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ブルージーも唄えない
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「モモ、話があるんだけど。今ちょっといい?」
「よくない」
「あ、モモ! 今日は何時ごろ帰る? 俺もう部活引退したしさ、今夜だったら時間あるか……」
「無理」
ここ最近、なぜか桜輔が急に構ってくるようになった。それも、体育祭のあった夜からだ。これまでは劣等感に苛まれていただけだが、今や桜輔の存在は失恋の象徴になってしまった。
目すら合わせられないのに、話すための時間なんてとりたくない。なにを言われるのかは大体予想がついている。きっと瀬名のことだろう。あの借り物競争を機に、告白でもされたか。瀬名とつるんでいたことは桜輔に知られているから、どうしたらいいか相談されるのかもしれない。邪魔する気も権利もないが、それはさすがに勘弁してほしい。片割れの前でみじめに泣くなんて、絶対にごめんだ。
「ごちそうさま」
「俺もごちそうさま。ねえモモ……」
「わりい、もう部屋行くから」
「モモくーん、ちゃんとお勉強しなさいよー」
「んー」
今日も今日とて声をかけてくる桜輔をあしらい、夕飯後はさっさと自室に引き揚げる。閉めた扉に背を預け、首をもたげて息を吐いた。
力なくベッドに崩れ落ちる。スタンドに立てかけてあるギターには、体育祭からこっち触れていない。それどころか、音楽を聴くことすらしなくなっている。音楽には弱った心を奮い立たせたり、励ましてくれる力があると感じている。だが今は、それに頼るだけの余裕も残っていない。あんなにたくさん、失恋の歌を好んで聴いてきたのに。いざとなった時に、聴く力すら持っていられないなんて。
「こんなしんどいの、どうすんだよ……」
ぐずぐずの泣き言が、天井に当たることもなくぽとりと布団に落ちる。それくらいに弱弱しくて、情けなくてみっともない。こんな想いをよく音楽に昇華できたよなと、好きなアーティストたちの顔が浮かぶ。もはや神なのかもしれない。こちとら、再生ボタンを押すことすら叶わないのに。
また熱くなってくるまぶたを閉じる。いつになったら大丈夫になれるだろう。そんな日は一生来ない気がする。目の上に腕を乗せてじっと堪えていると、ポケットに入れているスマートフォンが震えた。インスタの通知音だ。投稿だって、体育祭以降はストップしている。誰かの更新を報せるものかもしれない。
緩慢な動作でスマートフォンを取り出し、アプリをタップする。まず目についたホーム画面には、アンミツの猫の投稿があった。よく見慣れた三毛猫が、腹を天に向けて気持ちよさそうに眠っている。
「ふ、かわいい」
こんな時にだってやわらかな気持ちにさせてくれるのだから、猫は偉大だ。リアクションボタンをタップして、それからDMのページに移る。通知はこちらのものだったようだ。アンミツから一通届いている。
<momoさんこんばんは、ちょっとお久しぶりです。momoさんの歌、毎日聴いています。新曲もずっと待っています>
「…………」
投稿できていない時にまで気にかけてもらえるのは、本当にありがたい。思いやりを持った人なのだろう。だがなんと返事をしたらいいのか、今はちょっと考えられない。これまではすぐに返していたから、変に思われるだろうか。当たり障りのない文章すら思いつかず、やはりため息が零れる。
申し訳ないな、と思いながらなんとなくDM画面をスクロールしていた桃輔は、とあるメッセージで指を止めた。
<以前コメントにも書きましたが、momoさんのオリジナル曲もいつか聴いてみたいです>
「オリジナル……」
オリジナル楽曲の製作なんて、するつもりはない。しかもこの状況で、なんて。自分は神でもなんでもないのだから、できるはずもない。だがなぜだろう、初めてそう尋ねられた時よりも、その単語が色濃く胸に残る。
「いや、ないない」
