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友だちだから大丈夫 〜抜いてあげる攻めvsオレもやったげたい受け〜

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 ユニフォームやらスパイクやら荷物がパンパンに詰まったバッグを引きずって、オレはどうにか自分の部屋にたどり着いた。高校の寮の、二年生は二階に上がって奥のほう。いつもの倍以上重たい気がする扉のすき間にからだをねじ込んで、そのまま背中を預けてずるずると座りこんだ。

純太じゅんたー?」
「…………」

 部屋の奥からオレの名を呼んだのは、同級生でルームメイトの凌平りょうへいだ。凌平はそのまま歩み寄って来て、返事をしないオレに「そっか」とだけ呟いて、だらりと萎れた頭を大きな手でぽんぽんと撫でてくれた。

 体力はまだ何とか残っているが、オレのメンタルのメーターが空っぽだと無言で叫んでいる。

 今日は三年の先輩たちの引退がかかった大事な試合だった。いつもだったら凌平に勝利報告のメッセージを送るけれど、今日は出来ずじまいだった。

 オレがどんな想いをしているのか、凌平は察してくれてるんだろう。どんな風に胸が痛んで、どうしたらいいのか自分でさえ理解できないのだって。励むスポーツはサッカーと野球で違うけど、凌平も同じ経験をしたばかりだから。熱いグラウンドに先輩たちと立つことはもう叶わない。青い夏の感傷はそう簡単に脱ぎ捨てられるものではないのだ。

「純太、立てるか? 風呂は?」
「あー……すげー汗かいたからシャワー浴びたいけど。動けねー……」
「ん。食欲は?」
「どっかいった」
「だよな」

 動き出すにはまだまだ時間がかかりそうなオレの前に凌平はしゃがみ、また頭を撫でてくれる。言葉はないけどそれが心地よかった。何を言われたら嬉しいのかオレが分からないように、何を言ったらいいのかきっと凌平にだって分からないんだ。今はただそれでいい。それが嬉しかった。

「純太。お疲れ様」


 あー、からだがあちこち痛い。目が覚めたオレはまず何よりも先にそう思った。一ミリでも動いたら錆びついたロボットみたいに節がギシギシと音を立てそうだ。おまけにろくに働かない頭でぼんやりと天井を見つめていると、今度は現状がよく分からなくなってきた。

「あれー……オレいつ寝たんだっけ? 覚えてないんだけど……え、こわ」

 朝を迎えていることは部屋の明るさから分かる。昨日帰ってきて、それで……? 必死に思い返していると、少しずつ映像が浮かんできた。

 昨日の試合はあとちょっとのところで負けてしまったけど、もっと時間が経てば褒めてあげられる部分もありそうな充実した試合だった気がする。それでも負けは負けだ。悔しくて、自分が腹立たしくて、身も心もボロボロになってここへ帰って来た。

 そうだ、それで凌平がお疲れと言ってくれて、動けないのか動きたくないのか自分でもよく分からない状態だったところを大浴場へ連れていってくれたのだった。おかげで遅くなってしまった夕飯も一緒に食べて――オレはろくに食べられなかったが――この部屋に戻って来て。もう寝ろ、とベッドに押し込まれたのを思い出す。

 頭を撫でられた途端、ものの一秒で気絶するように眠った気がする。同級生たちがたまに母ちゃんみたいだと茶化すほどに、凌平はなにかと面倒見がいい。それは相手がオレとなると更に拍車がかかることを自分でも自覚している。どうやら昨日もまたそんな凌平に甘えきってしまったらしい。


 その凌平はと言えば、部屋の中に姿が見当たらない。机のスペースにもいないし、隣のベッドにはきちんと畳まれたタオルケットがあるだけだ。野球部は今日も朝から活動なんだっけ。たっぷり寝たはずなのになとまだ働かない頭に半ば呆れ、あくびをひとつ零し起き上がり、そこでようやくオレはからだの異変に気がついた。

 何てことはない、単なる朝勃ちだけれど、何もこんな日にまでと自分にげんなりしてしまった。もっとこの後悔にきちんと落ちて、出来るだけ早く明日への糧にしてまたサッカーに励むのだ、と。決意の朝にしたかったのに。

