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恋人カッコカリ
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会計を済ませ外に出る。自覚している以上に酔っているのか、その数歩でまたよろめいてしまった。今度は腰を支えてくれた朝陽が、呆れたようにため息をつく。
「おぶろうか?」
「はは、大丈夫。歩けるよ」
「人にぶつかっても困るんだけど」
「う……それはそうだな」
朝陽は健気で、いつだって素直に恭生の後ろをついてくるような子だった。だが、こうなったら譲らないところがある。幼い頃、恭生が怪我でもすれば自分が手当てをするのだと泣いて、絆創膏を貼ってくれていたのを思い出す。
「じゃあ、お願いします」
「うん。じゃあ、俺のリュック代わりに背負ってて」
「わかった」
頷けばすぐに、目の前に屈む朝陽。手渡されたリュックはずっしりと重く、ゴツゴツと膨らんでいる。大学のテキストと、あとはなにが入っているのだろうか。なんだとしたって朝陽の大事なものだからと、慎重に背負う。
この歳でおんぶされるなんて、と躊躇いは否めない。だがおぶられてしまえば、無性に甘えたくなった。朝陽の首に手を回し、くったりともたれる。
「朝陽ー、重くないか?」
「こんくらい平気」
「そっか。今日はありがとうな、来てくれて」
「まあ。約束だし」
「朝陽は優しいな」
「……別に」
「……オレのこと、嫌いなのにな」
「ん? なに? 聞こえなかった」
最後のひと言は聞かれたくなくて、わざと朝陽のパーカーに顔を埋めてつぶやいた。
きちんと届いたら、更に嫌気がさしてしまうかもしれない。こんな日にも会ってくれなくなったら、いよいよ心が壊れてしまうから。
「ううん、なんでもないよ」
はぐらかして、回した腕にぎゅっと力をこめる。
――恭兄が振られたら、俺が慰めてあげる。
そう言われたのは、恭生が高校二年生、朝陽が中学一年生の夏のことだ。
初めての恋人に「俺、やっぱり間違ってたかも」なんて言い草で振られ、泣きながら帰った雨の夕方。家が隣同士の朝陽と、運悪くも鉢合わせてしまったのだ。朝陽との間に気まずい思いをするのは、それで二度目だった。
――一度目は、その二ヶ月ほど前。初めての恋が叶って、友人が恋人になった。自由奔放に生きてきたからか、男との恋愛に後ろめたさも躊躇いもなかった。だから浮かれていたのだろう。人目を気にすることもなく、実家の玄関先でキスをした。その瞬間を、ちょうど帰宅した朝陽に見られてしまったのだ。目を見開いた朝陽の、青ざめた顔は今も忘れられない。
それからずっと避けられた。朝陽とひと言も交わさない日が続くのは、生まれて初めてのことだった――
久しぶりに顔を合わせるのが、みっともなく泣いている時だなんて。家の中に逃げこもうとした恭生に、けれど朝陽は鬼気迫る勢いで近づいてきた。大股で目の前までやって来て、無言で恭生の手を取り、朝陽の自宅内へと引っ張られ。何事かと思えば、二階の朝陽の自室へとまっすぐに向かい、濡れた髪をタオルでガシガシと拭かれた。
あの頃の朝陽は、まだ恭生より背が低かった。それでも一生懸命に伸ばされた手。久しぶりに向かい合った幼なじみの必死な表情に、恭生はいよいよ心を保っていられなかった。泣き顔を見られたくなかったはずなのに。しゃくりあげるように泣き、振られてしまったのだと打ち明けた。
朝陽が自分を避けるようになったのは、十中八九、キスの相手が男だったからだろう。気持ち悪かったに違いない。だから恋人の話をするべきではないのに、不快にさせると分かっているのに。ぐちゃぐちゃに傷ついた胸の内を、朝陽に知ってほしくなった。
すると黙って聞いていた朝陽が、その後に言ったのだ、
――もしまた振られたら、慰めてあげる。
と。
強く、まっすぐな瞳で。
その瞬間、恋人との別れを一瞬忘れるほど高揚したのをよく覚えている。
嫌われたと思ったのに、朝陽が気にかけてくれている。自分を見捨てないでいてくれる。真剣な顔で絆創膏を貼ってくれた、幼い頃のように。
結局、朝陽との関係が元に戻ったわけではないことに、すぐに気づいた。男と付き合っていた自分のことを、やはり受け入れられなかったのだろう。それ以降も避けられることに変わりはなかった。自分のせいだ。
それでも振られた時は、傷ついた時だけは。朝陽は会ってくれる、そばにいてくれる。実際、振られたと報告すると朝陽は優しかった。高校生の時は朝陽の部屋で一緒にゲームをしたし、ひとり暮らしを始めてからはアパートまで送ってくれた。
