新宿プッシールーム

はなざんまい

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マンチカンとシャム(11)

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年が明けたと思ったら、あっという間に3月になった

去年の夏頃から少しずつ始めていた就活が佳境を迎え、ほとんどの学生が6月には就職先が決まる

アヤメも例外ではない

第一志望は公務員だから、友達ほど焦ることはないが、別の懸念材料がある

プッシールームに勤めていること、辞めたあとは勤めていたことを、誰にも知られてはいけない

※※※※※※※※※※※※※

酉の市のVRアニメが完成したのは4月頭だった

両親の結婚記念日の4月25日か、母親の誕生日の6月11日に間に合えばいいと思っていたから、ホッとした

「コタローさん、4月25日って暇ですか?」

「ひるよる?」

「どちらでも大丈夫です」

コタローはスマホを見て、うなずいた

どちらでも大丈夫だということだ

結婚記念日、母親は父親の墓参りにでかけるため、仕事を休む

アヤメは行ったり行かなかったりだが、今年は万障繰り合わせて付き合うつもりだ

コタローに墓参りまで同行をお願いするつもりはないが、母親にVRをプレゼントするときには、そばにいてほしいと思った

「アヤメ、今日はありがとう」

父親の菩提寺の境内で、桶に水を注ぎながら母親が言った

「お礼を言われることでもないけど…」

「実は13回忌なのよね」

母親が水が溜まった桶を自分で持とうとするので、アヤメが代わりに持った

お墓には、すでに誰かが供えたとみられる真新しい花がささっていた

「誰だろうね」

母親はアヤメの問いには答えずに、花瓶の水を変え、持参した花を元あった花に添えてさした

お墓が一気に華やかになった

「向こうの両親も歳だし、法要もしないけど」

母親は火をつけたお線香の束をアヤメに渡した

二人で、お墓に手を合わせた

「母さん、このあとご飯食べに行くじゃん。友達呼んでいい?見せたいものがあって」

「いいけど、何?怖いんだけど…」

「変なものじゃないから大丈夫だよ」

滞在時間10分の、短いお墓参りだった

アヤメはあらかじめ予約していた店に母親を連れていき、コタローにも連絡を入れた

コタローはすぐにやって来た

「母さん、こちら、稲生小太郎いのうこたろうさん。あるものを作ってくれて…」

「あるものって?」

アヤメがうなずくと、コタローは、バックパックからキーボードつきのタブレットを取り出して、母親の前に置いた


最初はいぶかしげにタブレットとコタローの顔を見比べていた母親の表情が、みるみるうちに変わっていった


まばゆい提灯の明かり
色鮮やかな熊手の露店
すれ違う人々の息づかいや足音

アヤメはそのあまりの美しさに息を飲んだ

「ここ…」

「花園神社。父さんと母さん、デートしたことがあるんだろ?」

「なんでそれを…」

「写真、よく見てるじゃん」

コタローからマウスを借りた母親は、境内を進んでいった

「懐かしい…」

母親の反応を確認したコタローが、もう一度マウスを受け取って、カチカチと操作した




「うそ…」

母親が、画面に見入って言葉を失った



そこには、先日アヤメが着たものと同じ浴衣を着た父親が立っていた

「パパ…なんで…」

母親の目にみるみるうちに涙がたまっていって、やがて容量をオーバーした分が頬を伝って流れた



母親と別れたあと、アヤメはコタローを飲みに誘った

まだ陽は高かったが、代金とは別に、お礼をしたかった

コタローの家の近くには有名な飲み屋街がある

朝からやっている大衆居酒屋もあるが、さすがにムードがないと思い、ランチメニューにアルコールもあるカフェバーに入った

「コタローさん、ありがとうございました」

コタローがうなずいた

表情は変わらないが、雰囲気が和らいでいる

本人も満足しているようだ

「初めて見たときも思ったんですが、VRの方一本でやらないんですか?それだけで食っていけなくても、コタローさんの技術なら企業でもクリエイターとしてやっていけそうですけど…」

コタローが首を振った

それは、謙遜しているのか、このままフリーでやりたいという意味なのか、計りかねた

だが、アヤメにとっては渡りに船だ

「実は提案があるんですけど」

アヤメはコタローのビー玉のような瞳を覗き込んだ

「俺、来年就職するんです。そしたら、一緒に暮らしませんか?」

コタローと付き合い始めて、わりとすぐから考えていたことだった

コタローの驚いた表情は見慣れていたが、今日はその先を知りたくて、少しの表情筋の動きも気になった

だが、コタローは固まったまま動かない
アヤメは食い下がるしかなかった

「それで…そしたら…もし俺が働き始めたら、コタローさん、プッシールームを辞めてください。それでVR制作に専念してください。コタローさんの足りない分は、俺が働いて補いますから」

【金銭的に】という言葉を入れ忘れた

いや、本当はそんなことはどうでもいい

アヤメは首を横に振った

「違うんです。本当は違う」

コタローの表情がわずかに変化した

「俺は…コタローさんが好きで、もう誰にも、コタローさんのイク時の顔や体を見てほしくない」

コタローが身を乗り出して、震えるアヤメの手を握った
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