乾いた笑いを零して、すうっと息を吸い、吐く頃には重たくなって体に纏わりつく。それなのに――久しぶりに、視界の端に映ったギターを無性に恋しく思った。
「よくない」
「あ、モモ! 今日は何時ごろ帰る? 俺もう部活引退したしさ、今夜だったら時間あるか……」
「無理」
ここ最近、なぜか桜輔が急に構ってくるようになった。それも、体育祭のあった夜からだ。これまでは劣等感に苛まれていただけだが、今や桜輔の存在は失恋の象徴になってしまった。
目すら合わせられないのに、話すための時間なんてとりたくない。なにを言われるのかは大体予想がついている。きっと瀬名のことだろう。あの借り物競争を機に、告白でもされたか。瀬名とつるんでいたことは桜輔に知られているから、どうしたらいいか相談されるのかもしれない。邪魔する気も権利もないが、それはさすがに勘弁してほしい。片割れの前でみじめに泣くなんて、絶対にごめんだ。
「ごちそうさま」
「俺もごちそうさま。ねえモモ……」
「わりい、もう部屋行くから」
「モモくーん、ちゃんとお勉強しなさいよー」
「んー」
今日も今日とて声をかけてくる桜輔をあしらい、夕飯後はさっさと自室に引き揚げる。閉めた扉に背を預け、首をもたげて息を吐いた。
力なくベッドに崩れ落ちる。スタンドに立てかけてあるギターには、体育祭からこっち触れていない。それどころか、音楽を聴くことすらしなくなっている。音楽には弱った心を奮い立たせたり、励ましてくれる力があると感じている。だが今は、それに頼るだけの余裕も残っていない。あんなにたくさん、失恋の歌を好んで聴いてきたのに。いざとなった時に、聴く力すら持っていられないなんて。
「こんなしんどいの、どうすんだよ……」
ぐずぐずの泣き言が、天井に当たることもなくぽとりと布団に落ちる。それくらいに弱弱しくて、情けなくてみっともない。こんな想いをよく音楽に昇華できたよなと、好きなアーティストたちの顔が浮かぶ。もはや神なのかもしれない。こちとら、再生ボタンを押すことすら叶わないのに。
また熱くなってくるまぶたを閉じる。いつになったら大丈夫になれるだろう。そんな日は一生来ない気がする。目の上に腕を乗せてじっと堪えていると、ポケットに入れているスマートフォンが震えた。インスタの通知音だ。投稿だって、体育祭以降はストップしている。誰かの更新を報せるものかもしれない。
緩慢な動作でスマートフォンを取り出し、アプリをタップする。まず目についたホーム画面には、アンミツの猫の投稿があった。よく見慣れた三毛猫が、腹を天に向けて気持ちよさそうに眠っている。
「ふ、かわいい」
こんな時にだってやわらかな気持ちにさせてくれるのだから、猫は偉大だ。リアクションボタンをタップして、それからDMのページに移る。通知はこちらのものだったようだ。アンミツから一通届いている。
<momoさんこんばんは、ちょっとお久しぶりです。momoさんの歌、毎日聴いています。新曲もずっと待っています>
「…………」
投稿できていない時にまで気にかけてもらえるのは、本当にありがたい。思いやりを持った人なのだろう。だがなんと返事をしたらいいのか、今はちょっと考えられない。これまではすぐに返していたから、変に思われるだろうか。当たり障りのない文章すら思いつかず、やはりため息が零れる。
申し訳ないな、と思いながらなんとなくDM画面をスクロールしていた桃輔は、とあるメッセージで指を止めた。
<以前コメントにも書きましたが、momoさんのオリジナル曲もいつか聴いてみたいです>
「オリジナル……」
オリジナル楽曲の製作なんて、するつもりはない。しかもこの状況で、なんて。自分は神でもなんでもないのだから、できるはずもない。だがなぜだろう、初めてそう尋ねられた時よりも、その単語が色濃く胸に残る。
「いや、ないない」
乾いた笑いを零して、すうっと息を吸い、吐く頃には重たくなって体に纏わりつく。それなのに――久しぶりに、視界の端に映ったギターを無性に恋しく思った。
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