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始まり
08
しおりを挟む寮生の部屋だと与えられた部屋は約15帖程の寮の部屋にしてはちょっと広過ぎる部屋だった。
大きな出窓の足下へと置かれたアンティーク調のベッドはダブルサイズよりまだ大きい。
猫足のカフェテーブルが部屋の真ん中に置かれ、それを囲うように2脚の椅子がある。壁側に置かれた3段のチェストの上には水差しとグラスが用意されていた。
もう、なんていうか……。
「どこの高級ホテルよここ」
最近の学生ってこんなに贅沢なわけ? 普通寮の部屋に個人のバスルームとトイレあるもんなの?
在宅通学組だったから寮暮らしなんてした事ないけど、スポーツ特待で大学に入った友人で寮暮らしだった人いたけど、狭いし臭いし汚いし……みたいな話しか聞かなかったわ。
お風呂も銭湯みたいな大浴場で皆でわいわい入ってたとか……。
「えっと、これが制服、ね」
クローゼットを開けば、中には1着の服が丁寧に袋に入れられかけられていた。それを手に取るとおずおず入口の近くに置かれた鏡の前で合わせてみる。
襟元に赤い線が入った白のブラウス。胸元にはチェックのリボンタイ。スカートは膝丈のリボンと同じ柄のものだった。
「ちょっと流石にこれは……」
鏡に映る姿にげんなりと肩を落とす。
試しにと着替えて見たものの、流石にアラサーの私には若すぎるというか浮くというか……はっきり言って痛々しい姿がそこにはあった。
そりゃ世の中には人生のやり直しだとか中卒で大学に行きたいからだとかで私より歳上になっても高校に通う人はいるって聞いたことあるわよ。でもこれは……。
「制服、着なくちゃダメなのかな。絶対」
阿蘇さんから出された借金をチャラにする条件。それは私が彼の経営する事務所にマネージャー見習いとして働く事だった。
「私が、マネージャー?」
「そ。マネージャー」
「芸能マネージャーってあれでしょ? タレント達を売り込んだりする……」
あとは仕事のスケジュールを組んだり現場までおくり届けたり? するのよね。よくわからないけど。
「このルート学園が未来のタレントや俳優といった芸能人を育てるために設立された学園だって事はさっき説明したよな」
「う、うん」
ここを卒業した生徒はこの学園を経営するルートプロダクションに所属するタレントになる。でもそれは一部の優秀な生徒だけであり、殆どは所属オーディションで振り落とされてしまうらしいけど。
「この学園は親会社であるルートプロダクションが自分のとこにレベルの高い人材を集める為だけに作ったと言ってもいい場所だ。まだ設立して間はないけど、授業内容や教師、併設された施設は他の学校や養成所と比べても最高水準の物を用意出来ていると自負してる」
個人的にはやりすぎ感半端ないっていうのが感想だけど。そう口から出そうになった言葉を飲み込む。
「けど、それなのにうちの学園からは1度もルートプロダクションに所属出来たタレントがいないんだ」
「え?」
「当学園では、年に3回事務所への所属チャンスを生徒達に与えています。実力が伴えば入学したその年に所属という事も出来る様こちらも準備をしているのですが……」
「1度もないんだよな、これが」
一人がけソファーに深くもたれながら阿蘇さんが溜息混じりに吐き出した。
「確かに半年そこらレッスンしただけの奴が使えるとは思ってないさ、僕だって。けど、うちの学園に入学してくる奴は皆が皆素人ばかりじゃない。中には他事務所で有名だった奴が何かしらの理由でこちらに移籍する為にわざわざ学園に入学して来た事もあるんだ」
「経験ある人でも受からない、って事?」
「まぁ何かしら理由があるんだと思うんだ。でもその理由が僕にはわからない」
「事務所の会長である日和さんのお父上は元々俳優をなさっている方でした。だからでしょうね、芸能人ごっこをする人が大嫌いなんです」
茶々さんのその言葉に、阿蘇さんが「おい」と彼を睨みあげる。
「僕が育てた奴らが芸能人ごっこしてるって言いたいのか?」
「失礼。そう聞こえてしまいましたか?」
さらりと返ってきた言葉に阿蘇さんは忌々しそうに舌を打った。
「まぁお前がそう言うってことはそうなんだろうな。現に僕は1度だってここの生徒を自分の手で売り出せていない。このままじゃこの学園の存続だって危うい。親父は無駄を嫌うからな……」
「えーっと、とどのつまり私は何をしたら……?」
「察しの悪いオバサンだな。今の話のながれでわからなかったのか?」
「オバサンいうな!」
「山梨さんには、明日からここの生徒として在籍して頂き未来を担うタレント発掘をお手伝いして頂きたいんです」
「はい?」
ここの生徒として? スタッフとしてじゃなく?
「うちにはマネージャーを養成する学科もある。あんたにはそこの生徒になってもらいたい」
「ちょっ、ちょっと待って。ここの生徒って、私に高校生をやれって事? 無理でしょ、私の歳知ってるでしょ」
「年齢は関係ない。うちの学園は下は赤ん坊から上は老年代の生徒まで受け入れてる。30代なんて他にもいるよ」
「流石に老年代の方は大学の方にしかいませんが。タレント候補の方もいますが殆ど経営学を学ばれに来てる方ですかね」
「だからって……それに私今まで被服の仕事だったのよ。マネージャーなんて何をしたらいいか」
「だから生徒になれって言ってるんだ。マネージャー科に入って1から業務を学べばいい。その合間をとって良さげな人材がいたら教えてくれ」
そんな、簡単にいうけど。
「お前が見つけて育てたタレントが無事親父のめがねにかなって事務所に所属したあかつきには、山梨清太郎氏の借金はチャラ。なかった事にしてやるよ」
悪い話じゃないだろ? と愛らしいのにどこか邪気の感じる笑顔を見せる阿蘇さん。
確かに悪い話には聞こえない。要はタレント候補を見つけてその子を育てあげればいいってことよね。そうすれば1億がチャラになる。反対にそんなうまい話に飛び付いていいのかって不安になるけど。
でも今だって充分不幸のどん底にいるようなもんだわ。これ以上悪くなるなんて事、ないはずだもの。
「……その話、お受けします」
やや間をあけて答えたその決断。その言葉を後悔するまで、そう遠くはなかった____。
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