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3匹の雄ネコ(2)
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名前を突き詰めただけでは終わりではないとアットも思ってる
【長谷川公博】の名前を元に、調べられるところまで調べ尽くすつもりだ
アットは家に帰る前に何でも屋に寄った
「仕事終わったー?」
ドアが開く音を聞き付けた鮭児が、顔を出した
アットが店を出たときと同じ体勢でパソコンを弄っている
「お前は…まだっぽいな?」
「そうなんだよー。タントくんに頼もうかな」
アットは、マウスを操作する鮭児の手を取ると、
「兄貴に頼まなくても、俺がやるし」
と言って一緒に動かした
「あとちょっとじゃん」
わざと鮭児の耳にかかるように呟く
「ほんと?5時間頑張ったからねー」
カチカチというマウスの音が事務所の中に響いた
自分から仕掛けた癖に、緊張でアットの手に汗がにじんできた
「鮭…」
アットが鮭児の耳を啄もうとすると、
「鮭児ー!アットいるー?!」
大きな音を立ててドアが開いた
ズカズカと入ってきたのは、アットの兄の淡人だ
「タント♡」
鮭児は、5時間へばりついていたパソコンからあっさりと離れ、タントの元に駆け寄った
一気に緊張が解けて、アットはホッとしつつもガッカリした
これもいつものことだ
タントは鮭児を軽くあしらい、
「アット、一緒に帰ろう♡」
と言った
この関係に名前をつけるならなんなんだろう
この3人は、こんな関係をもう10年くらい続けている
『店長やオーナーからは長谷川さんて呼ばれてる!新宿でバーとか手広くやってるらしい!あとは知らない!』
【TEATRO】の店員から聞き出せたのはそれだけだった
昨日は、時間がなくて新宿まで足を運べなかったが、新宿界隈に顔が利く知り合いに【長谷川】という名前と画像を送ったところ、すぐにフルネームが判明した
今日は、改めて聞き込みをするために新宿にやって来た
フルネームがわかっていれば、より詳しく素性がわかるだろう
新宿の真昼は遅い
だが、一般的な昼の間でも回れるところはたくさんある
昨日、名前を教えてくれた知り合いは、その場にいた客に聞いたと言っていたから、その筋ではなく、飲食店の経営者の筋から攻めることにした
「ちーす」
アットは区役所通りにある酒屋に顔を出した
「アッちゃん!久しぶり!」
アットが以前バイトしていた思い出横丁の焼き鳥屋に、酒を卸していた店だ
畑違いだが、他の卸の店を知らないから仕方がない
「こんにちは!おっちゃん元気?」
「歳で敵わねーや。あっちゃんはいま何してるの?」
「バンドバンド。あと、友達の何でも屋手伝ってるんだけど、おっちゃんに聞きたいのとがあって」
アットは長谷川の写真を見せた
「この人がやってる店に酒卸したりしてないかな?長谷川公博さんって言うらしいんだけど…」
「長谷川さんねえ…」
この時点でピンと来ないということは、知らないのだろう
アットは質問を変えた
「じゃあさ、バー関係者が出入りしてそうな店知らないかな?どうやらバーの経営者らしいんだけど…」
「バー経営者ねえ…じゃあ得意先のバー紹介してやるよ」
主人は歌舞伎町にあるバーの名刺をくれた
アットは主人に礼を言って、街に出た
バイト時代を思い出して、歌舞伎町までぶらぶらと歩く
通いつめた楽器店、レコード屋、スタジオ、居酒屋、ゲーセン、ダーツバーなど、昔と変わっていないところもあれば、影も形も無くなってしまったところもある
街の風景と共に、それを見る自分も変わったのだと、改めて感じた
時間はちょうど、バー開店の6時になっていた
酒屋の主人に教えてもらったバーは、新宿三丁目の、細い長い雑居ビルの地下にあった
コンクリート打ちっぱなしの、味気のない階段を降りると、鉄の格子窓がはまった木製のドアがあり、openの札がかかっていた
アットは、新規の客らしく、控えめにドアを開けた
「いらっしゃいませ」
店内は、ビルの外観から想像した通りの狭さだった
カウンター席5つ、二人がけのテーブル席が2つ
店員も一人しかいない
「お兄さん、初めての方だよね?」
「はい。大丈夫ですか?」
「どーぞどーぞ。若くてかっこいいお兄さんは大歓迎だよ」
「あ…」
アットの口から漏れた声を聞いて、店員もすぐさま理解したようで、
「あっ…っていうことは…そういう店だってのは知らなかった感じかな?」
と苦笑いした
アットは、一瞬でも動揺したことを後悔した
そして、動揺を隠すためにコホンと咳払いをして
「幸田酒店から教えてもらって。この人を探してるんですけど…」
店員に写真を見せると、すぐに
「ああ、長谷川さん」
と言った
1軒目で当たりなんてツイてる、と思ったが、それだけ顔が広い男ということでもある
調べるなら、思った以上に用心が必要かもしれない
アットは声のトーンを上げた
「そうそう!長谷川公博さん。友達が、六本木のクラブで会った時に新規オープン店を手伝うって話になったらしいんだけど、名刺無くしちゃったみたいで。事務所の場所とか調べても出てこないし、この界隈のひとなら知ってるだろうから、暇なら聞いて来てって言われて…」
店員は、店内には自分とアットしかいないにも関わらず声を落とした
「新規オープンって、例のお店?」
「いや、俺は詳しくは知らないんですけど…ご存知なんですか?」
「そうなんだ?プッシールームっていう、オナニー見せる店は知ってる?それのゲイ専門店作るから、キャストやりたいコがいたら紹介してって言わたことあるよ」
「それはいつ頃ですか?」
「うーん?1か月前くらいかな?そろそろオープンするんじゃないかな。あ、お兄さんも興味あるならやってみたら?人気でそう」
店員がニヤリと笑った
「いや、俺はそんなんじゃ…」
アットが否定しきる前に、客が立て続けにやって来て、店員はアットの前から離れてしまった
このまま何も飲まずに帰るのもマナー違反だろうと、アットは壁にかかったアルコールメニューを見た
その時、
「ここいい?」
と、一人の男性がアットの隣に座った
「は…い…」
鮭児のことを好きだと自覚してから、自分がゲイだと意識したことはあった
だが、自分以外の人間の中にもゲイがいて、自分がその対象になるかもしれないとは、今の今まで想像すらしていなかった
相手は優しそうなサラリーマンだった
まだお酒を頼んでいなかったアットのために、店員を呼んでくれた
「じゃあ、モスコミュールで…」
店員が意味ありげな視線を二人に投げ掛けた
そして、モスコミュールが入った銅製のマグカップの持ち手をアットに向けるタイミングで「キクチくんはオススメだよ」と言った
「ちょっ…マスター!」
隣のサラリーマンが、店員の口を押さえた
彼が【キクチくん】らしい
「いや、大きなお世話かもだけど、君、初めてっぽいから。だったらキクチくんみたいなタイプがいいんじゃないかなーと思っただけ!」
「もう!余計なこと言わないでください!」
キクチに追いやられて、マスターはカウンターの反対側に行ってしまった
「え…っと…」
キクチが気まずそうに首筋を掻いた
そして、おずおずと
「あの…初めてって、本当?」
と聞いた
アットはうつむいたまま、「はい」と答えた
※※※※※※※※※※※※
マサトは、アットが調べた情報を元に、プッシールーム2号店のスタッフの面接に来ていた
幸い、飲食店やカラオケ店の経験があったため、真剣に面接してもらえることができた
驚いたのは、意外にもバンドマンの経験が有利に働いたことだった
「スピーカーとマイクを設置する予定なんですが、いいものを使いたいと思ってて、そういう機器に慣れてる人のほうがいいので」
