方?苺じゃなくて?」
「ええ」
私が頷くと、しゅんとした表情で、そうか……と残念そうにつぶやくオリバー様。
本当に中身はてんで貴族らしくなく、だからこそ色々と世話を焼いてしまうのです。
少し癪ですが、ここはきちんと教えて差し上げましょう。
けして、今日の予定が駄目になった腹いせではない……はずですから。
「アサヒは、猫の便せんそのものに感動して喜んだのではありませんよ。
元の世界の方々へお送りするためにオリバー様が選んだことをお伝えしたからこそ、感動して喜んだのです」
「え?……そう、か。うん、アサヒは……そういう人だったね」
「ええ。愛されてますね、オリバー様」
「愛してもいるよ?」
「そこは疑いようもありません」
幸せそうに微笑むオリバー様を見ていると、本当に良かった、と思うのです。
オリバー様の元に神器様として来られたアサヒには、感謝するばかりです。
アサヒをはじめて目にしたのは、今から2週間ほど前のことでした。
「タイラー!喜べ!」
「タイラー!奇跡が起きたよっ!オリバーはどこ!?」
急に来られた旦那様と御長男のディーン様はいつもにまして騒がし……失礼、高揚されておいででした。
急に来られますことも、なんら珍しいことではありません。
良くございます。
ですが、今日はまるで、自分たちの子供や孫でも産まれたかのような喜びようです。
喜べと言われて理由もなく喜べる程 私も若くございませんので、反応に困ってしまいます。
おふたり揃って主語がないのはいつものことですが、『稀に見ない美人だ』とか『どっちに似ても美人になるぞ!』『選択は正しかった!』だとか、興奮冷めやらぬご様子です。
「父上と兄上はいつもに増してお元気ですね」
はてさてなんとお聞きしましょうか……と思っていますと、オリバー様が苦笑いで顔を出してきました。
温室の方からそのまま来たのでしょう。
作業手袋をはめたままの姿です。
「オリバー!聞いて驚け!」
「やったよ!奇跡だよ!」
オリバー様は笑顔を張り付けたまま私を見ますが、私にも何のことやらさっぱりわかりません。
静かに首を左右に振るだけです。
「父上、聞かないと驚くことも出来ません」
「ああ!そうだな、そうだった!お前の望んでいた神器様が先ほどワグナー家の別邸に届いたのだ」
「……今なんと?」
「だから、神器様だよ神器様!オリバーが申請した、望んだ通りの神器様だよ?凄いよ、オリバー!」
別邸、というのは、ワグナー子爵家が所有する帝都の別邸のこと。
この場所よりもずっと敷地は狭いのですが、中央寄りのにぎやかな立地にございます。
こちらの閑静でいくつかの高貴族の所有する敷地がある区域とは違い、大手商家の持ち家が立ち並ぶ場所にあり、そちらで馬車も所有しているため、オリバー様が何かの都合で馬車を利用する際は、別邸から借り受けていらっしゃいました。
まあ、そう、滅多にあることではありませんが。
「ディーン、連れてこい。そっとだぞ!そっと!」
「オリバー、連れてくるからその手袋外して」
馬車から抱きかかえた人物を、ディーン様は、オリバー様へと半ば押し付けるように受け渡しました。
困惑気味に腕の中の人物、神器様を目にし、ぼうっとしばしその場で動くことのないオリバー様。
薄い布地を纏い、男性にしては細く華奢な姿。
艶のある黒髪に、眠っていてもなお美しく品のあるお顔立ちをしていらっしゃいます。
あまりに押しが強いから申請したよ、と疲れた様子で伝えられたのは一年と二、三ヶ月ほど前のことだったと思います。
召喚の儀の時期とは合いませんが……ですが、旦那様から受け取りの書類を預かるのを見るに、どうやら本物のようです。
お名前は、アサヒ=トウドウ
ご年齢は27歳。
水、木、土の三属性と、スキルに薬草鑑定、調合、交渉、裏番長。
裏番長?
聞いたことはありませんが、異世界特有のスキルなのでしょう。
魔力量は67とのこと。
まるでオリバー様へ誂えたような方です。
実際そうなのですが、こうも見つかるものとは。
なんの申し分ありませんね。
「少なくともあと三時間は起きないようだから、ゆっくり休ませてやりなさい」
「あー…うん。え?」
「だから、オリバーのだよ」
「私の」
「そう、君の、神器様だ」
「私の、神器様……え?冗談でしょう?」
「いいや、冗談なものか、本物だ。なんと宰相閣下直々に別邸まで送り届けてくださったんだぞ」
「ああ、っもう、時間がないよ!そろそろ行かないとほんとに遅刻するよ!」
「仕事の合間に来たんだ。とりあえずきちんと受け渡したぞ、大切にするように。
タイラー頼むぞ、色々と必要なものをそろえてやってくれ」
「畏まりました」
まるで台風のようなお二人です。
唖然と馬車を見送るオリバー様が、再び腕の中の人物、アサヒ様へと視線を落とされました。
「タイラー……神器様だって」
「そのようでございますね」
「……とりあえず、温室に連れて行くよ。
ソフィアは、出かけているだろう?
私はこのまま温室で作業するし、室温も保たれてるから。
その、誰か傍にいたほうが良いと思うし……」
きゅっと神器様を抱きかかえなおすオリバー様は、神器様の存在に戸惑いを見せるも、傍に置いておきたいように見受けられました。
見た目に関してはオリバー様の理想のど真ん中のようですからね。
スキルも魔力量も属性も申し分ないので後はご相性のみとなりますが、オリバー様の見た目ならまず拒まれることはないでしょう。
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