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序章
逃走
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燃えるような緋色の髪を強く掴まれながら、少女はじっと苦痛に耐えていた。
目をかたく瞑り、荒れて血の滲んだ唇を噛んで、浅い呼吸を繰り返す。
焦げた木々と人々のにおい、容赦のない炎が命を奪うにおい、気の狂いそうな闘争のにおい、欲望と某略のにおい、少女をとりまく幸せであたたかいすべてが失われていくにおい。
故郷から遠く離れた地で、ろくに眠れもせず、ただ乱暴に引きづられているのだ。愛するふるさとで起きたことを思い出すたびに倒れそうになるが、それでも必死で我慢をした。
いる、からだ。理由はわからないが、いるのだ。
「……なぜです、どこに?」
少女は遠のきかけた意識の中で、やっとそれだけつぶやいた。
「おい、何をぶつぶつと言っているのだ。 このバケモノめが!」
頬を横暴にも強く叩かれ、少女は呻き声を上げる。身体中がボロ布のようであるのに、さらに口の中が切れてしまった。わずかに血を吐き出し、少女はみずからを虐げる男を睨む。緑青の髪色を立派な角髪に結い上げた若い男は、整った眉を苦々しく歪め憎しみを宿した目線で少女を見やると、小さく舌打ちをした。
「オジカよ、お前がこいつを連れて行け! どうやらわたしではお気に召さぬらしいぞ! ええい、早くせぬか、父上がお待ちだ!」
男は二人の後ろを歩いていた大柄な武人の男へ、少女を突き出す。狩りの獲物でも渡すような仕草であった。武人の男はため息をついて、少女に向かって無骨な太い手を「こちらへ」と差し出す。
その刹那であった。少女は男の手を振りほどき、宮の渡殿から外へと駆ける。
「どこ、どこに……にい、さま」
ふたたび捕まればどうなるのか、少女にも見当がついていた。おそらく彼らの知りたいことを洗いざらい喋った後に、処刑されるのだろう。もしくは好色だと噂される大王の慰み者にされるのかもしれない。もしもそうなら、舌を噛み切って死ぬつもりだ。だからこそ、この瞬間が最後の機会に思えた。なぜこの身体は他人を焼き殺すことはできるのに、みずからを焼き尽くせないのだろう。
背中から激高した男の叫び声が聞こえる。本当なら残りわずかな力を振り絞ってあの男へ一矢報いてから死にたかったけれど、それよりも確かめねばならぬと思った。
傷だらけの身体にしかも裸足なので、敷き詰められた玉石が走ることを邪魔する。よろめきながら、それでも少女は感覚を研ぎ澄ませた。鼻腔をひらき、残り香を探す。ひたすら優しく、頼もしかったあのにおい。
「どこなんだ、なぜ?」
寂しさと悲しさでくじけそうになりながら、少女はひたすら走った。この命も今日かぎりであるなら、悔いなく果てたい。
目をかたく瞑り、荒れて血の滲んだ唇を噛んで、浅い呼吸を繰り返す。
焦げた木々と人々のにおい、容赦のない炎が命を奪うにおい、気の狂いそうな闘争のにおい、欲望と某略のにおい、少女をとりまく幸せであたたかいすべてが失われていくにおい。
故郷から遠く離れた地で、ろくに眠れもせず、ただ乱暴に引きづられているのだ。愛するふるさとで起きたことを思い出すたびに倒れそうになるが、それでも必死で我慢をした。
いる、からだ。理由はわからないが、いるのだ。
「……なぜです、どこに?」
少女は遠のきかけた意識の中で、やっとそれだけつぶやいた。
「おい、何をぶつぶつと言っているのだ。 このバケモノめが!」
頬を横暴にも強く叩かれ、少女は呻き声を上げる。身体中がボロ布のようであるのに、さらに口の中が切れてしまった。わずかに血を吐き出し、少女はみずからを虐げる男を睨む。緑青の髪色を立派な角髪に結い上げた若い男は、整った眉を苦々しく歪め憎しみを宿した目線で少女を見やると、小さく舌打ちをした。
「オジカよ、お前がこいつを連れて行け! どうやらわたしではお気に召さぬらしいぞ! ええい、早くせぬか、父上がお待ちだ!」
男は二人の後ろを歩いていた大柄な武人の男へ、少女を突き出す。狩りの獲物でも渡すような仕草であった。武人の男はため息をついて、少女に向かって無骨な太い手を「こちらへ」と差し出す。
その刹那であった。少女は男の手を振りほどき、宮の渡殿から外へと駆ける。
「どこ、どこに……にい、さま」
ふたたび捕まればどうなるのか、少女にも見当がついていた。おそらく彼らの知りたいことを洗いざらい喋った後に、処刑されるのだろう。もしくは好色だと噂される大王の慰み者にされるのかもしれない。もしもそうなら、舌を噛み切って死ぬつもりだ。だからこそ、この瞬間が最後の機会に思えた。なぜこの身体は他人を焼き殺すことはできるのに、みずからを焼き尽くせないのだろう。
背中から激高した男の叫び声が聞こえる。本当なら残りわずかな力を振り絞ってあの男へ一矢報いてから死にたかったけれど、それよりも確かめねばならぬと思った。
傷だらけの身体にしかも裸足なので、敷き詰められた玉石が走ることを邪魔する。よろめきながら、それでも少女は感覚を研ぎ澄ませた。鼻腔をひらき、残り香を探す。ひたすら優しく、頼もしかったあのにおい。
「どこなんだ、なぜ?」
寂しさと悲しさでくじけそうになりながら、少女はひたすら走った。この命も今日かぎりであるなら、悔いなく果てたい。
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