それは恭生にとって、大きな心の支えだった。振られたなんてどうでもよくなるほど、大切な時間だった。
「おぶろうか?」
「はは、大丈夫。歩けるよ」
「人にぶつかっても困るんだけど」
「う……それはそうだな」
朝陽は健気で、いつだって素直に恭生の後ろをついてくるような子だった。だが、こうなったら譲らないところがある。幼い頃、恭生が怪我でもすれば自分が手当てをするのだと泣いて、絆創膏を貼ってくれていたのを思い出す。
「じゃあ、お願いします」
「うん。じゃあ、俺のリュック代わりに背負ってて」
「わかった」
頷けばすぐに、目の前に屈む朝陽。手渡されたリュックはずっしりと重く、ゴツゴツと膨らんでいる。大学のテキストと、あとはなにが入っているのだろうか。なんだとしたって朝陽の大事なものだからと、慎重に背負う。
この歳でおんぶされるなんて、と躊躇いは否めない。だがおぶられてしまえば、無性に甘えたくなった。朝陽の首に手を回し、くったりともたれる。
「朝陽ー、重くないか?」
「こんくらい平気」
「そっか。今日はありがとうな、来てくれて」
「まあ。約束だし」
「朝陽は優しいな」
「……別に」
「……オレのこと、嫌いなのにな」
「ん? なに? 聞こえなかった」
最後のひと言は聞かれたくなくて、わざと朝陽のパーカーに顔を埋めてつぶやいた。
きちんと届いたら、更に嫌気がさしてしまうかもしれない。こんな日にも会ってくれなくなったら、いよいよ心が壊れてしまうから。
「ううん、なんでもないよ」
はぐらかして、回した腕にぎゅっと力をこめる。
――恭兄が振られたら、俺が慰めてあげる。
そう言われたのは、恭生が高校二年生、朝陽が中学一年生の夏のことだ。
初めての恋人に「俺、やっぱり間違ってたかも」なんて言い草で振られ、泣きながら帰った雨の夕方。家が隣同士の朝陽と、運悪くも鉢合わせてしまったのだ。朝陽との間に気まずい思いをするのは、それで二度目だった。
――一度目は、その二ヶ月ほど前。初めての恋が叶って、友人が恋人になった。自由奔放に生きてきたからか、男との恋愛に後ろめたさも躊躇いもなかった。だから浮かれていたのだろう。人目を気にすることもなく、実家の玄関先でキスをした。その瞬間を、ちょうど帰宅した朝陽に見られてしまったのだ。目を見開いた朝陽の、青ざめた顔は今も忘れられない。
それからずっと避けられた。朝陽とひと言も交わさない日が続くのは、生まれて初めてのことだった――
久しぶりに顔を合わせるのが、みっともなく泣いている時だなんて。家の中に逃げこもうとした恭生に、けれど朝陽は鬼気迫る勢いで近づいてきた。大股で目の前までやって来て、無言で恭生の手を取り、朝陽の自宅内へと引っ張られ。何事かと思えば、二階の朝陽の自室へとまっすぐに向かい、濡れた髪をタオルでガシガシと拭かれた。
あの頃の朝陽は、まだ恭生より背が低かった。それでも一生懸命に伸ばされた手。久しぶりに向かい合った幼なじみの必死な表情に、恭生はいよいよ心を保っていられなかった。泣き顔を見られたくなかったはずなのに。しゃくりあげるように泣き、振られてしまったのだと打ち明けた。
朝陽が自分を避けるようになったのは、十中八九、キスの相手が男だったからだろう。気持ち悪かったに違いない。だから恋人の話をするべきではないのに、不快にさせると分かっているのに。ぐちゃぐちゃに傷ついた胸の内を、朝陽に知ってほしくなった。
すると黙って聞いていた朝陽が、その後に言ったのだ、
――もしまた振られたら、慰めてあげる。
と。
強く、まっすぐな瞳で。
その瞬間、恋人との別れを一瞬忘れるほど高揚したのをよく覚えている。
嫌われたと思ったのに、朝陽が気にかけてくれている。自分を見捨てないでいてくれる。真剣な顔で絆創膏を貼ってくれた、幼い頃のように。
結局、朝陽との関係が元に戻ったわけではないことに、すぐに気づいた。男と付き合っていた自分のことを、やはり受け入れられなかったのだろう。それ以降も避けられることに変わりはなかった。自分のせいだ。
それでも振られた時は、傷ついた時だけは。朝陽は会ってくれる、そばにいてくれる。実際、振られたと報告すると朝陽は優しかった。高校生の時は朝陽の部屋で一緒にゲームをしたし、ひとり暮らしを始めてからはアパートまで送ってくれた。
それは恭生にとって、大きな心の支えだった。振られたなんてどうでもよくなるほど、大切な時間だった。
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