おれより先に死んでください

星寝むぎ

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ひとりの男

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 以前と同じ位置、ベッドの前にふたりで腰を下ろす。一センチ離れれば、一センチ詰めてくる。体の右側の神経が敏感になる。それを誤魔化すために、恭生は気になっていたことを尋ねる。

「あのさ、一個聞いていい?」
「うん、なに?」
「さっき会った子、の家にさ。泊まったことあんの?」
「え? ない、1回もない。終電逃したことはあるんだけど、その時はネカフェに泊まったし」
「ほんとに?」
「うん。誓ってほんと」
「そっか。じゃあ、さっきはなんで泊まろうとしたんだ?」
「それは……」

 言い淀んだ朝陽の目が泳ぐ。しばらく悩む様子を見せた後、その手をリュックへと伸ばした。

「俺、大学は経済学部なんだけどさ」
「うん、知ってる」
「他に、やってみたいことがあって」
「え。そうなのか?」
「うん。これ」

 おずおずといった様子で取り出されたのは、カメラだった。手のひらに収まるコンパクトなものではなく、黒くて重厚な、プロのカメラマンも使っているだろうものだ。持ってみるとずっしりとしている。

「すげー。本格的なやつだ」
「うん。バイトして貯めて買った」

 朝陽におんぶされた時、代わりに背負ったリュックがやけに重かったのを思い出す。ゴツゴツと膨らんでいたし、テキストにしてはあまりにも、と思ったっけ。

「なあ、朝陽が撮った写真見たい。見られる?」
「うん。こっちが見やすいから。はい」
「ありがとう」

 タブレット端末を手渡されると、そこには夜景が映し出されていた。東京タワーや街中、人物の影が手前にあり、ネオンが淡く滲む写真。

 数々の写真に見入り、恭生はスワイプする指が止まらない。全てを見るには相当な時間を要しそうだ。膨大な写真の数は、朝陽の想いと比例しているように感じられる。

「朝陽、真剣にやってるんだな。全然知らなかった」
「うちの親さ、俺のことすごく大事にしてくれてる、って昔から感じてて。大学も勧められるままに選んで、学費も出してもらってて。それで今更、他にやってみたいことができた、なんてさ。悪いなって思うし、趣味でいいじゃんって言われたら俺、多分言い返せない。胸張ってやれてないと思うと、恭兄にも言えなかった」

 大学を決める際のことは初めて聞いたが、朝陽の両親ならそうするだろうと想像に難くない。本人の意見を尊重し自由にさせる恭生の両親とはまた別のベクトルで、息子を愛している人たちだ。朝陽の将来を思って、苦労しないようにと経済学部という道を提示したのだろう。

 その愛情に包まれて育ってきた朝陽は、それを素直に受け入れた。ただ、心が求めるものが違ってきただけだ。

「悪くなんかないよ」
「そう、かな」
「だって、朝陽がやりたいことなんだろ」
「うん。でも、今の学歴で目指せる就職先より、安定にはほど遠いし。食っていけるかも分からない」
「朝陽がその真剣な気持ちちゃんと伝えられたら、おばさんたちもきっと分かってくれると思う。オレ、写真とか全然詳しくないけどさ。すげーいいと思ったよ、朝陽の写真」
「恭兄……」

 鼓舞したい一心で、先ほどまでの照れくささだとかはどこかへ飛んでいく。朝陽のほうへ体ごと向き直り、自分より高い場所にある頭へと手を伸ばす。くしゃくしゃと撫でると、少しくちびるを噛んだ朝陽が微笑んだ。

「カメラに興味持ったの、実は大分前なんだよね」
「そうなのか?」
「うん。恭兄がきっかけだよ」
「え?」
「ちいさい頃、恭兄の写真撮ったことあるの、覚えてる?」
「んー、あったっけ」
「あったよ。その時、恭兄がすごく褒めてくれてさ。朝陽、上手だな! って。それがすごく嬉しかった」
「え……え、それだけ?」
「うん。最初はスマホで撮ってれば満足だったけど。どうしてもちゃんとしたので撮ってみたくて、始めたら奥深くて。どんどん好きになった」
「マジか……」
「うん、すごく楽しい。恭兄のおかげ」

 朝陽の人生を、知らずのうちに左右していたようだ。責任を強く感じもしたが、楽しいと笑う朝陽の瞳が強い光を放っている。恭兄のおかげ、と朝陽は言うが、その夢が朝陽自身にしっかり根づいているのが感じられるまばゆさだ。

 そんなの、応援する以外に選択肢がない。再びタブレットを一枚分スワイプして、そこではたと思い至る。

「ん? そう言えば、カメラの話とさっきの子はどう繋がるんだ?」
「あ、そうだった。ちょっと前に、カメラ持ってるとこ見られちゃってさ。そしたら、お兄さんがプロのカメラマンだからいつか紹介してあげる、って言われて」
「へえ。あ、さっき兄ちゃんが帰ってくるとかどうとか言ってたな?」
「うん。それでつい、テンション上がっちゃって……乗りかけた」
「待った、じゃあオレ、朝陽の邪魔したんじゃん。うわ、最悪」

 なにも知らなかったとは言え、嫉妬にかられ朝陽のチャンスを奪ってしまった。朝陽の夢は、絶対の絶対に自分がいちばん応援していたいのに。応援どころか、妨害してしまっただなんて。

 血の気が引く感覚に頭を抱える。だが、項垂れる肩を朝陽の両手にしっかりと掴まれる。

「それは違う」
「違わねえだろ」
「だってさ、プロの人に紹介してもらえるって、貴重なチャンスじゃん」
「だよな。だから……」
「それなのにお酒飲んだ状態で、妹に連れられて泊まりに来て……とか、不誠実すぎて怪しまれると思う。俺はちゃんとしたい。だからあの時、恭兄に止めてもらってよかった。そうじゃなきゃ気づけなかったのは情けないけどさ」
「……そう、かな」
「うん、絶対そう。だからありがとう、恭兄」
「……ん。朝陽がそう言うんなら」

 ほっとしたら体から力が抜け、恭生はベッドに頭を預けた。すると朝陽もそれを真似る。目が合うと、どちらからともなく笑みがこぼれた。
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