【週末の白雪姫】~憧れのあの子と始めるナイショの関係~

夕姫

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29. 誘惑されちゃった?

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29. 誘惑されちゃった?




 週末の午後の、穏やかな日差しが差し込むカフェの窓際。いつものように葵ちゃんと向かい合って座っているけれど、今日は彼女の纏う空気がいつもと少し違う。店内には心地よいジャズの調べが流れ、カップを傾ける音や人々の穏やかな話し声がBGMのように響いている。

 今日の葵ちゃんはまるで違う世界の住人のようだ。普段はフリルやリボンがふんだんにあしらわれた可愛らしい服を好んで着ているのに、今日は、シックなネイビーのワンピースを身に纏っている。そのシンプルな装いが、彼女の持つ透明感のある美しさをより一層際立たせている。

 しかも、普段はほとんどしないらしい、繊細なアイメイクが施され瞳がいつもより大きく潤んで見える。ふんわりとゆるく巻かれた髪が、カフェの柔らかな照明を受けて艶やかに輝いている。いつもの元気いっぱいの明るいイメージから一転、ドキッとするほど大人っぽく、それでいてやっぱりどうしようもなく可愛い。

 ボクの熱っぽい視線に気づいたのか、葵ちゃんはなんだか恥ずかしそうに、白い指先で自分の髪を弄びながらソワソワとしている。その仕草の一つ一つがボクの心を掴んで離さない。

「ねぇ、雪姫ちゃん。やっぱり、私……変かな?」

「そんなことないよ!すごく似合っているし……」

 ボクがそう言うと、葵ちゃんの表情がパッと明るくなりまるで花が咲いたように嬉しそうに微笑んだ。その笑顔があまりにも無邪気で可愛くて、ボクの心臓はまたしても強く脈打つ。カフェの喧騒もその瞬間だけ遠くへ消え去ったようだった。

「ありがとう、雪姫ちゃん」

「うん……」

 そんな他愛のない会話をしながら、二人で温かいアールグレイのティーカップを傾ける。立ち上る湯気が、二人の間をふんわりと漂い甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 でも……今日の、いつもと違う雰囲気の葵ちゃんを見ていると、ボクは改めてあることに気づかされた。それは……ボクは葵ちゃんのことをまだ全然知らないってこと。

 普段見せる明るく元気な一面しか見ていないだけで、きっと、もっと色々なことがあるんだ。だからもっと葵ちゃんのことを深く知りたいと思うし、同時にボクのことももっと知って欲しいって強く思ってしまう。

「葵ちゃんは大人っぽいのもすごく似合うんだね。いつもの可愛い感じのも、もちろん良いけど、今日の葵ちゃんも本当に可愛いと思うよ」

 素直な気持ちを伝えると、葵ちゃんは少し顔を赤らめて、照れたように俯いた。その頬の淡いピンク色が、可愛らしさを一層引き立てている。

「そっ……そうかな?」

「うん。いつもと違うし……何か、あったの?」

「えっと……そのね……」

 そう言って葵ちゃんは、少し恥ずかしそうにしながら、ゆっくりと言葉を選び始める。カフェの喧騒も今は二人の世界から遠ざかっているようだ。

「雪姫ちゃんと一緒にいるから、少しでも、大人っぽく見せたくて……」

「……え?」

「あのね?私……ずっと思ってたんだ。雪姫ちゃんに、つりあうような女の子になりたいって。ほら雪姫ちゃんは年上でしょ?」

「たった、一つしか変わらないけど……?」

「でも私はまだ高校生だし。雪姫ちゃんはもう大人じゃん。それに、私ね……今までで一番……恋してるかも。本当に雪姫ちゃんのことが知りたいし、雪姫ちゃんが喜ぶことしたいって……色々考えてるんだよ?」

 葵ちゃん……それはずるいよ……確かにボクは葵ちゃんよりも一つ年上……という設定だ。法律上は、18歳だから成人している。でも、正直……葵ちゃんがそんな風に思ってくれてるなんて全く知らなかったし、そのことを知って胸が熱くなるほど嬉しかった。

