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3.気付けばそれを恋と呼んで
「好きだから」
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「答えが、出たみたいだね」
私はゆっくり頷く。流生が笑った。
もう寝ていてもおかしくない時間だったから起きていてほしいと願って扉を叩いたのだけれど、そんな願いが通じたのか、それとも流生には分かっていたのか、彼の部屋の扉はすぐに開いた。
……ううん。「答えが──」と言っているんだから流生はきっと分かっていたんだろうな、私が来ることは。
「じゃあ、ちょっと外へ出ようか」
テラスへと繋がる大きな窓を開ける。カーテンが風に吹かれて私たちの近くを舞い続け、それを月の光が照らした。
昼間よりも気温の下がった今は眠るのに最適だと思う。それでも私がここにいるのは、今日のうちに伝えておきたいことができたから。
テラスに出ると、涼しくなった風が私の髪を撫でた。
夏の終わりが確かに近づいていた。
「はい」
流生はそっと私にカーディガンを羽織らせた。
「冷たくなってきたから。……この風も」
「うん。でも」
私は肩にかけられたカーディガンを取って近くの椅子に置いた。
「ありがと。でも、この涼しさは……何となく好きなんだ。だからもう少し感じてたい」
「そっか」
流生の顔が月で明るく照らされた。
月を見上げ、目をつぶる流生はきっと私と同じなんだ。この涼しさが持つ寂しさも、何とも言えない気持ちも知っている。
「じゃあ、聞くね」
彼の顔が月で明るく照らされた。
「ねえ、どうして白川を探すの?」
風に乗って流生の声は空へと消えた。
でも何度も聞かれていたこの言葉はたとえ風がどこかへ連れ去ろうと、私の中には深く刺さっているわけで──消えるはずはなかった。
私は空を仰いだ。
気付いた気持ちに異論はない。それより十分すぎるほど納得できた。時間が経てば経つほど。
私は流生を見つめ、そして笑う。
「白川が……好きだから」
「そっか」流生はそう呟いたけど、「そっか」なんて、私の答えはもともと知っていただろうに。それこそ気付かせる根本を作ったのは流生なんだから。
「あの話で身分が違っても想いがあれば通じると、約束さえも叶えてしまうと言いたかった。つまり、私にも諦めるなと言っているんでしょう。たとえ令嬢と執事だとしても。そして、それが私が白川にできること」
彼はただ笑うだけ。けれどその顔は満足そうで何より嬉しそうに見えた。
「二人はお互いに相手を想っていたからこそ全てを我慢できた。我慢の方が軽いもので…一番恐れていたのはお互いを失うこと。好きだったからこそ出来た唯一の選択だった」
風が流生の髪を揺らす。
「ありがとう、とわ。その答えを見つけてくれて」
彼が私を見つめた。
「だから──聞いてくれますか?私の話となりますが」
え……?
