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ドーナツとらくがき
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ペンギンくんの言葉通りいつまでもここでゆっくりしていたいけど、そうも言ってはいられない。ドーナツの最後のひとくちを食べ、コーヒーを飲み終える。ごちそうさまでしたと手を合わせ、トレイを持って立ち上がる。返却口へ向かいかけ、だがふと足が止まった。
このカップを捨ててしまうのが、どうしても惜しい。だって、初めてのセリフつきだ。いつも通り写真も撮ったけれど。しばらくカップのペンギンくんと見つめ合い、ひらめく。持って帰りたい。本当は今までだって、桃真がペンギンくんを描いてくれたカップを捨てるのは断腸の思いだった。それでも、紙製だからと諦めてきた。けれど今日は、アイス用のプラスチック製だ。綺麗に洗えば、飾っておける。名案だ。
「ドーナツどうでしたか?」
考えこんでいたオレは、桃真の声に弾かれるように顔を上げた。そばにいたなんて、全く気づかなかった。どうやらテーブルを拭いて周っていたらしい。
「あの、すごく美味しかったです。おすすめしてもらえて良かったです、また食べます」
「本当ですか、よかったです。あ、トレイお預かりします」
「あ……あのっ、待ってください!」
「…………? はい」
桃真の手にトレイが渡ってしまい、慌てて引き止める。このままだと捨てられてしまう。でも、持って帰りたいだなんて言ったら変なヤツだと思われるだろうか。全部飲まなければよかったと今になって思う。そうすれば自然と持ち出せたのに。
「お客様? どうかされましたか?」
「あの……」
気持ち悪いなんて思われたら立ち直れない。それでも、どうしても諦められない。
「はい」
「それ、持って帰ってもいいですか?」
「え……このカップですか?」
勇気を振り絞って、視線を逸らしつつカップを指差す。桃真が不思議そうに首を傾げるのが、視界の端に映った。
「……はい。その、ペンギンくんが……」
気まずくなってもうここには来られない、なんてことには絶対になりたくない。どうにかしなければ。上手い言い訳が見つからない。でもカップだって諦めたくない。
言葉の続かないオレに、けれど桃真がそっとほほ笑んだ。
「これ、洗ってくるんでちょっと待っててくださいね」
「……え?」
「すぐですから」
呆気に取られていると、桃真は颯爽とカウンターの向こうへと行ってしまった。そして言葉の通り、すぐに戻ってくる。
「お待たせしました。どうぞ」
本当に綺麗に洗ってあって、テイクアウト用の紙袋まで用意してくれたようだ。なにからなにまで至れり尽くせりで、受け取るのに躊躇してしまう。
「わざわざすみません、袋までもらって……いいんですか?」
「もちろんです。そのまま手に持って帰るのも邪魔になるでしょうし」
「っ、邪魔なんかじゃないです!」
「へ……」
「あ……」
つい大声が出てしまった。やってしまった、と手を口に当てると、桃真の目がやわらかな弧を描いた。
「はは! 本当に好きなんですね、ペンギンくん。俺が描いた下手な絵なのに」
桃真の笑顔がとてもまぶしい。推しの笑顔をこんなに間近で浴びてしまって、心臓が早鐘を打ち始める。
「いえ、あの、店員さんが描いてくれるのが、嬉しいので」
「そうですか?」
「はい、いつもありがとうございます」
ペンギンくんはもちろん好きだ。けれど桃真が描いてくれたからこその価値、というものがある。それはとびきりの、どれだけお金を積まれたって譲れないくらいのものだ。
そう力説したくなるが、客に推されているなんて知ったら、それこそ本当に気味悪がられるに違いない。ぐっと堪える。
「それじゃあオレ、帰ります」
「またお待ちしてます」
桃真が声をかけてくれるので、出口へと歩きながら振り返って返事をする。
「また来ます」
「はい」
「えっと、これ、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「…………」
途切れなくてくすぐったい会話を、自分から止めるしかないのが辛い。それでもどうにか最後に会釈をし、外へと出た。紙袋を胸に抱き、最後にもうひと目だけ桃真を見たいと振り返る。するとまだこちらを見ていたようで、ガラス越しに目が合ってしまった。クラスメイトとしての自分だったら手を振るけれど、今は桃真にとってただの客で。どうしたものかと固まっていると、桃真のほうから手を振ってくれた。
「うわあ……」
思わず声が出つつもそっと振り返すと、桃真の笑みがぐっと深くなるのが見えた。
早鐘を打ち続けていたからか、いよいよ胸がきゅうと鳴きはじめる。痛いような、甘いような、熱いような。この感覚をずっと覚えていたいな、なんて思ってしまう。
