街中みんなが殺しに来る

蛇崩 通

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<第五章 教会を血に染めて 第1話>

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  <第五章 第1話>
 ルビー・クールは、教会の懺悔室ざんげしつに入った。
 みたび、変装していた。金髪のウイッグと、男物のコートで。ベルガー商会を出たときから。
 懺悔室に入ってから、変装をいた。
 男物のコートは、大型ボストンバッグに、しまった。
 懺悔室の隣の部屋に、神父が入ってきた。
 懺悔室と神父室の間には、椅子に座ったときの顔の位置に、目の細かい木製の格子窓がある。薄い木材で作ったものだ。懺悔室は薄暗いため、互いに相手の顔を、正確に認識できない。
 懺悔する信者の身元が判明しにくくすることで、懺悔しやすくするためだ。
 神父が、おごそかに言った。
 「迷える子羊よ。自らがなした悪を、懺悔しなさい」
 「神父様」
 ルビー・クールは、わざと黄色い声を出した。
 「あたしは今日、罪を犯しました」
 「どのような罪かね?」
 「人を殺しました」
 息を、のんだ。神父が。
 言葉を続けた。ルビー・クールが。
 「女一人に、男四名です」
 安堵あんどした。神父が。
 「それは、心の中で、ですか?」
 「いえ、違います。本当に殺しました」
 ふたたび、息をのんだ。神父が。
 「なぜ、殺したのですか?」
 「彼らが、夫や子どもたちを殺そうとしたからです。男たちは、夫のことを商売敵しょうばいがたきだと思い込み、夫と、その家族を殺す計画を建てたのです」
 数秒間の沈黙のあと、神父が口を開いた。
 「それは、本当のことですか?」
 「はい。本人が自白しました」
 「警察に、相談しましたか?」
 「いえ、してません」
 「なぜですか?」
 「この事件に関し、警察が見て見ぬふりをするのは、わかってますから。それに今日これから、犯人グループの他の主犯や共犯者たちも、殺すつもりですから」
 「犯人グループは、まだ、あなたの夫を殺していないのですよね?」
 「はい。しかし夫の妻、つまり、あたしを殺しました」
 「あなたは今、生きて懺悔をしていますよね」
 「あたしは、おととい殺されました。中央広場で、火あぶりにされて。けれども、死ぬ直前、悪魔に魂を売って、よみがえりました。地獄で、肉体を手に入れて」
 その直後、短剣が一閃いっせんした。
 ルビー・クールが、両そでからいた二本の短剣だ。
 次の瞬間、もう一度、一閃した。二本の短剣が。
 懺悔室と神父室の間の木製格子窓が、正方形に切り取られた。切り取られた部分が、床に落下した。
 薄暗い中でも、顔が、見えるようになった。
 ニヤリと、微笑んだ。ルビー・クールが。口もとだけで。その両目は、一ミリも笑っていなかったが。
 彼女が、口を開いた。低くおさえた声で。
 「あたしの名前を、言ってごらんなさい。神父様」
 驚愕きょうがくの声をあげた。神父が。
 「ヘレン・クライン! おととい、火あぶりで死んだはず!」
 「火力が弱かったのよ。まきに火をつけてから絶命するまでに、時間がかかった。わずかだけど。そのわずかな時間に悪魔と取引し、よみがえった。あたしの魂と引き換えに。あなたたちに、復讐するために」
 「そんな、まさか」
 神父は絶句した。驚愕した表情で。
 「今度あたしを火あぶりにするときは、薪ではなく、火力の強い石炭を使いなさい。もっとも、そんな機会は、もうないでしょうけど」
 懺悔室が暗いせいもあって、神父は完全に信じきっていた。ルビー・クールが、よみがえったヘレン・クラインだと。
 突然、神父が十字架を掲げた。
 「神よ……」
 その瞬間、一閃した。ルビー・クールの左手の短剣が。
 絶叫した。神父が。十字架を掲げた右手首を切りかれて。
 飛び出した。神父室から、神父が。大声で叫びながら。
 「赤毛の魔女ヘレン・クラインが、地獄からよみがえった! 悪魔に魂を売って! 信者諸君、悪魔きの魔女を、火あぶりにする準備をせよ!」
 ルビー・クールも、懺悔室から出た。変装をいた状態で。大型ボストンバッグは背中に背負い、右手には鋼鉄製の赤い雨傘を持っている。左手には、短剣を握りしめている。
 礼拝堂で神に祈りを捧げていた信者たちが、驚愕した。ルビー・クールを見て。
 ヘレン・クラインだと思ったのだ。
 冷ややかに微笑んだ。口もとだけで。ルビー・クールが。
 「あなたたち、おとといの火あぶりのときに、いたかしら?」
 言い放った。冷ややかに。
 「もし火あぶりを見物してたなら、全員皆殺しよ」
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