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第一章 ホムスビの娘

ホムスビの娘【1】

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「鈴の宮で男の怨霊が出るという噂があるのよ」
 ちょうど鈴の宮の渡殿を歩いていたので、思い出したようにクスがそう言った時、ナツハナは一生懸命に書簡を運ぶことに集中していた。持っている書簡は古い竹をつなぎ合わせた巻物で、とても繊細な造りなのだ。
 武人の息子であるのに、あまり身体を使うことが得意ではないナツハナはたくさんの物を運ぶことに気を配らねばならない。慎重に両手で書簡を抱き、切りそこねた明るい空色の前髪が視界を覆うのを鬱陶しいと感じる。そろそろ未の刻になるが、玉の宮まで随分とあるのだ。落とすわけにはいかなった。
 季節は葉月をむかえ、北方に位置する黒の国であっても、すっかり日差しが強く暑い。水無月の大雨で陥没した水路を修繕する勅命を大王直属の治水大臣から受けた玉響たまゆらの乙女の書簡を運ぶ大役もあり、ナツハナはいつもより汗をかいていた。
 ナツハナは今年数えで十三歳になる玉の宮つきの童郎わらしろだ。
 この世は中つ国と呼ばれ、色の名を冠した国々があった。北方に黒の国またの名を玄武国、南方に赤の国またの名を朱雀国、東方に青の国またの名を青龍国、西方に白の国またの名を白虎国という。国々の中央には神々が住まう高天原へつながるとされる黄沃山こうようざんがあり、頂上では麒麟がその入口を守っていると言い伝えられている。神聖なるこの山は、麓以外が禁足地となっていた。
 黒の国は四つの国々の中でも、国土が広く強大である。水の神ミツハが祖先とされるトガ氏によって拓かれ、国を縦断する豊青川とよあおかわ寒海かんかいと呼ばれる海に面した国だ。その水源は玄武が宿るとされる冬薙山ふゆなぎやまからもたらされた。冬の寒さは厳しくつらいが、土壌と海の幸に恵まれている。民はみずからを「水の民」と呼び、都は九重ここのえと称された。川を挟んで身分の高い者が住まう右側を龍町、庶民が住まう左側を虎町という。
 ナツハナは龍町で武人の子として生まれ、三年前に孤児となった。それ以来、生前は星の巫女であった父方の伯母の伝手を頼り、宮に上がって暮らしている。
 星の巫女とは黒の国において大王の側近たちの次に権力があると言っても良い。星を読み、未来の吉凶を視る女たちのことだ。星の巫女は形式上では水の神ミツハの妻となるため、未婚の女性しかなることができない。邪を祓い、暦を読み、卦を占う。彼女たちは代々巫女であった家系もいれば、官吏登用で巫女になった者もいた。ナツハナが仕えるクスは他国から試験を受けて巫女となった女性だ。
 この集団は各国で役割と名称が共通しているのだが、国ごとに特色が少しばかり違っていた。基本的に人々からは陰陽師と呼ばれている。本来ならば星の巫女も陰陽師だが、黒の国は彼女たちをより特別視させるため、巫女として神格化させていた。
 陰陽師たちは陰陽寮おんようりょうに属し、いくつかの組織に分かれている。黒の国では在籍する巫女たちは百名を超える。彼女たちの下にはさらに男女混合の官吏たちがおり、すべての官吏と巫女たちの頂点に立つのが、玉響たまゆらの乙女と呼ばれる陰陽頭おんようのかみだ。国のご意見番のような存在で、現在は齢八十を過ぎた盲目の老女モモソがその座に就いている。
 陰陽頭おんようのかみの次官として陰陽助おんようのすけが二名おり、クスは二十代後半という異例の若さでこの地位にいる女性だ。
 巫女たちの住まう玉の宮は、貴族の住まう鈴の宮に隣接しており、基本的に男子禁制である。巫女たちの雑用をこなす役割を与えられた十三歳までの少年だけが、宮の中ほどの立ち入ることを許されていた。そして最奥の禁所には、玉響たまゆらの乙女と数少ない巫女だけが出入りできるのだった。