 抗えない生理現象にため息をひとつ吐いて、オレはもう一度部屋の中を見渡した。ルームメイトのいる寮生活は楽しくて気に入っているが、ネックがあるとしたら唯一これだろう。いくら凌平と仲が良くたって、抜くタイミングはどうしたって難しいのだ。通常であればトイレに向かうところだが、今は幸いひとりだし早くても昼まで凌平は戻らない。


 そうと決まればとオレはパジャマの下履きとパンツを下ろす。おかずなんてものはいつも特になかった、ただ本当に処理するだけだ。壁に寄りかかり、そこをそっと握りこむ。

「ごめん、凌平」

 いつも共に笑って共に暮らしているこの部屋でするのは初めてで、オレはちいさく凌平に懺悔した。ちゃんと後で換気もしなきゃな、なんてことまで考えて手に力を込めようとした、その時。突然響いたガチャン、という音に、オレのからだは驚きのあまり飛び上がった。

「う、うわぁ!?」
「純太? どした?」
「お、おま、な、なんでか、かえ、」
「何で帰って来たって? ……ジョギング行って戻って来ただけだけど」
「は、ジョ……? は?」
「何そんな動揺し……あー……」

 凌平が毎朝ジョギングをしていることくらい、オレはちゃんと知っている。時計を見る気力すらなかったことが招いた悲劇だ。ちゃんと確認さえしていればこんな格好で鉢合わせせずに済んだのに。部活に行ったものだとばかり思いこんでしまった。

 それでもどうにか誤魔化せてれば良かったのだけれど、隠すことすら忘れてしまった股間に凌平の視線がまじまじと向けられていて。足元でぐしゃぐしゃになっていたタオルケットを手繰り寄せたところで後の祭りだ。

「もう~マジかよぉ……オレもう生きてけない」
「大げさじゃね?」
「大げさじゃねーし……すげー恥ずかしい、ムリ、なーどうやったら凌平の記憶消せんの?」
「んー、それは無理だな」
「そこをなんとか! ……って、なんでこっち来んの!?」

 両手を合わせて願ってみても、水に流してもらえそうな気配は微塵もない。言いふらすなんてことはしない奴だと分かっているが、凌平の脳みそに自分の痴態が残ることがオレは我慢ならなかった。それなのに、凌平はあろうことかオレのベッドへとやって来て目の前にしゃがみ込む。

「そんなに恥ずかしいか?」
「っ、当たり前じゃん!」
「普通のことだし男同士だし。そんな気にすることなくね?」
「そういう問題じゃねぇよぉ。いくら友達でもこんなとこ見、」
「それよりさ」
「そ、それよりって何!? てかオレ今話してたけど!?」
「してやろっか?」
「し……は? え、な、なに? なにが?」

 正直なところ、この現状にオレのそこはほぼほぼ萎えてしまった。そのはずなのに、見上げてくる凌平の目が妙に熱っぽい気がして、それに引っ張られるように再び熱を持ちそうになっている。なんでだよ、と自身にツッコミながら後ずさりしてみても、壁に挟まれていると強く実感するだけだ。

 そして極めつけのしてやろっかのひと言を、オレは噛み砕くどころか一ミリも理解が出来なかった。

「恥ずかしいの嫌なんだろ?」
「そ、そう! だから離れ、」
「じゃあ抜いてやる」
「へ……いや、いやいや、凌平くんなに言ってんの……」
「純太だけが恥ずかしいんじゃなくて、俺も共犯になるからさ。そしたら大丈夫だろ」
「全然大丈夫じゃないと思う……それにダチ同士で触るとかナシだろ!?」
「え?」
「……え?」
「男子校あるあるじゃん」
「……なにが?」
「抜き合い」

 そう言った凌平はオレのベッドに腰を下ろした。確実に近づく距離と心底不思議そうに傾げられた首が、元々起きたばかりでぼんやりしていたオレの思考を鈍らせる。

「は、初めて聞いたと思うけど……」
「あー、純太はそういうの鈍いもんな」
「お前、馬鹿にしてんだろ……」
「してないよ。褒めてる」
「ぜってー嘘」
「本当に。そういうのそっちのけで本気でサッカーしてんだもんな」
「っ、」
「純太が頑張ってるって知ってる」
「……もー、やめろよぉ」

 凌平のこういうところがいけないのだとオレは火照り始めた頭で思う。同級生の友達にこんなに甘えていいのか? と疑問に思っても、それを取っぱらってしまうのはいつだって凌平の優しさだった。

