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本編

-118- カシェット

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「まだお腹に入るかな?この後デザートも持ってくるけれど」

そう言って、コトンと俺の前に置かれたのは───米だ。
これは、大皿じゃなくて、個々に運ばれてきたので、ひとりひとり目の前に出される。
にしても。

「えー?マジで?米じゃん。すげー嬉しい!」

なんと、麦じゃなく米が出てきた!
リゾット風の茶漬け的な感じで、洒落た大き目の深皿の中央に、飯と白身魚と香草が美しく載っている。
出汁と香草の優しい香りだ。

マジか、米が出てくるとは思わなかった。
米自体、普及してねーもんだと思いこんでいたから、何か食べたいものがあるかソフィアに聞かれても、米が食いたいとは言ったことがなかった。

「南東の農家さんから直接取り寄せてるんだ」
「へえ、じゃあやっぱり、米はこっちじゃあんまり普及はしてないのか」
「うん、ライスの方がまだ入ってるかな。カレー店がいくつかあるし」
「そっか。でもここに来たら食えるんだもんな」
「うん。気に入ってくれたら嬉しいな」

「うっま……」
「ふふっ、良かった」
「───オリバー……おい、見てないでお前も食えよ。じゃなくてさ」

空の皿を回収してにこやかに厨房の方へと引き返してくフレイさんを見送ってから、疑問に思ったことを確かめるためにオリバーへと横を向くと、すぐに目が合う。
横にいたオリバーは、飯を見ずに俺が食ってるのをずっと見ていたっぽい。
幸せそうな顔して眺められるとこっぱずかしいだろうが。
そして、やめろとは言えない。
こっぱずかしいだけで、嫌じゃないからだ。
俺も大概、っけっこう……あれだ。
こりゃどこの店にいってもこんな感じになりそうだな。
二人だけで外出して周囲に目がある時は、今まで通り猫を被ったままでいようと強く決意する。

「はい、なんですか?ああ、アサヒが米が好きなら取り寄せましょう」
「じゃなくて」
「なんです?」
「米とライスの違いって何?元の世界じゃ、米もライスも言い方が違うだけで同じもんを指してたからさ」
「ああ、米はこのように丸い小さな粒なのですが、ライスはもっと細長くて……そうですね、この米の2,3倍ほどの長さがあります。
もっとパラパラとしていて火を通しても粘り気は出ませんし、ぱさぱさしてます。味や香りに癖があって、正直私は苦手です。米は私も好きですよ」

なるほど。
もっと細くて長くてパラパラしてて味や香りに癖があってぱさぱさってことは、タイ米みてーなもんなんだろうな。

「タイ米か」
「タイマイ?」
「あー……や、あっちの世界でも、似たのがあったからさ、“タイ米”っつって、別の国で作られてたもんなんだけれど、多分それと似てるやつだろうなって思って」

「マナトもカレーを食べに行ったときに、そんなこと言ってたわね」

コナーが愛斗をちらりと見やる。
その視線は……まあ、コナーは愛斗のことを好きは好きなんだろうな、宣言通りちゃんと大切にしてるらしい。

「うん。旭さんのであってると思います」
「あーやっぱ?」
「はい。俺、食事は基本外なんで、色々な店に連れて行ってもらってるんですけど、ここって、元の世界と比べて凄く食べ物の種類が雑なんですよね」
「雑?」
「はい。例えばなんですけど、チーズなら、白いチーズだとか黄色いチーズだとか黒いチーズだとかっていうんです。
元の世界の様に、カマンベール、チェダー、ゴルゴンゾーラなんて名前もついてないし、ナチュラル、ハード、フレッシュもないんですよ。
果物もです。みかんは全部みかんだし、梨なんて、ラフランスもただの梨、なんですよ?
米もそうです、タイ米は別物になってますけど、品種によって、ササニシキ、あきたこまち、コシヒカリなんて名前はついてません。米は全て米です」

愛斗は若干呆れ気味だ。
けど、今の高校生ってチーズの種類にそんなに詳しいのか?
まあ、良いところの出みたいだから、元の世界でも色々食ってたのかもしれないな。
しょくって、育った環境がもろに出るもんな、金の感覚と一緒で。

「あー……なるほど。そういやソフィアも、もちっとチーズだとか、かちかちチーズだとか、とろっとチーズだとか言ってたっけ」
「アサヒ、あれはそういう種類なのではなく、ソフィアがそう呼んでるだけです」
「ははっ、そっか」