ショップに入店してすぐの時は、桃真の表情に不安を覚えたけれど。来てよかった。躊躇なんてしていないで、またすぐに来ようと思う。
胸に居座る甘さにひたりながら歩きだし、オレは空に向かって大きくゆっくりと息を吐いた。
このカップを捨ててしまうのが、どうしても惜しい。だって、初めてのセリフつきだ。いつも通り写真も撮ったけれど。しばらくカップのペンギンくんと見つめ合い、ひらめく。持って帰りたい。本当は今までだって、桃真がペンギンくんを描いてくれたカップを捨てるのは断腸の思いだった。それでも、紙製だからと諦めてきた。けれど今日は、アイス用のプラスチック製だ。綺麗に洗えば、飾っておける。名案だ。
「ドーナツどうでしたか?」
考えこんでいたオレは、桃真の声に弾かれるように顔を上げた。そばにいたなんて、全く気づかなかった。どうやらテーブルを拭いて周っていたらしい。
「あの、すごく美味しかったです。おすすめしてもらえて良かったです、また食べます」
「本当ですか、よかったです。あ、トレイお預かりします」
「あ……あのっ、待ってください!」
「…………? はい」
桃真の手にトレイが渡ってしまい、慌てて引き止める。このままだと捨てられてしまう。でも、持って帰りたいだなんて言ったら変なヤツだと思われるだろうか。全部飲まなければよかったと今になって思う。そうすれば自然と持ち出せたのに。
「お客様? どうかされましたか?」
「あの……」
気持ち悪いなんて思われたら立ち直れない。それでも、どうしても諦められない。
「はい」
「それ、持って帰ってもいいですか?」
「え……このカップですか?」
勇気を振り絞って、視線を逸らしつつカップを指差す。桃真が不思議そうに首を傾げるのが、視界の端に映った。
「……はい。その、ペンギンくんが……」
気まずくなってもうここには来られない、なんてことには絶対になりたくない。どうにかしなければ。上手い言い訳が見つからない。でもカップだって諦めたくない。
言葉の続かないオレに、けれど桃真がそっとほほ笑んだ。
「これ、洗ってくるんでちょっと待っててくださいね」
「……え?」
「すぐですから」
呆気に取られていると、桃真は颯爽とカウンターの向こうへと行ってしまった。そして言葉の通り、すぐに戻ってくる。
「お待たせしました。どうぞ」
本当に綺麗に洗ってあって、テイクアウト用の紙袋まで用意してくれたようだ。なにからなにまで至れり尽くせりで、受け取るのに躊躇してしまう。
「わざわざすみません、袋までもらって……いいんですか?」
「もちろんです。そのまま手に持って帰るのも邪魔になるでしょうし」
「っ、邪魔なんかじゃないです!」
「へ……」
「あ……」
つい大声が出てしまった。やってしまった、と手を口に当てると、桃真の目がやわらかな弧を描いた。
「はは! 本当に好きなんですね、ペンギンくん。俺が描いた下手な絵なのに」
桃真の笑顔がとてもまぶしい。推しの笑顔をこんなに間近で浴びてしまって、心臓が早鐘を打ち始める。
「いえ、あの、店員さんが描いてくれるのが、嬉しいので」
「そうですか?」
「はい、いつもありがとうございます」
ペンギンくんはもちろん好きだ。けれど桃真が描いてくれたからこその価値、というものがある。それはとびきりの、どれだけお金を積まれたって譲れないくらいのものだ。
そう力説したくなるが、客に推されているなんて知ったら、それこそ本当に気味悪がられるに違いない。ぐっと堪える。
「それじゃあオレ、帰ります」
「またお待ちしてます」
桃真が声をかけてくれるので、出口へと歩きながら振り返って返事をする。
「また来ます」
「はい」
「えっと、これ、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「…………」
途切れなくてくすぐったい会話を、自分から止めるしかないのが辛い。それでもどうにか最後に会釈をし、外へと出た。紙袋を胸に抱き、最後にもうひと目だけ桃真を見たいと振り返る。するとまだこちらを見ていたようで、ガラス越しに目が合ってしまった。クラスメイトとしての自分だったら手を振るけれど、今は桃真にとってただの客で。どうしたものかと固まっていると、桃真のほうから手を振ってくれた。
「うわあ……」
思わず声が出つつもそっと振り返すと、桃真の笑みがぐっと深くなるのが見えた。
早鐘を打ち続けていたからか、いよいよ胸がきゅうと鳴きはじめる。痛いような、甘いような、熱いような。この感覚をずっと覚えていたいな、なんて思ってしまう。
ショップに入店してすぐの時は、桃真の表情に不安を覚えたけれど。来てよかった。躊躇なんてしていないで、またすぐに来ようと思う。
胸に居座る甘さにひたりながら歩きだし、オレは空に向かって大きくゆっくりと息を吐いた。
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