 すり減ってぼこぼこに凹んだ心に手を当てられて、これまでの日々を称えて柔らかくされて。凌平だからいいのかな、なんて、弛んだ思考は有り得ない答えを導いてしまう。

「他人の手って気持ちいいぞ」
「……凌平もしてんの?」
「なにが?」
「その……抜き合、あっ」

 タオルケットを奪われたその先に、またすっかり元気になってしまったそこが見えた。咄嗟に足を閉じようとしたけど凌平に抑えられてしまう。けれどその手に強引な力は微塵もない。最後の決定権を委ねられているのだ。

 だめだ、だめだ、分かっているのに。その優しい手にもう全部預けてしまいたくなる。

「どうする、純太」
「っ、ほ、ほんとに……」
「ん?」
「ほんとに、ダチでそういうの、変じゃねえ?」
「ん、変じゃない。ただ抜くだけだし」
「あ……」

 凌平の指先が先端に近づいて、ギリギリのところでピタリと止まる。少しでもまた凌平が動けば、少しでもオレが震えれば当たってしまう。もどかしさは興奮の材料になるばかりで、からだは更に熱を帯びる。

 ――ああ、もう。
 誘惑に負けるのに時間はもう必要なかった。

「凌平……さ、触って」
「了解」


         ✧︎


「ひっ」
「気持ち悪いか?」

 ちょん、と指先で突かれたかと思うとすぐに凌平の大きな手がオレのそこに絡みついた。つい震えた喉が零した音に、凌平は気遣わしげにそう尋ねてくる。

 気持ち悪いほうがよかったのかもしれない、とオレは思う。握りこまれた、それだけなのに。驚くほど気持ちがよくて参っている。

「な、んだこれ……すげーきもちい……」
「ほんとか?」
「うん……凌平の手、オレよりでかいし熱いな」
「っ……じゃあ続けるぞ」

 いつの間にかオレはベッドに横たえられていて、腰かけただけの凌平が器用に手を動かし始める。凌平が言った通り、人の手に触れられるのは自分で処理するのとは天と地ほどの差があった。浅い呼吸を繰り返しながら、凌平こそ嫌じゃないのだろうかと心配になる。視線を上げると、けれど視界は凌平のもう片手に塞がれてしまった。

「純太、こっち見んな」
「え、なんで」
「なんでって……男にされてると思ったら萎えねぇ? 何か妄想でもしてろ」
「妄想、って……そんなの、ねえもん」
「は? 自分で抜く時はどうしてんの?」
「どうって、なにが」
「好きな奴のこととか、えろいこととか考えたりすんだろ、普通」
「好きな奴、いねえ、し、えろいの、見たことねえ、し」
「…………」

 ジョギングをしたばかりだからかやけに熱い凌平の手にどうにも感じ入ってしまうのに。視界が真っ暗でオレはぎゅう、と心臓が狭くなるような寂しさを覚える。その間も凌平の手は的確に快感を与えてきて、先走りのせいで次第にぐちゅぐちゅと音がし始める。

「じゃあ誰でもいいからさ、想像してみ」
「は、なにを?」
「誰かにこうやって触られてるとこ。好きなアイドルとか……もいなかったか。まあとりあえず、俺じゃない誰かだな」
「なんでだよ、りょ……あ、んぁっ!」
「ここが良いみたいだな」

 ゆるゆると扱いていた手が膨らんだ下までおりて、そこを撫でてまた上がってくる。みっともない声が恥ずかしいのに止められない。いつも頭を撫でてくれて頼りがいのあるあの手が、今はオレの体液に濡れてこんなところをいやらしく触っている。他の誰かを想像しろと言われたって、オレの頭は凌平でいっぱいだった。

「な、りょーへ、も、やばい」
「…………」
「凌平? あ、ん、はぁっ、なんか言えよぉ!」

 それなのに凌平はぱったりと何も喋らなくなる。視界を失った今頼りだった声まで聞こえなくなると、寂しさは一気に膨らんでしまう。

「も、凌平!」
「あっ」
「へ……、な、なに、その顔」
「……こっち見んなっつったろ」
「だ、って!」

 目元を覆っていた手を強引に避けると、そこには眉間をくしゅっと寄せた凌平の顔があった。目元が薄らと赤くて、ふうふうと短い息を繰り返していて。触られているのは確かにオレなのに、凌平まで気持ちがいいかのような、そんな顔だ。

