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本編

-117- カシェット

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「うっま!」

次から次へとくる料理は本当に手が込んでいて、複雑な味で、けれどもすげー美味いものばかりだった。
味は確かと聞いたが、本当に美味い!

「マナトもだけど、あなたも綺麗に食べるわね。それに、随分サーブし慣れてる」
「そりゃどーも。まあ、親は裕福だったし、職業柄お偉いさんの接待が多かったしな」

大皿でくるから、取り分けは殆ど俺が行った。
オリバーはそんなんしたことが無いだろうし、やって貰って当然だと思ってるし、これぽっちも疑問に思っていないだろう。
これは、もう、元々そういう環境で育ってきたのだから仕方ない。
生まれも育ちもお貴族様だ。
気が利く利かない以前の話だろ。
寧ろ、渡すたび笑顔でお礼を言うだけ出来た奴だと思っちまう。

位置的にも一番出入りしやすい位置にいる俺が、皿の受け取りも手渡しも一番易いってだけだ。
まあ、オリバーを奥にやったのは、万が一の事があった時に守りやすいからっていう理由がデカい。
それに。
いつでもフットワークは軽くしておくことに損はないはずだ。

因みに、和風とフランス混じりの創作料理なんだが、勿論箸なんてものはなく、フォークとナイフだ。
俺には使い慣れた箸があると尚いいが、そこは致し方ない。

「あなた、そのエロい顔で接待なんて大丈夫だったの?」
「エロ……まあ、否定はしねぇけど。言っとくが、俺は仕事なら本来めちゃくちゃ愛想が良いんだ。相手を煽てて気持ちよーく酔わせるのは得意だから、契約に関しちゃトップだったぞ」
「心も身体も売っていたのね」
「体は売ってねーっつーの。てか、コナーは誤解してるみたいだけどさ、俺、結構やんちゃしてたから物理的な争いごともかなり得意だけど?」
「は?」
「……落ちだぞ」

コナーの口に入るはずだったフォークは行き場所を失い、上にのっていた魚の蒸し焼きがぽとりと落ちる。
落ち先が、皿の上で良かった。

「嘘でしょ?」
「嘘ついてどうするよ」
「アサヒはとても強いですよ?タイラーが言うには皇族の専任従者並みだ、と」
「それこそ嘘でしょ?」

コナーが疑ってくるが、まあ、そこまではないとは思うが最近はまあまあ手ごたえを感じているし、大抵の奴らなら撃退できると思っている。
慢心するのは足元をすくわれることになりかねないから、特訓に関しちゃ、タイラーに褒められても、おはぎに褒められても、基本謙虚でいる。

実際、騎士や魔道士が存在するんだ。
俺よりすごい奴なんて、この世界ごまんといるだろうしな。

「いいえ、本当です。私は全くセンスがありませんが、それを知っても幻滅しなかったのはアサヒが初めてですよ。任せてくれって言ってくれたのも。日々鍛錬を欠かさずに、本当に───」


「ちょっと、もうその辺にしてくれる?あなたからの惚気は聞き飽きたわ。
でも、そう、強いのね……ねえ、その華奢な身体で渡り合う秘訣は何かしら?」
「元の世界じゃ魔法はなかったからな、先手必勝で早さ優先、あとは回し蹴りか」
「そう、因みに今は?」
「今は魔法との合わせ技だな。水と土と木と三属性あるから便利だし……まあ、スキルも持ってるしな」
「……そうなのね、ありがとう」

ありがとうと言いながら、コナーはちょっぴり残念そうな顔をした。
俺みたいな華奢な奴が動けるなら、商会の女性や線の細い奴でもどうにかなるかと思ったのかもな。
生憎、あまり参考にはならない気がする。


「肉牛のステーキだよ」

じゅわっと美味しそうな音と湯気と一緒に出されたのは、見事な肉厚のステーキだ。
洒落た鉄板の上に切り分けらているが、存在感がすげえ。
ガツンとくる牛肉の香りが、絶対美味いと教えてくれる。

焼き加減はレアで、生姜の香りがこれまたそそってくる。
そういや、牛肉のステーキもこっちにきてから食ってないな。
てか、牛肉があんまり出番がないか?

