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第2話 面接(カチコミ)
しおりを挟む王都の中心にそびえ立つ、白亜の王城。
その広大な練兵場は、今日一番の熱気に包まれていた。太陽は容赦なく照りつけ、地面からの照り返しがアタシの体力をじわじわと削り取っていく。
「見ろ! 王宮騎士団の試験だ!」
「今年はどんな逸材が出るかな?」
ギャラリーの歓声が耳障りだ。煌びやかな鎧に身を包んだ受験者たちが、まるで出荷前の高級缶詰のように整列している。
ピリピリとした緊張感が漂う中、アタシは列の最後尾で、腐った魚のような目をして空を仰いでいた。
「……帰りてぇ」
今の時刻は午後2時。本来なら昼食後の血糖値スパイクに身を任せ、昼寝のゴールデンタイムを享受しているはずの時間だ。
それがどうだ。直射日光の下で立ちっぱなし?人権侵害も甚だしい。
しかも、何より最悪なのがこの格好だ。母さんの手作りリメイク、フリル増量ピンクのリボン付きブラウスに、ひらひらのスカート。
周りの受験者がガチガチのプレートアーマーや魔導ローブで武装している中で、アタシ一人だけ「お花畑にピクニックに来ました♡」みたいな空気を放っている。場違いなんてもんじゃない。異物混入だ。
(クソババァめ……これ絶対、家で茶をすすりながら面白がって作ってただろ……)
周囲の視線が痛い。物理的な痛みなら耐えられるが、精神的なダメージはアタシの繊細なハートをえぐる。
「迷子かな?」「お人形さんみたいだ」なんてヒソヒソ声が聞こえるたびに、アタシの血管が一本ずつブチブチと音を立てて切れそうになる。
うるせぇ、全員の脛をローキックで粉砕してやろうか。
「おいおい、そこのお嬢ちゃん」
不意に、頭上から砂糖を煮詰めたようなキザな声が降ってきた。だるそうに見上げると、銀色の鎧を隙なく着こなした、金髪の優男が立っていた。顔はいい。無駄にいい。だが、笑顔が最高にうさん臭い。詐欺師の笑顔だ。
「ここは神聖な騎士団の選抜試験会場だ。君のような『か弱い』女の子が、フリルを汚すのは忍びない。おママごとはおうちに帰ってからにしてほしいな?」
男はアタシのフリフリ服を見て、鼻で笑った。その鼻につく態度、まさに害虫。アタシのセンサーが反応する。こいつは関わると面倒なタイプだ。
「ボクはジェラード。次期・王宮騎士団のエース候補だ。君が怪我をするのは見たくないんでね。進言させてもらうよ」
「……あ?」
アタシは眉間のシワを隠そうともせず、睨み上げた。せっかく省エネモードで立っていたのに、無駄なカロリーを使わせやがって。
「おい、ブリキ野郎。道が塞がってんだよ。そこどけ」
「……は?」
「どけって言ってんだよ。お前のうさん臭い笑顔のせいで、空気が不味くなる。酸素の無駄遣いだ」
ジェラードの笑顔が引きつり、額に青筋が浮かぶのが見えた。周囲がざわつく。「おい、あの子、ジェラード様に……」「命知らずな……」なんて声が聞こえるが、知ったことか。
だが、そこで試験官の声が響き渡った。
「次!エントリー番号108番、ジェラード!対戦相手、109番、アリス!」
どうやら、この優男がアタシのストレス発散用「サンドバッグ」に任命されたらしい。神様もたまには粋な計らいをする。
☆★☆★☆
「はじめ!」
合図と共に、ジェラードが華麗に剣を抜いた。キラリと刃が光る。演出過剰だ。
「ふっ、運が悪かったねお嬢ちゃん! 手加減はしてあげるが、騎士の厳しさを教えて……」
ドッ!!
