37 / 58
ブルージーも唄えない
2
しおりを挟む
「モモ、話があるんだけど。今ちょっといい?」
「よくない」
「あ、モモ! 今日は何時ごろ帰る? 俺もう部活引退したしさ、今夜だったら時間あるか……」
「無理」
ここ最近、なぜか桜輔が急に構ってくるようになった。それも、体育祭のあった夜からだ。これまでは劣等感に苛まれていただけだが、今や桜輔の存在は失恋の象徴になってしまった。
目すら合わせられないのに、話すための時間なんてとりたくない。なにを言われるのかは大体予想がついている。きっと瀬名のことだろう。あの借り物競争を機に、告白でもされたか。瀬名とつるんでいたことは桜輔に知られているから、どうしたらいいか相談されるのかもしれない。邪魔する気も権利もないが、それはさすがに勘弁してほしい。片割れの前でみじめに泣くなんて、絶対にごめんだ。
「ごちそうさま」
「俺もごちそうさま。ねえモモ……」
「わりい、もう部屋行くから」
「モモくーん、ちゃんとお勉強しなさいよー」
「んー」
今日も今日とて声をかけてくる桜輔をあしらい、夕飯後はさっさと自室に引き揚げる。閉めた扉に背を預け、首をもたげて息を吐いた。
力なくベッドに崩れ落ちる。スタンドに立てかけてあるギターには、体育祭からこっち触れていない。それどころか、音楽を聴くことすらしなくなっている。音楽には弱った心を奮い立たせたり、励ましてくれる力があると感じている。だが今は、それに頼るだけの余裕も残っていない。あんなにたくさん、失恋の歌を好んで聴いてきたのに。いざとなった時に、聴く力すら持っていられないなんて。
「こんなしんどいの、どうすんだよ……」
ぐずぐずの泣き言が、天井に当たることもなくぽとりと布団に落ちる。それくらいに弱弱しくて、情けなくてみっともない。こんな想いをよく音楽に昇華できたよなと、好きなアーティストたちの顔が浮かぶ。もはや神なのかもしれない。こちとら、再生ボタンを押すことすら叶わないのに。
また熱くなってくるまぶたを閉じる。いつになったら大丈夫になれるだろう。そんな日は一生来ない気がする。目の上に腕を乗せてじっと堪えていると、ポケットに入れているスマートフォンが震えた。インスタの通知音だ。投稿だって、体育祭以降はストップしている。誰かの更新を報せるものかもしれない。
緩慢な動作でスマートフォンを取り出し、アプリをタップする。まず目についたホーム画面には、アンミツの猫の投稿があった。よく見慣れた三毛猫が、腹を天に向けて気持ちよさそうに眠っている。
「ふ、かわいい」
こんな時にだってやわらかな気持ちにさせてくれるのだから、猫は偉大だ。リアクションボタンをタップして、それからDMのページに移る。通知はこちらのものだったようだ。アンミツから一通届いている。
<momoさんこんばんは、ちょっとお久しぶりです。momoさんの歌、毎日聴いています。新曲もずっと待っています>
「…………」
投稿できていない時にまで気にかけてもらえるのは、本当にありがたい。思いやりを持った人なのだろう。だがなんと返事をしたらいいのか、今はちょっと考えられない。これまではすぐに返していたから、変に思われるだろうか。当たり障りのない文章すら思いつかず、やはりため息が零れる。
申し訳ないな、と思いながらなんとなくDM画面をスクロールしていた桃輔は、とあるメッセージで指を止めた。
<以前コメントにも書きましたが、momoさんのオリジナル曲もいつか聴いてみたいです>
「オリジナル……」
オリジナル楽曲の製作なんて、するつもりはない。しかもこの状況で、なんて。自分は神でもなんでもないのだから、できるはずもない。だがなぜだろう、初めてそう尋ねられた時よりも、その単語が色濃く胸に残る。
「いや、ないない」
乾いた笑いを零して、すうっと息を吸い、吐く頃には重たくなって体に纏わりつく。それなのに――久しぶりに、視界の端に映ったギターを無性に恋しく思った。
「よくない」
「あ、モモ! 今日は何時ごろ帰る? 俺もう部活引退したしさ、今夜だったら時間あるか……」
「無理」
ここ最近、なぜか桜輔が急に構ってくるようになった。それも、体育祭のあった夜からだ。これまでは劣等感に苛まれていただけだが、今や桜輔の存在は失恋の象徴になってしまった。
目すら合わせられないのに、話すための時間なんてとりたくない。なにを言われるのかは大体予想がついている。きっと瀬名のことだろう。あの借り物競争を機に、告白でもされたか。瀬名とつるんでいたことは桜輔に知られているから、どうしたらいいか相談されるのかもしれない。邪魔する気も権利もないが、それはさすがに勘弁してほしい。片割れの前でみじめに泣くなんて、絶対にごめんだ。
「ごちそうさま」
「俺もごちそうさま。ねえモモ……」
「わりい、もう部屋行くから」
「モモくーん、ちゃんとお勉強しなさいよー」
「んー」
今日も今日とて声をかけてくる桜輔をあしらい、夕飯後はさっさと自室に引き揚げる。閉めた扉に背を預け、首をもたげて息を吐いた。
力なくベッドに崩れ落ちる。スタンドに立てかけてあるギターには、体育祭からこっち触れていない。それどころか、音楽を聴くことすらしなくなっている。音楽には弱った心を奮い立たせたり、励ましてくれる力があると感じている。だが今は、それに頼るだけの余裕も残っていない。あんなにたくさん、失恋の歌を好んで聴いてきたのに。いざとなった時に、聴く力すら持っていられないなんて。
「こんなしんどいの、どうすんだよ……」