と、面接相手は言った
その面接相手が、当時18歳のリンだった
【長谷川公博】の名前を元に、調べられるところまで調べ尽くすつもりだ
アットは家に帰る前に何でも屋に寄った
「仕事終わったー?」
ドアが開く音を聞き付けた鮭児が、顔を出した
アットが店を出たときと同じ体勢でパソコンを弄っている
「お前は…まだっぽいな?」
「そうなんだよー。タントくんに頼もうかな」
アットは、マウスを操作する鮭児の手を取ると、
「兄貴に頼まなくても、俺がやるし」
と言って一緒に動かした
「あとちょっとじゃん」
わざと鮭児の耳にかかるように呟く
「ほんと?5時間頑張ったからねー」
カチカチというマウスの音が事務所の中に響いた
自分から仕掛けた癖に、緊張でアットの手に汗がにじんできた
「鮭…」
アットが鮭児の耳を啄もうとすると、
「鮭児ー!アットいるー?!」
大きな音を立ててドアが開いた
ズカズカと入ってきたのは、アットの兄の淡人だ
「タント♡」
鮭児は、5時間へばりついていたパソコンからあっさりと離れ、タントの元に駆け寄った
一気に緊張が解けて、アットはホッとしつつもガッカリした
これもいつものことだ
タントは鮭児を軽くあしらい、
「アット、一緒に帰ろう♡」
と言った
この関係に名前をつけるならなんなんだろう
この3人は、こんな関係をもう10年くらい続けている
『店長やオーナーからは長谷川さんて呼ばれてる!新宿でバーとか手広くやってるらしい!あとは知らない!』
【TEATRO】の店員から聞き出せたのはそれだけだった
昨日は、時間がなくて新宿まで足を運べなかったが、新宿界隈に顔が利く知り合いに【長谷川】という名前と画像を送ったところ、すぐにフルネームが判明した
今日は、改めて聞き込みをするために新宿にやって来た
フルネームがわかっていれば、より詳しく素性がわかるだろう
新宿の真昼は遅い
だが、一般的な昼の間でも回れるところはたくさんある
昨日、名前を教えてくれた知り合いは、その場にいた客に聞いたと言っていたから、その筋ではなく、飲食店の経営者の筋から攻めることにした
「ちーす」
アットは区役所通りにある酒屋に顔を出した
「アッちゃん!久しぶり!」
アットが以前バイトしていた思い出横丁の焼き鳥屋に、酒を卸していた店だ
畑違いだが、他の卸の店を知らないから仕方がない
「こんにちは!おっちゃん元気?」
「歳で敵わねーや。あっちゃんはいま何してるの?」
「バンドバンド。あと、友達の何でも屋手伝ってるんだけど、おっちゃんに聞きたいのとがあって」
アットは長谷川の写真を見せた
「この人がやってる店に酒卸したりしてないかな?長谷川公博さんって言うらしいんだけど…」
「長谷川さんねえ…」
この時点でピンと来ないということは、知らないのだろう
アットは質問を変えた
「じゃあさ、バー関係者が出入りしてそうな店知らないかな?どうやらバーの経営者らしいんだけど…」
「バー経営者ねえ…じゃあ得意先のバー紹介してやるよ」
主人は歌舞伎町にあるバーの名刺をくれた
アットは主人に礼を言って、街に出た
バイト時代を思い出して、歌舞伎町までぶらぶらと歩く
通いつめた楽器店、レコード屋、スタジオ、居酒屋、ゲーセン、ダーツバーなど、昔と変わっていないところもあれば、影も形も無くなってしまったところもある
街の風景と共に、それを見る自分も変わったのだと、改めて感じた
時間はちょうど、バー開店の6時になっていた
酒屋の主人に教えてもらったバーは、新宿三丁目の、細い長い雑居ビルの地下にあった
コンクリート打ちっぱなしの、味気のない階段を降りると、鉄の格子窓がはまった木製のドアがあり、openの札がかかっていた
アットは、新規の客らしく、控えめにドアを開けた
「いらっしゃいませ」
店内は、ビルの外観から想像した通りの狭さだった