 基本的に玉の宮は巫女たちの住居であり、国の決定にかかわる重要な卦や祈祷のみを行う。水時計の漏刻や、暦の作成など日々の業務は墨の宮と呼ばれる文官たちが在籍する場所で行われた。
 ナツハナのような少年たちは裕福な家の男の子が教養を身につけるためであったり、宮に仕える家人がいる伝手で童郎わらしろに選ばれる。だいたい将来は文官になって墨の宮で働くか、市井に下って庶民たちの教師になることが多い。
 クスはナツハナがろくに自分の話を聞いていないことに気付かず、つらつらと喋り続けていた。
「立派な鋼の鎧をつけた武人の男が、夜な夜な宮を歩き回るそうですよ。どう、とっても怖くないかしら?」
 見目麗しいナツハナの主人は、一見そう思えないが世間話や噂が好きだった。星の巫女たちの中でも特に優秀で、玉響たまゆらの乙女の側近を勤め上げているクスであるが、時折見せる親しみやすさが彼女の魅力だ。艶やかな絹の喪裾をなびかせて歩く姿も月夜に咲く花のように美しい。
「別に怖くありません。だってこの目でみたわけじゃないんですから」
「まあ、あなたも一応はこの世ならざぬものをあつかう星の巫女の童郎わらしろでしょうに。怨霊よ、すごく怖いのよ?」
「僕だって悪さをしない幽霊なら、怨霊ではないことぐらい知っています。だいたい祟るなら、クス殿たちがもっと早く祓っているでしょう?」
 クスはナツハナがこの手の話を大げさに反応するような少年ではないことをわかっている。もちろん、わざとからかっているのだ。ナツハナも生前の恨みなどで人に祟る存在を怨霊と呼ぶことは知っている。ただ徘徊するだけの亡者は、ただの亡者だ。もしも怨霊であるのなら、とっくのとうにその武人の幽霊は星の巫女たちによって祓い清められている。
 三年前に童郎わらしろとなった時から、クスはよくナツハナに妖怪のたぐいや魔の者といった恐ろしげな話を語っては怖がらせようとしたが、ナツハナにとっては戦をする人間の方がよほど恐ろしい。
 武官であった父タキジは心優しくとても人の命を奪うような人間には思えなかったが、十数年と続く赤の国との戦で敵将から首級を奪われ、胴体だけが帰って来た時、父もまた敵国の武人に同じようなことをしたのだと思い知らされた。上官であった男に「そなたの父は立派に武人として死んだ」と慰められたけれども、どこか腑に落ちない。ナツハナにとって穏やかな父は立派にと褒め称えられるほど誰かを殺して、そして殺されたのだ。
 たったひとりの息子であったナツハナに対して、けして武人になるように強いることのなかった父親にナツハナは感謝をしている。自分は戦いなど向いていない性分だからだ。
「許してちょうだいね、わたくしはあなたのこと、まだ十歳の男の子だと思ってしまう時があるのよ。あなたは本当に優等生だわ。でもね噂と言うのは、案外にあなどれないものですよ。鈴の宮中の人があれだけ恐れているんだもの。気になってしまうわ」
 白磁の髪を美しく結い上げ、琥珀色の瞳と切れ長い目元に弓のようにしなやかな眉を持つクスは少女のように笑う。
「クス殿は誰からその話を聞いたんですか」
 よそ見をする余裕などないので、ナツハナは抱く古竹の書簡を花葉色の瞳で見つめながら言った。
「長く鈴の宮にいる下女の人よ。赤の国から来た方でね、とても気持ちの良い性格で、わたくし好きなの」
「……はあ」
 本来ならば、貴族同等の扱いを受ける星の巫女たち、ことクスのような身分は下女ごときと親しく言葉を交わすことがない。しかもクスはもともと故郷である青の国でも王医をつとめる一族出身の高貴な女性である。クスの性格が良いところは身分など気にせずに人へ接するところだった。だからこそ、両親の早逝したナツハナにも気をかけている。この主人のことを、ナツハナは自分なりに慕っていた。
「その幽霊はいつか悪さをするのでしょうか?」
「そぶりはないようで、ただ歩き回るだけよ。ひとしきり歩き回ると、ふっと消えてしまうのですって」
「探し人か、ものでもあるのかなあ」