ぐずぐずの泣き言が、天井に当たることもなくぽとりと布団に落ちる。それくらいに弱弱しくて、情けなくてみっともない。こんな想いをよく音楽に昇華できたよなと、好きなアーティストたちの顔が浮かぶ。もはや神なのかもしれない。こちとら、再生ボタンを押すことすら叶わないのに。
また熱くなってくるまぶたを閉じる。いつになったら大丈夫になれるだろう。そんな日は一生来ない気がする。目の上に腕を乗せてじっと堪えていると、ポケットに入れているスマートフォンが震えた。インスタの通知音だ。投稿だって、体育祭以降はストップしている。誰かの更新を報せるものかもしれない。
緩慢な動作でスマートフォンを取り出し、アプリをタップする。まず目についたホーム画面には、アンミツの猫の投稿があった。よく見慣れた三毛猫が、腹を天に向けて気持ちよさそうに眠っている。
「ふ、かわいい」
こんな時にだってやわらかな気持ちにさせてくれるのだから、猫は偉大だ。リアクションボタンをタップして、それからDMのページに移る。通知はこちらのものだったようだ。アンミツから一通届いている。
<momoさんこんばんは、ちょっとお久しぶりです。momoさんの歌、毎日聴いています。新曲もずっと待っています>
「…………」
投稿できていない時にまで気にかけてもらえるのは、本当にありがたい。思いやりを持った人なのだろう。だがなんと返事をしたらいいのか、今はちょっと考えられない。これまではすぐに返していたから、変に思われるだろうか。当たり障りのない文章すら思いつかず、やはりため息が零れる。
申し訳ないな、と思いながらなんとなくDM画面をスクロールしていた桃輔は、とあるメッセージで指を止めた。
<以前コメントにも書きましたが、momoさんのオリジナル曲もいつか聴いてみたいです>
「オリジナル……」
オリジナル楽曲の製作なんて、するつもりはない。しかもこの状況で、なんて。自分は神でもなんでもないのだから、できるはずもない。だがなぜだろう、初めてそう尋ねられた時よりも、その単語が色濃く胸に残る。
「いや、ないない」
乾いた笑いを零して、すうっと息を吸い、吐く頃には重たくなって体に纏わりつく。それなのに――久しぶりに、視界の端に映ったギターを無性に恋しく思った。
43
あなたにおすすめの小説
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
推しに恋した。推しが俺に恋をした。
吉川丸子
BL
「俺は黒波燦を崇拝している!」
「俺は君の声に恋をしている」
完璧なはずの俳優が心奪われたのは、瞳孔の開いた自分のガチオタ。
国民的俳優・黒波燦×自信ゼロのフリーターミュージシャン・灯坂律。
正反対の場所で生きてきた二人が、恋とコンプレックスと音楽に揺さぶられながら、互いの人生を大きく動かしていく溺愛×成長BL。
声から始まる、沼落ち必至の推し活ラブストーリー。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果
はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。
俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。
黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。
※このお話だけでも読める内容ですが、
同じくアルファポリスさんで公開しております
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
と合わせて読んでいただけると、
10倍くらい楽しんでいただけると思います。
同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。
魔法と剣で戦う世界のお話。
幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、
魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、
家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。
魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、
「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、
二人で剣の特訓を始めたが、
その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・
これは病気か!?
持病があっても騎士団に入団できるのか!?
と不安になるラルフ。
ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!?
ツッコミどころの多い攻めと、
謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの
異世界ラブコメBLです。
健全な全年齢です。笑
マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。
よろしくお願いします!
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる