おれより先に死んでください

星寝むぎ

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恋人カッコカリ

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 駅に到着し、朝陽の背中から下りる。電車に乗り、アパートの最寄り駅で降りて並んで歩く。限られた時間を有意義に使いたいのに、なかなか言葉が出てこないまま恭生の住むアパートに到着してしまった。

「酔い醒めた?」
「え? あー……」

 立ち止まった朝陽が問いかけてくる。そうだ、いつも――とは言えこのアパートに送ってもらうのはこれで三度目だが――朝陽はアパートに寄ることもなく、ここで帰ってしまう。

 今回の恋人との別れはどうにも堪えたようで、もうくり返したくないと思った。恋愛はもうこりごり。そんなことまで考えた夜だからか、まだひとりになりたくない。ひとりでなくなる相手が朝陽なら、どんなにいいだろう。

「うん、醒めた、と思う」
「よかった。じゃあ俺はこれで……」
「でも。でもまだ、元気じゃないかも」
「え?」
「慰めてあげる、って、朝陽言ってくれたよな」
「……うん」
「じゃあさ、うちに寄っていかない?」
「…………」

 逃げるように目を逸らされるのが胸に痛い。
 そうだよな、迷惑だよな。
 乾いた笑い声が、口元を隠した拳にぶつかる。

「って、はは、困るよな。遅くなっちゃうし。ごめん、やっぱ今のな……」
「うん、寄ってく」

 だが朝陽はそう言って、恭生の言葉を遮った。

「へ……マ、マジで!?」
「まだ元気じゃないんだろ。それに、恭兄が誘ったんじゃん」
「そうだけど……断られると思ったから。はは、すげー嬉しい。じゃあ、行こ」
「……ん」

 まさか、頷いてもらえるとは思っていなかった。じんわりと体温が上がるのを感じながら、部屋の中へと朝陽を招く。


 恭生が暮らすのは、専門学校への入学を機に借り始めたアパートで、就職してからも住み続けている。四階建て、三階のワンルーム。決して広くはないが、ひとりで住むのになんら問題はなく、気に入っている。

 もっといいところに住んでほしい、と元カノに言われたこともあったけれど。

「適当に座ってて。あ、コーラあるけど飲む?」
「あ……うん、飲みたい」
「了解」

 ふたつのグラスにコーラを注いで、ローテーブルへと運ぶ。

 朝陽とふたりでコーラを飲むなんて、いつぶりだろうか。懐かしさについ顔が緩む。ジャンクなお菓子やジュースは親から禁止されていた朝陽との、秘密のおやつの定番だったからだ。

 恭生の両親は、かわいい子には旅をさせよ、がモットー。あの頃は自由を謳歌していたが、もっと愛情を感じたい欲求があったように今となっては思う。

 打って変わって、朝陽の両親は息子を大切に思うあまり、言ってしまえば過保護なタイプだった。

 対照的な両親を持つふたりは、不思議と相性がよかった。自分がそうされたい欲求を満たすかのように幼なじみを構いたがった恭生と、愛され上手の朝陽。ひとりっ子同士だったのも、お互いを兄弟のように慕うようになった要因かもしれない。


 今も神奈川の実家から都内の大学に通う朝陽は、ひとり暮らしの部屋が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見渡している。

 本棚にはファッション誌やヘアカタログがたくさん詰まっていて、壁には海外アーティストなどのポスターが数枚。キッチンにはそれなりに調理道具が揃っていて、窓際でパクチーを育てている。
 恭生は小さい頃から、物が多いタイプだった。

「あ……これ」
「ん? あー、それな」

 背後にあるベッドを振り返った朝陽は、ヘッドボードに置いてあるぬいぐるみを手に取った。ちいさい子が胸に抱けるほどのサイズのそれは、小さい頃から持っている柴犬のものだ。ずいぶんくたびれているけれど、実家を出る時、置いてはいけなかった。

「朝陽は覚えてないかもしれないけど、うちのじいちゃんが買ってきたヤツでさ。朝陽くんにも、って言ってふたつ。でも同じもぬいぐるみじゃなくて。そしたら朝陽が――」

 祖父が買ってきたものは柴犬と、もうひとつはうさぎのぬいぐるみだった。なんだお揃いじゃないのか、とがっかりしたのを覚えている。

 だが、朝陽は違った。

『恭生の名字、兎野の“兎”は、うさぎって意味なんだ。朝陽くんの柴田の“柴”は、柴犬の柴だからな。どうだ? ふたりにぴったりだろ?』

 得意げな祖父に、恭生はダジャレじゃんと思ったものだけれど。朝陽は瞳をキラキラと輝かせ、こう言ったのだ。

『あさひ、こっちがいい。きょうおにいちゃんの、うさぎさん!』

 そう来たかと祖父は笑っていたが、朝陽の言葉が恭生にとってどれだけ嬉しいものだったか。なんの変哲もないぬいぐるみを、がっかりすらしたそれを、朝陽は一瞬にして宝物へと変えてしまったのだ。朝陽がうさぎを抱きしめていることも、自分の手元に柴犬がやってきたことも、とびきりになった瞬間だった。
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