 寂しさではち切れそうだったオレの胸は、凌平の表情に何故かきゅんきゅんと甘く疼き始める。避けた手をそのまま引き寄せ、ぐずぐずに乱れた声を零す自分の口に押し当てた。そしてもう片手を、まさかと思いながら凌平の股間に伸ばす。

「おい、純太」
「りょうへ、も、勃ってんじゃん」
「っ、ばっか、手どけろ……」
「や、だ、共犯になるって、りょーへいが、言った!」
「純太……」
「凌平も一緒に、がいい……な? たのむ。も、オレ、出そう」
「――……っ!」

 掴んでいた凌平の手に今度は縋るようにかじりつく。甘噛みをしながら、すぐそこに迫っている吐精の予感と凌平も共にとの願いで視界は潤み出す。考え込んでいた凌平がそんなオレを見て意を決したように身を乗り出したが、凌平のきつく張ったそこに触れていた手は取り払われてしまった。

「俺はいいから」
「な、んでだよぉ!」
「ほら、こことか良くね?」
「あっ、んぁっ、や、ば、凌平、りょーへい!」
「ん、気持ちいいな?」
「うん、うん、すげ、きもち、いっ」

 はぐらかされるのが悔しくて、ちゃんと抗いたいのに。扱いていた手が今度は先端を包むようにあてがわれるから、いよいよ抵抗が叶わなくなった。この突き抜けるような快楽に身を委ねて、早く放ってしまいたい。次第に腰が揺れ始めて、その光景に羞恥に苛まれる。

「も、むり、イ、きそ」
「ん、いいぞ」
「凌平、あ、りょーへい、こっち来て」
「あ、おい、純太っ」

 それでもやっぱり、触らせてはもらえなくてももっとそばに近づきたかった。オレは必死に背を浮かせて凌平にしがみつく。今の今まで凌平の手を食んでいたから口寂しくて、今度は凌平の首にくちびるを押し当てた。漏れ出る声が熱く湿った肌に染み込んでいく、それだけで脳みそがとろけるようだ。

「りょーへい、りょーへい、」
「っ、くそっ!」
「っ、あ! あ、イ――……っ!」

 悪態をついた凌平が、やけくそとでも言うように片手でオレの背中を抱きしめる。その瞬間、オレはぶるぶると大きく震えた。みっともなく腰が揺れ、熱い液体が放たれているのがぼんやりとした頭でもよく分かった。どろりとしたオレの精液があの凌平の手に――見る勇気はなくて、でも想像してしまったそれに喉からはまた甘く崩れた声が漏れ出る。

「は、はぁ、凌平、オレ、オレ……」
「ん……大丈夫か?」
「大丈夫、じゃない、かも……は、ぁ、すげーこと、しちゃってんじゃん」

 顔を上げられないまま凌平にしがみついていると、高い体温が溶け込んでくる。考えなければならないことがあるのに、昨日の疲れも相まってこのまま意識を手放したくなってきた。

「りょーへい、どーしよ、オレ、眠くなってきた……」
「ん、後は平気だから寝ろ。まだ疲れてんだろ」
「でも……」
「大丈夫だから。な? 今日は部活も休みだろ?」

 そうじゃない、オレが気がかりなのは自分のことじゃなくて凌平のことだ。熱いからだと途切れたままの凌平の吐息がなにを意味しているか分かっている。同じことをしてやりたいのに。さっき自分はいいと流されてしまった事実と、吐精したことで気だるいからだに引っ張られてしまう。それでも、と思っても、あの優しい手が今度は頭を撫でてくるのだからどうしようもない。

「凌平……」
「ん?」
「オレも、おまえに、やさしくしたい」
「……ふ、いつもしてもらってるよ」
「そうじゃねー……」
「もういいから。早く寝ろ、な?」
「あー……ほんと、ごめん、マジおちそ……」
「ああ。おやすみ」


 起きたら今度こそ、と薄れてゆく意識の中で念じながら、促されるまま重たい瞼を閉じる。面白いくらい一瞬で眠りに落ちたから、オレは知る由もない。

 くちびるに傷がつきそうなほど歯を立てた凌平が、オレに額を擦り寄せたこと。それからトイレに駆け込んで、痛いほど猛ったそこを扱いてたっぷり募った欲情を流したこと。その時に何度も何度もオレの名を囁いていたことも。


 友達だから大丈夫、だなんて。魔法のようで悪魔のような囁きが、夢の中でもオレの頭をぐるぐると回った。
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