異世界に召喚された猫かぶりなMR、ブチ切れて本性晒しましたがイケメン薬師に溺愛されています。

日夏

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本編

-156- 譲れない場所

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「アサヒの泣き虫が移りました」

どうやらオリバーの涙はおさまったみたいだ。
そっと顔をあげて、涙がまだたまった瞳で告げられる。
めちゃくちゃ鼻声でそんなことを言われても、可愛いだけだ。
や、違うな。
こんな綺麗な目は、他の誰にも見せたくない。
こんなに上等な男が弱る姿は、俺だけの特権だ。


俺が“泣き虫”だと言わて、全く嬉しくはないが否定は出来ない。
俺だってオリバー相手に泣かされてる。

第一、元の世界でだって、親戚家族には知れ渡っているくらい“情に脆い泣き虫”だ。
子豚の映画だって、子犬の映画だって感動して泣けてくる。
動物物は駄目だ、あれには弱い。

や、動物に限らないか。
なんなら、アニメ映画でも泣けるもんな、俺。

有名なあの麦わらの海賊で号泣したのはまだマシだった。
黄色いネズミで泣いて、青い猫型ロボットで泣いて、連れて行った従姪にも従甥にも心配されるほどだった。
なのに、あいつらは『旭クンと一緒が良いー!』とか、可愛い顔して抱き着いて言ってきたっけ。

父方の家系で、綺麗な顔してるのは俺くらいだった。
親父に似て凛々しい男が多かった。
弟が良い例だ。

因みに、女性陣もきりっとしてるか、ほんわかしてるかどっちかで、偏りがあった。
美人かと言われると首をかしげるところだ。
だからか、この顔で愛想が良くて面倒見も良かったら、ジジババだけじゃなく、子供にも好かれるらしい。


地元だったら下手に出くわして厳つい連中に頭下げられても困るからお断りなんだが、年に一度集まるどでかい祖父ちゃん家は同じ都内でも離れてるから問題なかった。
まあ、弟には心配されて毎回『一緒に行く』とついてきたけどな。
子供たちに開放される従兄夫婦は、笑顔で手を振ってきてたっけ。

元気でやってるかな、やってるだろうな。
きっと心配かけちまってるだろうが、気にしても仕方ない。
もしかしたら、いつか連絡が取れる時が来るかもしれねえし。
けど、俺は戻れることになったとしても、ここにいる。

蓮君じゃねえけど、俺だって元の世界のこと全部捨てたって“こっちでオリバーと一緒にいる”選択以外ない。


ハンカチ……は、ないか。
上着のポケットに入ったままのはずだ。
家の中でも持っておけってタイラーから言われてたのに、つい忘れる。
元の世界で、家の中でなんてハンカチは持っていなかったからだ。

今日のシャツは絹。
なら袖口でいっか。
浄化をかければ問題ない。

オリバーの涙を袖口でそっと抑えると、目元に口づけが下りてきた。
オリバーは唇に口づけるのと同じくらい、目元の黒子に口づけるのが好きらしい。
俺も同じくらいされるのが好きだったりする。


「いーじゃん、別に。あ、けど俺の前だけな?」

笑って告げると、オリバーも笑みをひく。
ああ、ほんと、マジですげー綺麗だ。
この顔は誰にも見せちゃいけない顔だ。
誰でもコロッと恋に転げ落ちちまう。

タイラーが俺に対して、もっと自覚しろだの無防備でいるなだの、気をつけろ気をつけろ言うけどさ。
オリバーの方がずっと無防備だと思うんだよなあ。

『オリバー、今大丈夫か?』
「……っアレックス」

オリバーが何か言いかけて、恐らく『ありがとうございます』か『はい』だろうけど、急に遮るようにアレックス様の声が届いた。

この部屋には、アレックス様が作った通信機の梟の置物がある。
俺とオリバーしかいない部屋でも、声がかかることがあるのをうっかり忘れていた。
急に声をかけられて、驚いちまった。
少し心拍数が上がった気がするのは気のせいだと思いたい。

「───っすみません、はい、大丈夫です」

オリバーが答えるが、めちゃくちゃ鼻声のままだ。
まあ、落ち着いたし大丈夫なんだけど、オリバーも驚いたのか、鼻声のまま慌てて答えちまった。


『……少し時間を空けたほうが良いか?』
「いえ、落ち着いたので、もう大丈夫です。ありがとうございます」

案の定、アレックス様に心配されちまう。
だよな、こんな鼻声で、明らか泣いていたのがバレバレだ。
オリバーの奴は、普段あまり泣かなかったはずだ。
少なくとも、人前では。

どちらかというと、笑顔で隠し通していたはずだ。
元来甘え慣れているのに変に遠慮深く強がりだと、タイラーが言っていたもんな。
俺が来てから、良い意味で緩和されてきた、とも。


『そこにアサヒもいるのか?』
「はい……傍にいますよ」

良かった。
アレックス様から、俺が傍にいるか聞いてくれた。
俺の立場じゃ、問われる前にしゃしゃり出ることは難しいし、オリバーも『私の代わりにアサヒにお願いします』とは言えない性格だ。
時間をくださいとも言ってないくらいだ。
まあ、大丈夫だから正直にそう言ったんだろうけど。

『俺が代わるから任せろ』という意志表示に、オリバーの両腕を包む。
オリバーは、俺を見てすげー安心したような、嬉しそうな顔をしてきた。

……やっぱ、俺はここに、オリバーの傍にいたい。
誰にも譲れねえな。
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