「コナー、米の取り寄せを頼めますか?」
「月一で少量でいいなら今受けるわよ?南東地方にいくつか取引先があるから購入をお願いするわ。
あっちは普通に米が主食だもの」
「助かります」
「あ、なら、土鍋か、魔法具の炊飯器があったほうが良いと思ます」

愛斗が、オリバーに提案する。
たしかに、折角米があるなら、ふっくらもちっとした炊いた米も食いたい。

「なら、値は張っても良いから、なるべく美味しく出来る炊飯器を頼めるかい?」
「はい」

愛斗が嬉しそうに頷く。
なんか、安心するな。
自信がありそうだし、結構食にこだわりがありそうだから、きっといいやつを届けてくれるだろう。
が。

「いいのか?」
「なにがです?」
「や、そこに金使っていいのかなって思って」
「アサヒは全然物を欲しがらないじゃないですか、私のお金で買うのだから問題ないでしょう?このくらい買わせてください」
「言う前に大体全部揃っちまってるじゃねえか、それも文句も言えない上等なもんが」
「そうですか?何かあれば遠慮なく言ってくださいね?」
「わかったわかった」

「あなたもマナトも規格外よねえ」

コナーが嬉しそうに呟く。
規格外って、神器様の、って意味か。
だとしたら、俺らだけじゃなく、蓮君や渚だって───あ、やべ。

「愛斗、俺、蓮君にはもう会ってるんだ」
「あ、渚から聞きました」
「渚に会ったのか?」
「はい、つい最近、街中でばったり。凄く元気で楽しそうにしてました」
「そっか、そりゃよかった。ってことは……渚は蓮君に会ったのか」
「はい。“蓮君が足りない”と沈んでいたら、家に連れて行って貰ったそうです」
「ははっ……そりゃよかった」

たしか、アレックス様の師匠だと聞いたから、会うのは簡単だったかもしれない。
貴族同士のちょっとした面倒なやり取りがあるかもしれないがそれはそれだ。

「凄い興奮気味に、出会いの瞬間から、弾き語りをしてもらったことや、製菓を教えて貰う約束をするまでの話をほど細かく話してもらいました」
「あの子は……異常ね。でも、私もその“サイオシ最推しのレン君”に会ってみたくなったわ。あのアレックスが溺愛してるっていうんですもの」
「来年以降なら会えると思いますよ」
「そんなに待てないから、今月末エリソン侯爵領に行く予定に合わせて、店を予約しちゃったわ」
「……またそんな。アレックスは領主ですよ?決算報告の直前ですし、魔法省だって忙しい時期でしょうに」

確かに、これはオリバーの意見に同意する。

「来月よりマシでしょ?あっちはぱっと移動出来るんだから、2時間3時間どってことないわよ。
ユージーンにも話して伝言頼んでるから、駄目ならすぐに言ってくるでしょ。久しぶりに4人で飲みましょ」
「無理ですよ、急には。月末に観察したい植物がいくつかあるんです。丸3日間も開けたくありません」
「そんなこと、アレックスに頼めば移動に一日もかからないじゃない。一瞬よ、一瞬」
「……気が引けます」
「もう、使えるものは使いなさいよー、便利よー、アレ。仕事じゃなくてプライベートなら文句も何も出ないわ」
「アレックスは文句はないでしょうけれど。ええ、快く引き受けてくれるでしょうけれど……そんな便利な移動装置みたいなこと、私の都合が理由では頼みたくありません。あなたみたいに割り切れないんですよ」

申し訳なさそうな顔をオリバーはしているが、まあ、これは性格かもしれない。
家に破格の値段で住まわせてもらっていて、好きな研究を好きなようにさせてくれてる友人に対して、オリバーはなんとか恩を返したいという気持ちが常にある。
アレックス様は、定期的にふらっと家に来るようだが、ふらっと来て歓迎している友人は、アレックス様だけだ。
まあ、そう出来る友人がアレックス様だけっていうことかもしれないが、ちゃんと友人同士でいられる関係をオリバーなりに考えているんだろうな。
俺は、当然として受け取ってる奴より、オリバーのそういう謙虚さも好んでる。
まあ、今まで付き合ってきた奴らが揃いも揃って前者だったからなあ。
オリバーの優しさはときとして甘さかもしれないが、それでも俺はオリバーのそういうところが気に入ってんだよな。



+++++++++++++++
この話を公開するにあたり、辻褄を合わせるため42話を一部変更しています。
大変申し訳ございませんm(_ _)m
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