世界中が殺しに来る

蛇崩 通

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<第一章 第2話 不良がナイフで殺しに来た>

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   <第一章 第2話>
 突然、動きが変わった。不良少年の。
 構えたのだ。不良少年が。ナイフを。まるで玄人くろうとのように。
 いや、玄人と言うより、プロの殺し屋のようだ。
 「あの構え、素人しろうとじゃないけど」
 「リモート・コントロールよ。人形使いは、ナイフの達人のようね」
 マジかよ。
 そう思った。
 だが、こちらが有利な点もある。
 位置関係だ。
 こちらが登り坂の上に位置し、不良少年は下に位置する。
 闘いにおいては、高い位置のほうが有利だ。
 それに、不良少年の肉体は、貧弱だ。筋肉量が少ない。服の上からでも、分かる。首も細い。顔面の打たれ強さは、首の筋肉量に左右される。
 あの首の細さなら、掌底しょうていの一撃で倒せるのではないか。
 掌底とは、手のひらの付け根近くの部分で、相手のあごなどを打ちく打撃わざだ。
 こぶしで相手の顔面を打つと、皮膚を切りやすく、出血しやすい。
 それに対し、掌底は皮膚を切りにくい。そのうえ、拳よりも脳震盪のうしんとうを起こしやすい。掌底は筋肉が付いていて軟らかいため、相手の顔面に密着しやすく、打撃による衝撃を分散させずに、相手の脳に伝えるからだ。
 サトルは、左足を前に出して、かまえた。
 不良少年も、構えた。右足を前に出して。右手に持ったナイフを前に出して。不良少年は両膝を少し曲げ、重心を落としている。右腕も、ひじを少し曲げている。ナイフの切っ先は、正面に向けたまま。
 この構えかたは、スピードが速いタイプの達人が、よく使うものだ。
 そう思ったサトルは、思わず、ミコにたずねた。
 「操り人形になったら、スピードやパワーが、増したりするのかな?」
 「わからないわ」
 そう言ってから、言葉を続けた。ミコが。
 「逃げる? それも、生き残るために必要な手法よ」
 即座に、答えた。
 「もう、間に合わない。この距離では。逃げたら、背中を刺される」
 最初に背中を刺されるのは、逃げ遅れたミコだろう。
 彼女を、守らなければ。
 覚悟を、決めた。
 「ここで、迎撃する」
 前に出していた左足を後方に退いた。
 ミコに視線を向けずに、指示した。
 「左ななめ後方に、三歩下がって」
 「わかったわ」
 サトルは、両足を肩幅ほどに開いて、両膝の力を抜いた。両腕を、両脇に下ろした。
 相手の飛び込んでくる距離が長く、スピードが速かった場合を想定して、構えを変えたのだ。
 静かに、ゆっくりと、息を吸い込んだ。
 待った。相手の攻撃を。
 不良少年が、ジリジリとにじり寄ってきた。
 来る。この距離なら。
 そう思った瞬間だった。
 不良少年が飛び込んできた。一直線に。すさまじいスピードで。サトルの心臓を、ナイフでつらぬこうと。
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