新宿プッシールーム

はなざんまい

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レイジとゼンジ

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※胸クソ注意です※
苦手な方は飛ばしてください












小さい頃のサタゼンジは、美形で頭のいいヒヤの陰に隠れて、目立たない、引っ込み思案な男の子だった

だが、中2の時、ひとつ上の兄について話すと、皆が興味津々で聞いてくれることがわかった

ヒヤの話をすると、みんなが笑ったり、驚いたり、とにかく、ゼンジの一言一言を皆が待っていた



ある時、兄に彼女ができたという噂が流れ、皆がゼンジに真偽を問い詰めた

ゼンジはそんな話しは聞いたことがなかった

だが、自分が兄から教えてもらえていないと思われたくなくて、何の魔が差したか、「彼女はいるけど、兄貴が一番好きなのは俺だから」と答えてしまう


それから、佐田兄弟はデキている、という噂が流れ始めた


周りから「兄貴はどうか」と聞かれたゼンジは、ちっぽけなプライドのために、嘘を真実にすることを選ぶ






『ゼンジ…!やめろ…!』


抱いてみると、兄の身体は病み付きになるくらいよかった

ゼンジはレイジを毎晩のように抱くようになった

時には、ゼンジの友だちの相手をさせられることもあった



その頃から、少しずつレイジの心は崩れ始めていく

ゼンジに会わなくて済むように、昼間寝て、夜出かけるなるようになった

入ったばかりの高校はすぐに不登校になって、やがて放校になった


出歩いているうちに家に帰らなくなり、宿泊場所を提供してくれた知人のツテで、AVに出演するようになった


幸い、紹介されたところは真っ当なレーベルで、AVが売れれば売れるほど生活は豊かになった

AVに出始めて1年を経つ頃には、マンションを借りて、一人で生活できるようになっていた


しかし、いつからか『死にたい』『消えてなくなりたい』という思いがまとわりつき、何度もリストカットをするようになった

常に身体のどこかに痛みを感じていないと落ち着かないため、爪噛みや皮剥きをするようになった

※※※※※※※※※※

「うおぉぉぉぉ…」





あまりに衝撃的な過去に、エチゼンは唸ることしかできなかった

「でも、家を出てからはずっと会ってなかったんだよね?それなら…」

「そうなんだけど、どうやら俺の引退がネットニュースに上がったみたいで…」

「ええ…そんな有名人だったの?」

「うん、俺も知らなかったんだけどさ…」

ヒヤが恥ずかしそうに目を伏せた

大きな黒い瞳に、長いまつげが布団のように覆い被さった



確かにこれは…

エチゼンは、息を飲んだ

いままで気がつかなかったのが不思議なくらいで、どれだけテンパッてたんだ、自分、と思った



陶磁のような白くて滑らかな肌、少し肉厚な唇、きれいに整えられた眉、茶色い瞳の中に見える、真っ黒な瞳孔

ウケとして、人気が出るのもわかる、美しいだけではなく、妙な色気があった




エチゼンは、ヒヤが出演したというAVを無性に観てみたくなった

しかし、すぐにその欲望を打ち消した



心の底から悲鳴が聞こえてくるくらい苦しんでいる人を目の前に、そんなイヤらしいことを考えた自分を軽蔑した



「それで、そのネットニュースを見て、AVに出ていたことがバレたんだ?」

ヒヤが頷いた

「それで、どこからか、俺がプッシールームで働いてることを聞き付けたみたいで…」

何か嫌なことを思い出したのか、ヒヤがまた身をすくめた

エチゼンには、ヒヤの背中をさすってやることしかできなかった

※※※※※※※※※※※

それからしばらくは平穏に過ぎた

あれから、ヒヤの出すは減っているように思う

エチゼンは、自分が話を聞いたことが、悪い方に進まなかったことに、まずホッとした



エチゼンとヒヤは時々遊ぶ仲になった

見た目に反して少年のようなところがあるヒヤは、ゲームが大好きで、エチゼンが作ったゲームを、あれこれ言いながらプレーする

それが、開発の参考になることもあれば、ただただムカつく時もあるが、20歳過ぎて、バカ話で笑える友達との時間は貴重だと思った




だが、その静寂は突然破られた



清掃スタッフのエチゼンはプレイヤーより30分遅く出勤する

扉を開けようとしたとき、中がなにやら騒がしいことに気がつき、ドアを引く手を止めた

なにやら罵り合うような声が聞こえる
マサトの声はわかるが、相手の声は聞き覚えがない

「アフターとか以前に、君は出禁だから!」

マサトの声の後、男の怒号と共にガタガタという物音がした


エチゼンはとっさにスタッフマニュアルを思い出した

外にいるときに店の異変に気がついたときは下の階のホストクラブの黒服を呼ぶことになっている

警察を呼ぶかどうか決めるのはそのあとだ

黒服を呼ぼうとエチゼンが階段を降りかけた時、
「いいからレイジ出せ!」
という声が聞こえた

その声を聞いたエチゼンは、スタッフマニュアルのことなど忘れ、とっさに店に飛び込んだ

「サタゼンジ!」

エチゼンが飛び込んだ時、サタはマサトの制止を振り切って、受付カウンターを乗り越えて中に押し入ろうとしていた

プレイヤーがいる控え室や、プレイルームに行くにルートを、サタは先日来たときに確認したのかもしれない



「マサトさん!」

エチゼンが駆け寄ろうとすると、マサトが視線を右にむけた

そっちは、客側の部屋が並ぶ通路である

マサトはエチゼンに「早く!」と言って、サタの足にしがみついた

何事かと廊下に出てきた客に頭を下げて通してもらい、エチゼンは、サタとは反対側からバックヤードに回って、ソマリのプレイルームに駆け込んだ

ヒヤはちょうど、30分のプレイを終えて服を羽織ったところだった

「ヒヤ!」

エチゼンが手を伸ばすと、ヒヤはなにも言わずにその手を掴んだ




「マサトさん!」

エチゼンの声を聞いたマサトは、サタの足を離した

足枷が外れたサタが、控え室を駆け抜け、プレイヤー側の通路に出たちょうどその時、エチゼンとヒヤは元来た道を戻って、そのまま店を出た


※※※※※※※※※※※

エチゼンが呼んだホストクラブの黒服がサタを捕まえて縛り上げてくれた

マサトがリンの指示に従って待っていると、生活安全課の刑事が二人やって来て、何も聞かずにサタを連行していった



「ごめん、来るの遅くなった」

刑事が帰ってから30分ほどして、リンがやって来た

「客は?」

リンが被害状況を確認しながら、マサトに聞いた

「警察が帰るまでは部屋にいてもらって、順次帰ったよ。今日は新規は取らないで、以降の客は、店に向かっている客や、連絡が取れない客以外はキャンセルにしてもらった」
「鉢合わせた客はいなかったんだな?」
「幸いな」

リンが控え室を覗くと、タキ、コノエ、コタローが暇をもて余してスマホゲームをしていた

「九は接客中」

マサトはリンが見えないように、控え室の扉を閉めた

「ヒヤは?」
「あー…」

マサトがポリポリと頭を掻いた

「…逃避行中…?」

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