「さあねえ。これだけ噂になっているのですから、そろそろ根黄泉ねよみを呼んで、武人の霊を根の国へやってしまわないといけないわ。なにか祟っているわけでもないのなら、わたくしたちにお呼びもかかりませんもの。おそらくもがりもろくにしてもらえなった悲しみなのかも」
 クスは眉根を下げて心配げに言った。もがりをしてもらえないとは、家族に看取られもせず、孤独に死んでしまったのだろう。
「……戦場で殺されてしまったからではないでしょうか、その父上みたいに」
「まあ、ナツハナ……」と、クスがすまなそうに言うので、ナツハナは首を振って微笑む。もう父への思慕があっても、悲しみは薄れていた。
 三年前に父の弔いのため根黄泉ねよみが祝詞を上げていた姿をナツハナは思い出す。この儀式は厭わず死んだ魂が死者の行くところである根の国へ行けるようにという習わしであったが、悲しみの中で「父上は母上や伯母上に会いたがっていた。きっと今頃は喜んでいる」と考えていた。
 武芸はからきしであったナツハナは、なぜか勉学の覚えが良く、タキジは嬉しそうに「お前は聡明な姉者に似たのだ。姉者が生きておれば、きっと喜んだことだろう」とよく言っていた。
 タキジからは母の話をほとんど聞くことがなかった。産褥熱が原因で、ナツハナを産みすぐ死んでしまったこと以外、ナツハナはおのれの母のことをほとんど知らないのだ。ナツハナがそれを問うと、タキジは太い眉毛をぎゅっと下げ、「思い出すのも話すのもつらい」と言葉を濁す。
 ナツハナは母を知らぬ寂しさを感じながらも、父の胸をうちを理解した。タキジの姉であるフユハナのことばかり話すのは、おそらく自分が伯母に似ていたからなのだろう。ナツハナと名付けたのも、伯母であると聞いている。
 そして身寄りのない自分はもともと星の巫女であった伯母の縁と、父の上官であった武人の口添えで、こうして巫女付きの童郎わらしろとして宮に仕えることができた。会えぬまま死んでしまった人だが、とても感謝をしているのだ。
「さあ、申の刻には玉の宮に戻らねば。この書簡をモモソ様にお渡しして、すぐ墨の宮に行くのよ。治水の日取りを伺いませんと」
「クス殿が言い出したのに」
 うふふ、とクスがいたずらっぽく微笑んだその時、渡殿を覆う茂みの中から何かが転がり出た。
「何かしら!」
 いち早く気付いたクスが音のする方へ歩み寄る。ナツハナも書簡を落とさぬようにそれに続き、自分よりも背の高いクスの後ろで首を伸ばす。
「……まあ! あなた、大丈夫ですか?」
 茂みから躍り出たのは人であった。しかも年若い少女だ。随分と身なりが汚れており、苦しそうにうずくまっている。
「ナツハナや、これをお持ち」と、クスは素早く自分の持っている書簡をナツハナに預けると、渡殿を降りて少女へ近寄ろうとした。
「おっと! 待ってください、クス殿!」
 いきなり書簡を渡され、ナツハナはよろめた。古竹の書簡たちはカラカラと小気味良い音を立てる。なるべく邪魔にならないようにと書簡を渡殿の端へ丁寧に置き、ナツハナも少女の方へと走った。
「なんてこと、かわいそうに、ひどい火傷ではありませんか」
 少女は浅い呼吸を繰り返し、もともとは健康的であったろう日に焼けた手足が火傷でただれている。緋色の髪も火によって毛先が縮れているようだ。クスがそっと少女の背に手をやろうとすると、「触るな!」と少女が叫び、剣の切っ先のような視線が飛んだ。
 萌葱色の鮮やかな瞳、気の強そうな眉、鹿の頭部を思わせる細く整った面立ち。しなやかに伸びる手足。ナツハナは少女の姿をまじまじと見つめ、かたまってしまう。
 今まで育ちの良い星の巫女たちしか女を知らぬナツハナは、野に生きる動物のように精悍な少女を今まで見たことがなかった。その場から動けないナツハナに比べ、少女から怒鳴られたクスは毅然とした態度だ。
「いいえ、触りますわ。こんなに大怪我をしている方を放っておけるものですか」
 柔和そうなクスがぴしゃりと言うので、少女はぐっと言葉につまる。クスはかまわずに少女の頬に触れた。
