新宿プッシールーム

はなざんまい

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アメリカンカール、真夜中のドライブ

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エチゼンから、ヒヤの爪噛みの報告を受けた日


店を締めたマサトがビルから出てくると、目の前に見慣れたGT‐Rが止まっていて、窓から彼女の滋が顔を出した

「どうしたの?珍しい」

マサトの仕事が終わるのは午前3時近くである

モデルの滋が出歩くことは、ほぼない時間だ


「ちょっと流したくてさ~付き合ってもらおうと思って」

「俺もちょうど考えたいことがあったんだ」



滋は首都高を通って千葉方面に向かって車を走らせた


「仕事どう?」

ハンドルを滑らかに操りながら、滋が聞いた

真夜中の首都高を走るのはほとんどが大型トラックか長距離バスで、真っ赤なGT‐Rは異様な存在感を放っていた

だが、流動的な車列のなかでは、波間に現れては消え、消えては現れる、浮きのようだった

「代わり映えしないよ。強いて言えば、ミナミの代わりに新しく入ったのがえらく美形でやばい」

「えー?」

滋がクスクスと笑った

「美形ならよかったじゃん」

「そうなんだけど、なかなか一筋縄じゃいかないな。ただでさえ、ミナミが辞めた時に長谷川あいつと揉めたから…」

「復讐のつもりで入ったのに、すっかり馴染んじゃって」

「プレイヤーに罪はないからなあ」



そのことについても滋に謝らなければならなかった



「…5年もあいつの下で働いていたのに、たいした復讐できなかった」

「でも、結果的に仕切ってた店の半分から手を引くことになったんでしょ?女一人の貞操の代償としては充分すぎるくらいだよ」

「ただの女じゃない」


マサトはヘッドライトが照らす路面を見つめて言った

何気ない一言が、滋の心を打つ

その瞬間を拾い集めて、滋はいまにいるのだ

「ありがとね」

「どういたしまして」

二人、横目で目を合わせて笑った

首都高を降りた頃には、空は藍色から碧色へと変化しつつあった

早朝にも関わらず、犬吠埼の駐車場にはたくさんの車が止まっていた

きっと、ひと気などないだろうと思い込んでいたから不思議に思ったが、皆、日の出を見に来ているのだと気づいて腑に落ちた

知らなかったのはマサトだけで、これが犬吠埼の日常なのだ


滋が、海に突っ込むかのような向きで車を止めた

目の前に、赤い線に縁取られた地平線が見えた

「ここなら車から降りなくても見られそうだな」

マサトが言うと、滋は「そうね」と言った




滋の異変にはとうに気づいている

そもそも睡眠不足を何より嫌う滋が、夜中にドライブをすることなんて、よっぽどのことなのだ



「…本当に気分転換だけか?」



こういうことがある度に、マサトは言い知れぬ不安に襲われる

そもそも、日本を代表するトップモデルに数えられる滋が、なんで自分みたいな売れないバンドマンと15年も付き合っているかわからない

だから、いつの頃からか、いつフラれてもいいように、覚悟だけはしていた

そのことについては仕方がないと思う

人間の感情なんて、刻一刻と変化するし、1分で落ちた恋が、1000年続くこともあるだろうし、1000年続いた恋が、1分で終わることもあるだろう


それがいつかわからないのが怖いのだ


いっそのこと、早く終わらせてくれと思うこともある

自分から別れを切り出したいと思うこともある


だが、相手のことを愛している限り、自分から切り出すのはナンセンスだというのが、マサトの考えだった



東の空が明るんで、太陽の光が放射線状に散らばった

そのうちの細い細い1筋が、マサトと滋を照らした

「わたし、モデルを引退しようと思う」



滋は、ハンドルの上に両手を重ね合わせ、そこに右の頬をくっつけて、マサトの方を見た

「大丈夫。マサトに今の生活やめろなんて言わないから」

「でも…」

「そのために最近少しずつテレビの仕事増やしたり、ドラマ出たりしてるんだもん。ぶっちゃけ、モデルより稼げるしね」



そうだったのか

そんな大事なことにすら気がつかなかったなんて、本当に恋人と言えるのかと、マサトは思った



もう、ここで終わりにしてもらおう

滋の幸せを願うなら、それが一番なのだ

例え関係が続いたとしても、今の自分の仕事や立場では、滋の足を引っ張り兼ねない




「…俺にしてほしいことあるか?」

「うん」




捨てられる、という表現はしたくない
せめて道がわかったと言いたい




「言っていいよ。覚悟はで「結婚して」きてるからー」







マサトは唖然として滋を見た

「は?」

「いま、覚悟できてるって言った?」

滋が嬉しそうに微笑んだ




こうして二人の結婚が決まった
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