「ぐえっ!?」
ジェラードの長ったらしい口上が終わる前に、アタシは距離をゼロにしていた。フリルのスカートをなびかせながら、挨拶代わりのボディブローを鳩尾にめり込ませる。
相手は金属鎧?関係ない。衝撃は装甲を透過して内臓を揺らす。それが「打撃」の真髄だ。
「く、きさま……!武器も構えずに……卑怯だぞ……!」
「はぁ?喧嘩に卑怯もクソもあるかよ。立ってる奴は全員敵だろ。あと、『可愛い服を着た女の子は非力』って思い込んでんじゃねぇよ。その偏見が命取りなんだよ」
アタシは膝をついてえずいているジェラードの襟首を掴み、無理やり立たせた。
試験官たちが「あ、あれ? 剣は?」「素手?」「魔法強化なし?」とザワついているが無視だ。ルールブックには「勝てばいい」としか書いてない(読んでないけど)。
「おい、さっさと合格にしろよ。アタシは忙しいんだ。早く帰って寝たいんだよ」
「ふ、ふざけるな……!騎士道精神のかけらもない野蛮人が……!」
ジェラードが涙目で剣を振り回そうとする。
ああ、うっとうしい。
母さんのせいでイライラしてるのに、こいつの顔を見てるとさらにイライラが増幅する。
この無駄に「整った顔」を、今すぐ台無しにしてやりたい衝動に駆られる。芸術家が白いキャンバスに絵の具をぶちまけたくなる心境に近いかもしれない。
アタシはジェラードの両肩をガシッと掴んだ。逃さない。
「……あ?」
「その減らず口、へこませてやるよブリキ野郎」
アタシは大きくのけ反り、全身のバネを首に集中させた。
スカートがふわりと舞う。
見た目は可憐な少女。だが、放たれるのは攻城兵器クラスの質量弾だ。
「必殺! 『イケメン整形(クラッシュ)・顔面陥没ヘッドバット』ォォォ!!」
ゴシャァァァン!!
鈍い音ですらなかった。何かが砕け、ひしゃげる音がした。アタシの額――ミリエル家特製、対マリアンヌ用決戦兵器――が、ジェラードの鼻筋にクリーンヒットする。
「ぶべらぁっ!?」
ジェラードは白目を剥き、美しい放物線を描いて試験場の外壁まで吹き飛んだ。
ズドーンと壁にめり込み、そのままズルズルと崩れ落ちる。ピクリとも動かない。鎧の輝きだけが虚しく残った。
「……ふぅ。スッキリした」
アタシは額の汗と相手の鼻血を拭い、ポカンとしている試験官たちに向かってニカっと笑った。
「で?合格でいいよな?完了だ」
シーン……。
会場が静まり返る。小鳥のさえずりさえ止まった。試験官長が、顔を真っ青にして震える手でマイクを掴んだ。
「ふ……不合格!!即刻退場しろ、この野蛮人め!!」
「はぁ!?なんでだよ!勝ったじゃん!?」
「勝ってもダメだ!品がない!騎士道がない!対戦相手の顔面を破壊するな!!衛兵、つまみ出せぇぇ!!」
☆★☆★☆
こうして、一番給料が良さそうで楽ができそうな「王宮騎士団」は、開始5分で出禁になった。
理不尽だ。実力社会じゃないのかよ。
「チッ、見る目のねぇ連中だ。せっかく二度寝の時間を削ってきてやったのに」
会場を追い出されたアタシは、めげずに次の部署へ向かった。まだだ、まだ終わらん。
【第2ラウンド:魔導騎士団】
「はい、この水晶に手をかざして。魔力を測定します」
眼鏡をかけたインテリ風の試験官が、いかにも高価そうな水晶玉を指差した。アタシは言われた通り手をかざす。
……シーン。
反応がない。微動だにしない。ただのガラス玉か?
「あれ?光らないな」
「君、魔力ゼロだね。不合格」
「待て待て!接触が悪いだけだって! 昔の機械だって叩けば直ったんだ!機械の機嫌なんて物理的衝撃で直るもんだろ!」
アタシは焦った。ここで落ちたら職がない。野宿コースまっしぐらだ。とっさに、「強い刺激を与えれば魔力がビックリして目覚めるかもしれない」という謎理論が脳を支配する。
「お願い! 目覚めてアタシの才能(飯の種)!」
「ちょ、何をする気だ……!?」
アタシは水晶玉を両手でガシッと掴み、祈りを込めて――額を叩きつけた。
「『魔力覚醒・強制起動(リブート)ヘッドバット』!!」
パァァァァン!!