「もちろん、なぜ皆が白川を名乗っているのかは教えることは出来ません。これは弟の……白川の頼みなので。ただ、私がとわ様の探している白川ではないことは事実です」
「気付いていたと思いますが」そう言って流生は笑う。
「弟の真似なんて出来るはずがないと私は言いました。ましてや仕えるお嬢様を呼び捨てなんて。けれど、兄であることには代わりなくて。一人称を俺とし、またとわ様を呼び捨てに…。これまでの数々の無礼をお許しください」
頭を下げる流生はまるで雰囲気が違う。今までのが作られたものだとは思えないけれど、こっちの方がはるかに板についていることぐらい私にも見抜けた。
「いいよ。そんな、やめてよ。堅苦しいのは好きじゃないんだって」
「ありがとうございます。けれども私は白川家の長男ですから。とわ様もご存知のとおり執事家系の家柄です。もしかしたら私は早くこうなることを願っていたのかもしれません。慣れないことをするのは苦手なんです。それに弟たちは…あんなんですが、私はあの家を守り抜かなければならないので」
少しよそよそしくて、他人行儀で。同じ顔を、声をしているのに、流生が話せばその分だけ寂しくなった。
流生が話し方を変えたってことは、彼なりの区切りをつけたってことなんだろう。ただその区切りは令嬢と執事の区別なのではなく……きっと白川のためのもの。それに流生は白川家の執事としての誇りを持っている。だから西条家専属の執事としてはやっぱり複雑な気持ちはあっただろう。彼のつけた区切りがどこまでなのかは分からないけど、きっと私たちの関係は前のように戻ることはないだろうし、流生は西条家の執事の顔をするかもしれない。だけどそれは苦痛なことでもないように思えた。引かれた線があったとしても、それが流生と私の距離だとしても、これまでの温かさ、優しさはちゃんとそこにある。仕事とプライベートで見せる顔を変えられるほど流生が器用じゃないのを私は知っているから。
「でも……弟の頼みを聞いて良かったとは思ってるんです。本物のとわ様に出会えたから」
「え?」
「あの子がいつも話してたんですよ、とわ様のことを。それはもう楽しそうに。そして必ず最後に言うんです。「出会えて良かった」って。だから私はあの子の話からイメージを膨らませてそのとわ様を見ていました。だけど実際のあなたは全然違いました。お嬢様らしくないとは聞いていましたが、まさかここまで自由だとは」
誉めてるんですよ?、と彼は笑った。
「私もとわ様に出会えて良かったです。たとえあなたが他の家の令嬢だとしても、私のお嬢様に代わりはありません。いつでも私を頼ってください。この胸はとわ様のために空いてあるのですから」
線だとか、区切りだとか、そんなことを考えていたのは私だけだったみたい。
「うん。ありがとう」
流生の王子キャラだって残ってる。これで優しさが残らないなんて、あり得なかったんだ。
「とわ様」
流生の声で私は彼を見つめ直した。
「早く見つけてあげてください……弟を」
「うん。分かってる」
私の言葉でもう一度彼は微笑むと、そっと私の頬にキスを落とした。
うん。きっと王子キャラは素だな。
「さあ、寝ましょうか」
私はゆっくり頷く。流生が笑った。
もう寝ていてもおかしくない時間だったから起きていてほしいと願って扉を叩いたのだけれど、そんな願いが通じたのか、それとも流生には分かっていたのか、彼の部屋の扉はすぐに開いた。
……ううん。「答えが──」と言っているんだから流生はきっと分かっていたんだろうな、私が来ることは。
「じゃあ、ちょっと外へ出ようか」
テラスへと繋がる大きな窓を開ける。カーテンが風に吹かれて私たちの近くを舞い続け、それを月の光が照らした。
昼間よりも気温の下がった今は眠るのに最適だと思う。それでも私がここにいるのは、今日のうちに伝えておきたいことができたから。
テラスに出ると、涼しくなった風が私の髪を撫でた。
夏の終わりが確かに近づいていた。
「はい」
流生はそっと私にカーディガンを羽織らせた。
「冷たくなってきたから。……この風も」
「うん。でも」
私は肩にかけられたカーディガンを取って近くの椅子に置いた。
「ありがと。でも、この涼しさは……何となく好きなんだ。だからもう少し感じてたい」
「そっか」
流生の顔が月で明るく照らされた。
月を見上げ、目をつぶる流生はきっと私と同じなんだ。この涼しさが持つ寂しさも、何とも言えない気持ちも知っている。
「じゃあ、聞くね」
彼の顔が月で明るく照らされた。
「ねえ、どうして白川を探すの?」
風に乗って流生の声は空へと消えた。
でも何度も聞かれていたこの言葉はたとえ風がどこかへ連れ去ろうと、私の中には深く刺さっているわけで──消えるはずはなかった。
私は空を仰いだ。
気付いた気持ちに異論はない。それより十分すぎるほど納得できた。時間が経てば経つほど。
私は流生を見つめ、そして笑う。
「白川が……好きだから」
「そっか」流生はそう呟いたけど、「そっか」なんて、私の答えはもともと知っていただろうに。それこそ気付かせる根本を作ったのは流生なんだから。
「あの話で身分が違っても想いがあれば通じると、約束さえも叶えてしまうと言いたかった。つまり、私にも諦めるなと言っているんでしょう。たとえ令嬢と執事だとしても。そして、それが私が白川にできること」
彼はただ笑うだけ。けれどその顔は満足そうで何より嬉しそうに見えた。
「二人はお互いに相手を想っていたからこそ全てを我慢できた。我慢の方が軽いもので…一番恐れていたのはお互いを失うこと。好きだったからこそ出来た唯一の選択だった」
風が流生の髪を揺らす。
「ありがとう、とわ。その答えを見つけてくれて」
彼が私を見つめた。
「だから──聞いてくれますか?私の話となりますが」
え……?
