異世界に召喚された猫かぶりなMR、ブチ切れて本性晒しましたがイケメン薬師に溺愛されています。

日夏

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本編

-155- 泣き虫 オリバー視点

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「あ、の……アサヒ。───っアサヒ、アサヒ!」
「あ、悪い。……どうした?」

思っていた以上に限界が早かったようです。
これ以上、我慢がききませんでした。

一緒に温室で植物の観察をしても、お茶をしても、神器様の……主に妊娠の話をしても。
心の奥底で、“薬師なのに人間への薬が作りたくない”という怠慢がずっと引っ掛かっていました。

作れないわけじゃないんです、作りたくないだけで。
いっそ作れなかったらもう少し心が軽いのかもしれません。

アサヒは元の世界では、『俺は薬を売りつける仕事をしていたからな』なんて笑いながら言っていました。
こちらで言うところの薬師の資格を持っていたといいますし、私の知らない知識も多く持っていると思います。
アサヒの言うように、美肌に効果のある薬が出来れば間違いなく売れることでしょう。
でも───それでも、アサヒがいてくれていても、私には、まだ無理なんです。

「オリバー?」
「っすみません……」

アサヒが心配そうに私の顔を覗き込みます。
思いの外、アサヒの腕を強くつかんでしまったようでした。
アサヒは、そんな私の情けない両手をとって、しっかりと繋いでくれました。

「何がすみません?」

アサヒの声も、瞳も、とても優しい。
私に向き合ってくれていることがわかります。

大丈夫です、アサヒは、今ここにいる私を見てくれている。
私に失望なんてしない、離れて行かない、そう自分自身に思い聞かせて、震えそうになる唇を開きました。

「無理です。私には、まだ」
「わかった。謝ることなんてない。無理なら無理でいい。無理してまで嫌なことはしなくていい」

私が、何が無理なのかを言う前に、アサヒがすぐに『わかった』と言ってくれました。
ああ、アサヒは、とても優しい。
いつも私に寄り添ってくれます。

アサヒなら失望なんてしない、そう思っていましたが、実際にこうして言葉にされるまで不安だったことに気が付きました。
ガッカリさせたくない、そう思っていました。
アサヒは、いつも私のことを凄いと褒めてくれるんです。
だから、余計に。

「情けないと……自分でもそう思ってます」
「情けなくなんかない」

薬師なのに人間の薬を作りたくないだなんて、おかしなことを言っていると自分でもわかっています。
笑っちゃうくらい情けない話でしょう?そう自分でも思うのですが、アサヒは真剣な顔ですぐに否定してくれました。

私は誰よりもアサヒに認めて貰いたい、そう思っています。
薬師としても、伴侶としても、そして何より人として、アサヒに認めて貰いたい。

「アサヒ」
「本心から言ってるんだ。お前は自分で思ってるより遥かにすごいやつだよ」
「そう……でしょうか?」

本心から、確かにアサヒは嘘は言ってないようです。
本気でそう思ってくれているのがわかります。
ですが、私がすごいやつだと、自分では認めることが難しいのも事実です。

「俺が保証する」

アサヒが言葉にしてくれることで、ようやく自分自身を少しだけ認めることが出来る、そのように思います。

信じているのに、アサヒの前では正しくありたい、きちんと向き合うと、そう決めていたのに。

「……っアサヒはこんなにも誠実でいてくれるのに、私は誤魔化しました」

ドス黒い感情を言葉にのせて吐き出すと、少しだけ自分自身の内側がクリアになった気がしました。

こんな心の内を吐露するのは、苦しいし、辛いです。
隠すことや誤魔化すことに慣れてしまった私には、ずっと。
それでもアサヒにだけは、この黒い気持ちもわかって貰いたい。

私は、他人から優しいと言われることすら重荷に感じることもあるほど、弱い人間です。
優しいわけじゃなく、ただ面倒に思って他人に流されることが多かったのです。

本当は、自分勝手で、我儘で、欲にまみれた傲慢な人間なんです。

あまりにも自分自身が情けなくてアサヒの顔を見ることが出来ませんでした。
ですが、しっかりと握り返してくれる両手の温かさに助けられ、意を決してアサヒと向き合います。

アサヒは、じっと私の瞳を見ているようでした。
私の心が落ち着くのを待ってくれているようです。

「何を?」

少しだけ落ち着きを取り戻した私に、アサヒがそっと尋ねてきました。
今なら、全て吐き出せそうです。

「毛生え薬に対して、色々な意味で出すのは早い……なんて。
色々なんて言っておきながら、ただ私が臆病なだけなんです」
「いいよ。お前が出したいって思った時に出すのがベストだ。何時でもいい。
もっと気遣ってやれたら良かったな」
「アサヒのせいじゃありません」
「お前のせいでもない」
「………」

十分過ぎるほど、気遣って貰っています。
手紙を貰ってからは、よりずっと。

私のせいでもない......んでしょうか?
責任を感じる必要なんてないと、アサヒは言いますが、本当に?

「言っただろ?お前が何でもかんでも出来ちまったらこんなに好きになってないって、さ。
正直、お前のそういう優しいところは、ずっと持ってて欲しいって思う」
「アサヒ……」
「ただ、俺には遠慮せず言ってほしい。
受け止めるし、一緒に考えるし、手も貸すし、必要なら俺が代わりにやるから。
俺だって苦手なことはあるんだしさ、互いに補っていけばいい」
「っありがとうございます……」
「おう」

アサヒは私を喜ばせる天才でもあり、私を泣かせる天才でもあります。
私は今までこんなに泣き虫じゃなかったはずです。
少なくとも、大人になってからは。

アサヒを抱きしめると、しっかり抱き返してくれました。
甘い苺の香りが、ふんわりと香ってきます。
ますますアサヒを好きになってしまいました。

「アサヒの泣き虫が移りました」
「いーじゃん、別に。あ、けど俺の前だけな?」

少しおどけた様子で告げるアサヒが本当に愛おしい。
ひとしきり吐き出して、涙まで流したからか、なんだかすっきりしました。


『オリバー、今大丈夫か?』
「……っアレックス」

アサヒの目元の小さな黒子に口付けを落として、お礼を言おうと口を開いた時でした。
アレックスから、通信が入りました。


「───っすみません、はい、大丈夫です」

これは、ちょっとまずいかも知れません。
いえ、もう私自身は大丈夫なので嘘偽りなんてないんですが、涙声なのは明らかで、要らぬ心配をかけてしまうやも知れません。

アサヒは私を見て、通信機である梟の置物を見て、それから私のことを再度見上げてきました。
そうして、そっと抱擁をといて、大丈夫だと言うように、小さく頷いてくれます。

『……少し時間を空けたほうが良いか?』
「いえ、落ち着いたので、もう大丈夫です。ありがとうございます」

思いがけない通話に焦りそうになりましたが、アサヒがいてくれたおかげで平常心を取り戻しました。

『そこにアサヒもいるのか?』
「はい……傍にいますよ」

そっと尋ねてくるアレックスに私が鼻声で答えますと、アサヒは、私の両方の二の腕辺りを包むように軽くノックしてから口を開くのでした。
『まかせろ』という意味でしょう。
自ら割って入るようなことはしなかったアサヒですが、ここからは任せた方が良さそうですね。



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次回のお話との繋ぎが悪かったために、終わり5行ほどを修正しました^^;。2024.3.23.
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