澄み渡る綺麗な音がして、水晶玉が粉々に砕け散った。ダイヤモンドダストのようにキラキラと舞う破片が美しい。
「……あ」
「ぎゃあああ!それ、国宝級の 『魔力恒常炉』の測定器だぞぉぉ!!」
「……ひ、光った(物理的に)じゃん? 才能の片鱗ってやつか?」
「弁償だ! 捕まえろ!!」
「逃げろッ!!」
【第3ラウンド:隠密部隊】
「いいか、この部屋に『音もなく』侵入し、教官の背後を取れ。気配を消すんだ」
黒装束の試験官が、厳重に鍵のかかった重厚な扉を指差した。
アタシは頷いた。
音もなく?鍵を開ける?
……めんどくさい。ピッキングなんて繊細な作業、アタシの指ができるわけがない。
だいたい、隠密の本質とは何か?「目撃者がいなければ隠密成功」だろ?ドアなんて、開けるより壊す方が早いに決まってんだろ。無駄な工程はニートの敵だ!
アタシは廊下の端まで下がり、助走をつけた。
気配なんて消さない。存在感MAXで、重戦車のように突っ込む。
「失礼しまぁぁぁす!!『訪問販売お断り・強行突破(ドア・ブレイカー)ヘッドバット』!!」
ドゴォォォォン!!
爆音と共に、扉が枠ごと外れてすっ飛んでいった。部屋の中にいた教官が、扉の下敷きになってピクピクしている。
「……静かに入ったつもりなんですけど。忍び足(高速)で」
「うるせぇぇ!! 帰れェェェ!!」
【第4ラウンド:その他の団】
その後、アタシの就職活動は破壊の行進となった。『衛兵団』で訓練用のゴーレムを「硬すぎてムカついた」という理由で全損させ、『王宮料理番』では硬すぎて切れないカボチャに頭突きをして包丁ごとまな板を粉砕し、『学術書庫番』の試験では、面接官の「本を愛していますか?」という質問に「枕にするには最適ですね」と答えて威嚇し、すべての部署から追放処分を受けた。
そして、夕暮れ。
空が茜色に染まり、カラスがアホと鳴いて飛んでいく。
「……終わった」
アタシは王城の裏手にあるベンチで、魂が口から半分出かかった状態で座り込んでいた。
全滅だ。全戦全敗(物理的には全勝だが)。
お腹が、グゥ~と鳴る。もはやファンファーレのように盛大にだ。フリフリの服は土埃で薄汚れ、完全に「落ちぶれた元・令嬢」のコスプレである。
「ハハ……。野宿か……。マジで公園で寝るしかねぇのか……。紙って温かいのかな……」
絶望に打ちひしがれ、ベンチに突っ伏したアタシの視界の端に、一枚のボロボロの張り紙が入った。風に飛ばされて、足元にヒラリと落ちてきた薄汚れた羊皮紙。ゴミかと思ったが、何やら文字が書いてある。
そこには、殴り書きのような汚い字でこう書かれていた。
『急募! 第四救護団』
『年齢・性別・経歴不問!』
『とにかく体が丈夫で、元気な人を求む!』
『※三食・寮完備。ただし命の保証なし』
「…………」
アタシの目が、「三食・寮完備」という文字に釘付けになった。
その文字だけが黄金に輝いて見える。
命の保証?知ったことか。どうせこのままじゃ餓死だ。飯とベッドがあるなら、そこは地獄の底でも天国だ。
救護……回復魔法?そんなのは知らん。ポーションを飲ませとけばいいだろ
「……ここだ」
アタシは張り紙を握りしめ、ガバッと立ち上がった。沈みかけた夕日に向かって、不敵に笑う。復活だ。
「待ってろよ、アタシの楽園!飯だ!布団だ!」
そうしてアタシは、王城の敷地内でも一際薄暗く、誰も近づかないボロ小屋――第四救護団の詰め所へと足を踏み入れたのだった。そこで待ち受けているのが、アタシ以上の「変人たち」だとも知らずに。
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