新宿プッシールーム

はなざんまい

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ブラックペルシャ(1)

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クロがプッシールームに通い始めて、1年が経った

ペースは月に1回か2回

1日は必ず妻の月命日に訪れることにしている

定休日だった場合はそのすぐあとの木曜日

あとは妻に呼ばれた気がした時

自分でも現実的ではないことはわかっている

だが、どうしようもない

いつかは終わらせなくてはならないとわかっていても、それがいつかはわからない

例えば目の前で喪服姿で喘ぐプレイヤーが、プッシールームを突然辞めたら

クロにそれを止める権利などない

妻はまた違う形で自分の前に現れてくれるのか、それともプレイヤーと共に消えてしまうのかは謎だった

いっそ、辞めてほしいとすら思う

店があり、タキがいる限り、妻は自分の目の前に現れ続けるような気がした


「今日はダメでしたか?」

タキの声で我に返った

タキはすでにイッた後で、脚についた精液を拭いていた

自分はというと、リクライニングチェアーに座ったままベルトすら外していない

「ごめん」

「楽しみかたは自由ですから」

タキは喪服の裾を合わせて、横座りに座った

裾から出た素足が、白魚のように美しい

「もしよければ、続きを聞かせてもらえませんか?」

「続き?」

「まだ30分以上あるから」

「なんだっけ?」

「奥さんのことと、僕に喪服を着せる理由」

そういえばそんな話をしたことがあった

クロは、頭に浮かんだことから話すことにした

「身も蓋もない言い方をすれば性癖です」

「え」

意外な答えに、タキは唖然とするしかなかった

「もっと崇高で深い理由があると思っていましたか?」

クロが珍しく笑った

タキは、前回のスピリチュアルな話を思い出して、あんな話をされたら誰でも何か理由があると勘ぐるのが普通じゃないか、と憮然とした


「着物の喪服姿というのは、特殊な状況なんです。夫か親族、考えたくもないですが、子供の葬儀くらいしか着物の喪服なんてものは着ないでしょう?」

「すみません。そういう世事には疎くて」

タキはまだ21歳だし、両親も健在だ

祖父母は大分前に亡くなったから、母がどんな格好をしたかなど、覚えていない

「タキくんはまだ若いから当然だよ」

クロだってそんなに歳なわけではない
せいぜい30代前半だ


「それじゃあ、クロさんは、奥さんが大切なひとを亡くして悲しんでいる姿に欲情するということですか?」

だとしたら、とんでもないサディストだ

「…特定の人間なんだよ」

クロは、漆黒の瞳でタキを見ると、人差し指を自分に向けた

「俺は自分の葬式で、妻が喪服を着る姿を妄想して興奮しているんです。ヤバいですよね」

タキは息を飲んだ

「てっきりVシネとか、未亡人モノが好きなのだとばかり…」

思わず本音が漏れた
数は少ないが、プレイヤーのコスチュームに喪服を希望する客は一定数いる

未亡人というカテゴリーが、なぜ根強く支持されるのか、タキにもわからないでもない

タキの困惑を見て、情報を補足するかのように、クロは話し続けた

「現実では見ることさえ叶わないはずの状況ですよね。例えば、いまの私のように、妻が先に死んでしまったら妻の喪服姿は二度と見ることはできません。そして、私が死んでも見ることはできません。当たり前ですよね。死んでるんですから」

クロが寂しそうに笑った

「あり得ないシチュエーションだからこそ、そこにしがみつくんです。そうであったらいいな、という願望は、他の男性と同じじゃないかな」

そうなのだろうか
クロの妄想は、単純にそうとは言えない気がした

そこで、ふと気づいたことがあった

「だとすると、妄想上で奥さんを抱いているクロさんは幽霊ということですか?」

クロの動きがピタリと止まった

そして、
「それだ!」
と大声で叫んだ

クロの目がみるみると輝き出した

「ここプッシールームがいい理由です!決して触れられないから、僕にとってはリアリティーがあるんです。これは発見だなあ」

クロは世紀の発見かのように、腕を組んで何度もうなずいた



この関係の、どこにリアリティーがあるというのだろう

タキは、そんな言葉を飲み込んだ

例え、自分のお葬式でも、奥さんに生きていてほしかったクロの気持ちが痛いほど伝わった

だが、当の本人はきっと気づいていない
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