「動いてはなりませんよ。本当にひどい……どんなことがあってこんな」
「……っ! お前たちがしたんだ! お前たちがわたしの里を、襲ったから!」
 少女は慟哭すると、両肩を不安そうに抱く。ひどく怯えて、絶望している表情だった。浅黒い肌、里を襲った、今ある情報をつなぎ合わせナツハナは静かに言う。
「──赤の国の人なんだね」
 タキジから赤の国の人間はみな日に焼けて快活な浅黒い肌をして、里が集まって政治を行っていると聞いていた。
「そうだ」と、少女はナツハナを睨む。
「……ごめんなさい、父上たちが」
 ナツハナは何も言えず、地面に視線を落とした。謝ったところで、少女の失ったものは帰って来ないことなどわかっていたが、罪悪感で押しつぶされそうになったのだ。
 少女は興奮していた息を整え、静かにナツハナを見つめると、「お前たちを責めても仕方がない。おそらくわたしを追って武人たちが来るが、見逃してくれないか」と立ち上がろうとする。
「こら、立ってはなりません」
「離せ、行かねばならないんだ」
「どこにです、手当をしたら連れて行ってあげますから」
「時間がない、追手が来てしまう!」
 頼む、と少女が小さく言ったその時、後方から男の怒号が聞こえた。
「逃げ切れると思っているのか、バケモノめが!」
 声の方を見やると、白銀の鎧を身に着けた武人の男が近づいて来るのがわかった。少女はその声を聞き、怯えてクスにすがりつく。クスは少女を守るように背中を抱くが、男の姿を見留めて絶句した。
「オグト皇子!」
 その名ならナツハナも知っている。賢狼大王けんろうのおおきみの一人息子、壱の君の名前だ。なぜこのような場所にいるのだろうと混乱し、すぐに少女を追って来たと理解した。壱の君が追って来るほどだ、いったいこの少女は何者なのだろう。
 緑青色のくせ毛を角髪に結い、背が高く均整の取れた体つきの美麗な皇子は顔の半分に火傷を負っている。まとっている衣もすべて絹で、精巧な造りの鎧が格の高さを物語っていた。腰に佩いている剣も意匠が細かく立派だ。
「星の巫女よ、その娘をこちらへ寄越せ。赤の国から連れて来た捕虜だ」
 オグトはクスを見下しながら吐き捨てた。星の巫女の証である赤色の額布を巻いていたので、クスの身元がわかったのだろう。
「これは翠流すいりゅうの君、しかし娘はひどい火傷をしております」
 翠流すいりゅうの君とはオグト皇子の号である。クスは最大限の敬意を込めつつも、精一杯牽制したのだ。ナツハナはひやひやとした心持ちでクスを見つめた。オグトは気性が荒く、ひどく傲慢であるというのは宮中の人間が知っている。
「女、聞かぬならお前もわたしのようになるぞ。その美しい顔を傷物にしたくはあるまい。こやつは身体から火を出すバケモノゆえな」
 明らかに苛立っているオグトは増悪のこもった紫の瞳で少女を睨んだ。
「子鹿のように怯えおります」
 クスは気丈にも少女をかばう。雲上人に逆らうなど、本来ならば許されない行為だ。やや緊張している様子がナツハナにもわかったので、クスの側へと近寄る。
「ええい、黙れ!」
 しびれを切らしたオグトは無理やりクスから少女を引き離す。力ではオグトに敵わぬクスは声を漏らし、少女を手放して身体をよろめかせる。ナツハナは咄嗟にクスの背に手をやり支えた。
「お前のようなウスノロにかまっている暇はない、来いバケモノめが。面倒をかけさせよって!」
 髪を高く一つに結んだ少女の髪を掴み、オグトが乱暴に引っ張ると、少女は苦しそうに呻いた。オグトは少女の髪を掴むと持ち上げ、地面へと打ち付ける。その後も幾度か打ち据える音がし、ナツハナは我慢ならなくなって少女の前に立ちふさがった。
「これ以上は、おやめくださいませ!」
「なんだあ、餓鬼め!」
 オグトは冷たく言い放つと腰に佩いた剣を抜き、切っ先をナツハナに向ける。ナツハナはぎゅっと強く目をつむった。
 剣と剣がぶつかる鈍い音が響き、恐る恐る目を開けると、屈強な武人がオグトとナツハナの間に立っている。