「ねぇ雪姫ちゃん。少しでも私に誘惑されちゃった?」

 そう言って葵ちゃんはいたずらっぽく、クスクスと笑った。その笑顔はまるで小悪魔のようでボクの心を翻弄する。そんな葵ちゃんの笑顔を見て本当に可愛いなぁって思う

 それからしばらく、カフェの心地よい空間でゆっくりと時間を過ごした後、二人は並んで帰り道を歩いた。午後の柔らかな日差しが二人の影を長く伸ばしている。今日の葵ちゃんはいつも以上に可愛くて……だからなのか、ボクはなんだか、いつも以上に緊張してしまっている。

 繋いだ手のひらから伝わる、葵ちゃんの温もりが余計にドキドキさせてくる。そんなボクの心境を察してか、葵ちゃんもいつもより少し大人しい感じがする。でも会話はちゃんとあるし、手もしっかりと繋いでいる。

 ただいつもと違うのは、お互いに無言な時間が多いことくらいかな?でもその沈黙すら、今はなんだか心地よく感じてしまう。繋いだ手のひらから伝わる温もりと、時折見せる葵ちゃんの優しい笑顔が、言葉以上の何かを伝えてくれている気がする。

「あ。雪姫ちゃん。ちょっと、あそこのお店、寄ってもいい?」

 ふと、葵ちゃんが足を止めて、ショーウィンドウを指さした。どうやらコスメショップらしい。

「いいよ」

 コスメショップの店内は、様々な香りが混ざり合い華やかな雰囲気に包まれている。葵ちゃんは何かを探しているようで、熱心にテスターを手に取ったり鏡を見たりしている。その後ろ姿をボクはただ見つめていた。真剣な表情も、楽しそうな笑顔もどちらも可愛くて目が離せない。

 すると突然、葵ちゃんが振り返ってボクに声をかけた。

「雪姫ちゃん!ちょっと来て?」

「うん……」

 言われるままに彼女の元へ行くと、葵ちゃんはリップグロスのテスターを手に持っていた。

「これ新作だって。雪姫ちゃんは大人しいお姉さんって感じだから、この色とか似合うんじゃないかな?ちょっと塗ってもいい?」

「えっ?」

 まさかの展開に、ボクは戸惑いを隠せない。そう言いながら葵ちゃんは手に取ったリップグロスを躊躇なくボクの唇に塗ってきた。葵ちゃんの指先がボクの唇に触れる。その感触が妙にドキドキさせる。

 少し間を置いて葵ちゃんは顔を離した。そして満足そうに微笑んだ。

「うん!可愛いよ!やっぱり私の目に狂いはなかったね!」

「あ……ありがと……」

 正直言ってめちゃくちゃ恥ずかしいし顔が熱くなるのを感じる。でも、それ以上に……葵ちゃんの手がボクの唇に触れたという事実が不思議と嬉しかった。

「私はどれが似合うと思う?」

「葵ちゃんは……これとか似合いそう……」

 ボクは、葵ちゃんの可愛らしい雰囲気に合うような明るいピンク色のグロスを指さした。

「じゃあ……私にも塗ってほしいかな……ダメ?」

 上目遣いで少し潤んだ瞳で見つめられるとドキッとせずにはいられない。少し突き出した唇が、まるで……キスを待っているかのようだ。いやいや何を考えているんだボクは!?これはただのリップグロスだ。必死に邪念を振り払い、震える手で葵ちゃんの唇にグロスを塗っていく。

「んっ……」

 葵ちゃんはほんの少しだけ声を漏らす。ただそれだけなのに、その吐息が妙に艶めかしくてボクの心臓は激しく鼓動する。やめて葵ちゃん!それはボクには刺激が強すぎるよ!

 そして塗り終わると、葵ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は先ほどの少し大人びた雰囲気とはまた違い、年相応の無邪気で可愛らしいものだった。

「どうかな?」

「可愛いよ葵ちゃん。すごく似合うよ!」

「ありがと雪姫ちゃん!じゃあ……せっかくだから買っちゃおうかな?」

 そんな可愛い笑顔を向けられると、思わずドキッとしてしまう。もっとこの笑顔を見ていたいと思うような……そんな、特別な笑顔だった。
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