ソフィアが一度ビーフシチューを作ってくれたことがあったっけ。
あれはマジで美味かったけれど、オリバーが微妙な顔してたから、あれきりになっちまうかもしれない。
まあ、ちょびっとだが赤ワインがきいていたもんな、アレ。


数名の店員が行きかってるが、このテーブルには毎回オーナーのフレイさんが運んでくれてる。

「あーん、そろそろお肉が食べたいと思ってたのよー!最高のタイミングね!」
「でしょう?あ、食べたいものがあったら遠慮なく言って」

「あ、なら、お言葉に甘えて」
「はい、どうぞ?」
「えーと、たまご料理、甘めの味付けがいいな、ふんわりしたやつ」
「はい」
「それと、あっちのテーブルで頼んでる鳥の照り焼き、あれ、山椒かなにか使ってると思うけれど、別で横につけてもらうことできる?」
「はい、すぐに作ってもらいますね」
「ありがとう」


フレイさんが席を外してから、ステーキをとりわけしつつ隣に座っているオリバーを盗み見る。
愛斗もコナーも嬉しそうに皿を受け取り、すぐさま口に運ぶ。
おう、マジで美味そうだ。
良さげな味が染みてる部分を2人にとりわけ、オリバーには生姜の少なめなところを少量渡す。

「ありがとうございます」
「おう……」

あー……やっぱ、あんまりか。
てか、こいつ、まさかとは思うが……まさかかもしれない。

「なあ、オリバー」
「はい、なんです?アサヒ」
「お前の好きな食い物とか味とか、フレイさん知らねえの?一番長く付き合ってたんだろ?」

この店の味は俺はマジで好きな味だ。
愛斗も和食よりな味付けだからか、かなり気に入っているみたいだ。
魚だけじゃなく、肉や海老や貝なんかのボリュームのあるもんも出てくるし。
流石に、生はないが。

「半年ほどお付き合いしましたが、言ってはいない……ですね。知らないかもしれません」
「けどさ、一緒に食べてたらどういうのが好みかってわかるだろ?」
「そうでしょうか?」
「え?わかるだろ?……お前、フレイさんの好きな味とか料理とか知らねえの?」
「いいえ。彼の行きたい店に合わせていましたから好きな店の味は好きなんでしょうけれど、私は残さず食べていましたから」
「残さずって、おまえいつも出されたもんは残さず食うじゃん。そうじゃなくてさあ───あ、来た!
おー、想像以上だ、すげー美味そう」

甘い和風だしの効いたふんわりオムレツがやってきた。
まっ黄色で見た目からしてすげーな、おい。
まるでCMで見るかのような、見事なふんわり感だ。

「どうぞ、召し上がれ。甘めっていうから甘めなんだけれど……その、結構甘めかも」
「うんうん、良い良い、香りからして多分好きな味だ」
「ふふっ、そう?なら良かった」

早速取り分けようとすると、コナーと愛斗からはストップがかかる。
肉がかっつりしてたから食休みするらしい。
まあ、これなら冷めても美味いだろう。
熱々は、もっと美味いはずだ。

「ほら」
「ありがとうございます」

うん、嬉しそうな顔だ。
これは正解だったらしい。
ま、だよなあ。
こんな顔してるけど、基本おこちゃまな味が好きだもんな。

「お前のために頼んだんだからちゃんと食え。折角美味い店に来たんだから。……っうっま。やっぱ出汁が美味いな!」

甘さは、確かに結構甘めだが、美味い。
オムレツっつーより、玉子焼きって感じだな、寿司屋の玉子焼きってこんな味だ。
これはもっとふわふわしてるし、熱々だが。

「───ねえ」
「あ?」

コナーが俺を見て、目を丸くしてる。
なんだ?もう酔ったか?
シャンパンから白、ステーキが来てから赤にシフトしたが、そんなにがばがば飲んではいなかったと思うが。

「あなた、本当にいい子ねえ」
「………そりゃ、どうも?」

「旭さんの好きなものじゃなかったんですね……」

愛斗が優しげな顔で呟いてくる。
けっこう黙々と口へ食べ物を運んでいたが、腹が満たされたらしい。
まあ、話はちゃんと聞いて頷いていたりなんなりしてたから、優等生だ。
が。
なんだ、とたん恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。
そんなに飲んでねえのに、だ。

「え?まあ……だって、こいつさっきから全部微妙な顔して食ってるから。味は確かって言ってたけど、それってコナーの言葉だろ?俺は確かにすげー美味いって思うけど、こいつの味覚には合ってねえし。美味い店来てんだから、ちゃんと美味いって思う物食わなきゃもったいねえだろ。せっかくのご馳走なんだし」
「そう……ですね。ああ、本当ですね、これは、美味しいです」
「だよな?よかった」

よしよし、いい仕事したな、俺。
ほっと安堵の息を吐くと、コナーがまたスナギツネみてえな目で今度は俺を見てきた。
なんでだ?……解せねえ。
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