「お心を鎮めてくださいませ。このオジカに免じて、どうか。生捕りにするようにと、大王のお言葉を忘れたわけではありますまい」
「オジカ殿!」
 自分をかばってくれたのは父親の上官であったオジカであった。タキジが戦死をしてから、後見人として何かと気にかけてくれている人物で、宮へ上がれるように手配をしてくれたのもオジカだ。ナツハナにとってもう一人の父だと思っている人物である。
 オジカは筋骨隆々のたくましい背中でナツハナの前に立ち、渋茶色をした漆の鎧をまとっていた。この鎧は宮中の護衛などの簡易的な時に身につけられるもので、タキジも日常でまとっていたものだ。絶体絶命の状況であるのに、ナツハナは亡き父を思い出して懐かしい心持ちになった。
「ナツハナよ、勇気があるのは良いが、向こう見ずはいかんぞ」
「ふんっ」と、オグトは剣を収めると「母親が野蛮な火の民であるからと、情が湧いたのか。バケモノをきちんと連れて来い」と吐き捨てて去って行く。
 オグトにとっても幼い頃より腹心の部下として連れ添っているオジカであるから、見逃してくれたのだろう。
 腰が抜けて尻もちをついたナツハナへ、クスが慌てた様子で駆け寄った。オジカは気絶した少女を抱き上げ、「哀れな」とつぶやく。
「この娘は?」とクスが尋ねた。
「赤の国の里、八又門やまとの首長の娘子だ。我らが里へ攻め入ったのち、首長とその世継を殺したが、この娘は「ホムスビ」であったゆえこうして生かして連れて来た。大王が直々に興味を示してな、生け捕りにするよう仰せつかっておったのだ」
「……あの、鋼の鉱脈を探し当てることができるという」
「さよう。鋼、銅、金、玉石にいたるまでホムスビは在処を嗅ぎ分けるという。この娘にいたっては火の女神の加護を強く受けたのか、身体から炎が出るのだ。それで怒りに任せ、皇子の顔に火傷を負わせてな」
「まぁ、ホムスビの伝承はまことであったと……だからあそこまでお怒りでしたのね」
 オジカは静かに頷き、少女を抱き直して額にそっと触れる。
「俺の死んだ娘とちょうど同じ年頃なのだ。すべて奪ってしまった身ながら、捨て置けぬと思ってしまったよ。それに、俺の母は赤の国の者。どうも他人とは思えぬ」
「どのような理由があろうと、この傷は手当をせねばなりません。よくぞここまで生きていられたものです」
 オグトの腕の中でぐったりとしている少女を見つめ、ナツハナは顔を歪ませた。
「……この子の故郷をオジカ殿たちが襲ったんですね」
「そうだ。それが武人の仕事であり、そなたの父親の仕事だった。恨むでないぞ」
「──わかっています」
 この少女にも家族があったのだと思うと、ナツハナはたまらなく切ない気持ちになった。あの優しかった父親が少女のような境遇の子を生んでいたことを理解し、ますますやるせない思いを抱く。
「そなたは聞き分けが良すぎるな。オグト皇子のように駄々をこねれば良いものを」
 オジカは苦笑し、少女を抱えたまま歩き出した。
「俺が皇子にうまく言っておこう。死なれては困るゆえ、生かして連れて来たのだ。皇子のあの扱いではそうそうに死んでしまうだろうよ。そなたらが居合わせたのも何かの縁に違いない。ここはひとつモモソ様にご意見を仰ごうではないか」
「ええ、モモソ様なら悪いようにはなさらないでしょう。ナツハナや、あなたはとても立派でしたよ」
 クスはナツハナの爽やかな空色の髪を優しく撫でる。
「武人タキジの子ですもの、きっと守っておあげなさい」
 ナツハナは頷くと、オジカに抱かれる少女を見つめる。少女は新しい火傷の痕に重なって、うっすら古い火傷が手足に残っていた。「ホムスビ」は身体から炎が出るのだから、その影響なのだろう。過酷な体験をした少女の、それでも真っ直ぐで強い眼差しと若木のような手足が、なぜかナツハナの心をそわそわとさせていた。
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