「もちろん、なぜ皆が白川を名乗っているのかは教えることは出来ません。これは弟の……白川の頼みなので。ただ、私がとわ様の探している白川ではないことは事実です」
「気付いていたと思いますが」そう言って流生は笑う。
「弟の真似なんて出来るはずがないと私は言いました。ましてや仕えるお嬢様を呼び捨てなんて。けれど、兄であることには代わりなくて。一人称を俺とし、またとわ様を呼び捨てに…。これまでの数々の無礼をお許しください」
頭を下げる流生はまるで雰囲気が違う。今までのが作られたものだとは思えないけれど、こっちの方がはるかに板についていることぐらい私にも見抜けた。
「いいよ。そんな、やめてよ。堅苦しいのは好きじゃないんだって」
「ありがとうございます。けれども私は白川家の長男ですから。とわ様もご存知のとおり執事家系の家柄です。もしかしたら私は早くこうなることを願っていたのかもしれません。慣れないことをするのは苦手なんです。それに弟たちは…あんなんですが、私はあの家を守り抜かなければならないので」
少しよそよそしくて、他人行儀で。同じ顔を、声をしているのに、流生が話せばその分だけ寂しくなった。
流生が話し方を変えたってことは、彼なりの区切りをつけたってことなんだろう。ただその区切りは令嬢と執事の区別なのではなく……きっと白川のためのもの。それに流生は白川家の執事としての誇りを持っている。だから西条家専属の執事としてはやっぱり複雑な気持ちはあっただろう。彼のつけた区切りがどこまでなのかは分からないけど、きっと私たちの関係は前のように戻ることはないだろうし、流生は西条家の執事の顔をするかもしれない。だけどそれは苦痛なことでもないように思えた。引かれた線があったとしても、それが流生と私の距離だとしても、これまでの温かさ、優しさはちゃんとそこにある。仕事とプライベートで見せる顔を変えられるほど流生が器用じゃないのを私は知っているから。
「でも……弟の頼みを聞いて良かったとは思ってるんです。本物のとわ様に出会えたから」
「え?」
「あの子がいつも話してたんですよ、とわ様のことを。それはもう楽しそうに。そして必ず最後に言うんです。「出会えて良かった」って。だから私はあの子の話からイメージを膨らませてそのとわ様を見ていました。だけど実際のあなたは全然違いました。お嬢様らしくないとは聞いていましたが、まさかここまで自由だとは」
誉めてるんですよ?、と彼は笑った。
「私もとわ様に出会えて良かったです。たとえあなたが他の家の令嬢だとしても、私のお嬢様に代わりはありません。いつでも私を頼ってください。この胸はとわ様のために空いてあるのですから」
線だとか、区切りだとか、そんなことを考えていたのは私だけだったみたい。
「うん。ありがとう」
流生の王子キャラだって残ってる。これで優しさが残らないなんて、あり得なかったんだ。
「とわ様」
流生の声で私は彼を見つめ直した。
「早く見つけてあげてください……弟を」
「うん。分かってる」
私の言葉でもう一度彼は微笑むと、そっと私の頬にキスを落とした。
うん。きっと王子キャラは素だな。
「さあ、寝ましょうか」
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