カウンター席5つ、二人がけのテーブル席が2つ
店員も一人しかいない
「お兄さん、初めての方だよね?」
「はい。大丈夫ですか?」
「どーぞどーぞ。若くてかっこいいお兄さんは大歓迎だよ」
「あ…」
アットの口から漏れた声を聞いて、店員もすぐさま理解したようで、
「あっ…っていうことは…そういう店だってのは知らなかった感じかな?」
と苦笑いした
アットは、一瞬でも動揺したことを後悔した
そして、動揺を隠すためにコホンと咳払いをして
「幸田酒店から教えてもらって。この人を探してるんですけど…」
店員に写真を見せると、すぐに
「ああ、長谷川さん」
と言った
1軒目で当たりなんてツイてる、と思ったが、それだけ顔が広い男ということでもある
調べるなら、思った以上に用心が必要かもしれない
アットは声のトーンを上げた
「そうそう!長谷川公博さん。友達が、六本木のクラブで会った時に新規オープン店を手伝うって話になったらしいんだけど、名刺無くしちゃったみたいで。事務所の場所とか調べても出てこないし、この界隈のひとなら知ってるだろうから、暇なら聞いて来てって言われて…」
店員は、店内には自分とアットしかいないにも関わらず声を落とした
「新規オープンって、例のお店?」
「いや、俺は詳しくは知らないんですけど…ご存知なんですか?」
「そうなんだ?プッシールームっていう、オナニー見せる店は知ってる?それのゲイ専門店作るから、キャストやりたいコがいたら紹介してって言わたことあるよ」
「それはいつ頃ですか?」
「うーん?1か月前くらいかな?そろそろオープンするんじゃないかな。あ、お兄さんも興味あるならやってみたら?人気でそう」
店員がニヤリと笑った
「いや、俺はそんなんじゃ…」
アットが否定しきる前に、客が立て続けにやって来て、店員はアットの前から離れてしまった
このまま何も飲まずに帰るのもマナー違反だろうと、アットは壁にかかったアルコールメニューを見た
その時、
「ここいい?」
と、一人の男性がアットの隣に座った
「は…い…」
鮭児のことを好きだと自覚してから、自分がゲイだと意識したことはあった
だが、自分以外の人間の中にもゲイがいて、自分がその対象になるかもしれないとは、今の今まで想像すらしていなかった
相手は優しそうなサラリーマンだった
まだお酒を頼んでいなかったアットのために、店員を呼んでくれた
「じゃあ、モスコミュールで…」
店員が意味ありげな視線を二人に投げ掛けた
そして、モスコミュールが入った銅製のマグカップの持ち手をアットに向けるタイミングで「キクチくんはオススメだよ」と言った
「ちょっ…マスター!」
隣のサラリーマンが、店員の口を押さえた
彼が【キクチくん】らしい
「いや、大きなお世話かもだけど、君、初めてっぽいから。だったらキクチくんみたいなタイプがいいんじゃないかなーと思っただけ!」
「もう!余計なこと言わないでください!」
キクチに追いやられて、マスターはカウンターの反対側に行ってしまった
「え…っと…」
キクチが気まずそうに首筋を掻いた
そして、おずおずと
「あの…初めてって、本当?」
と聞いた
アットはうつむいたまま、「はい」と答えた
※※※※※※※※※※※※
マサトは、アットが調べた情報を元に、プッシールーム2号店のスタッフの面接に来ていた
幸い、飲食店やカラオケ店の経験があったため、真剣に面接してもらえることができた
驚いたのは、意外にもバンドマンの経験が有利に働いたことだった
「スピーカーとマイクを設置する予定なんですが、いいものを使いたいと思ってて、そういう機器に慣れてる人のほうがいいので」
と、面接相手は言った
その面接相手が、当時18歳のリンだった
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