新宿プッシールーム

はなざんまい

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縄張り争い(1)

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ハセは、入店してから初めて長谷川の顔を見た

長谷川はその視線だけで金縛りにあったようになった


「こないだ行ってきたけど、いい店だな。あれが今時の流行りってやつ?」

開いて置かれた雑誌には、丸々1ページ使って、ミナミのカフェが掲載されていた

店内やテラス、フードメニューの写真の他に、小さくだが、笑顔で写るミナミの写真が載っていた


「何を…言いたいんですか」

身体の震えは抑えることはできても、声の震えは抑えることができない


ハセは細い目をさらに細めて

「この店くれればチャラ」

と微笑んだ




「それは…」

「ここにバイトの女がいるだろ?」

「は?」

急に話の矛先が変わって、長谷川は対応しきれずにいた

「前に【マイン】俺の店で働いてた女だろ。俺に黙って足抜けさせたのか?ババアの店なんかより、それが許せねえ」

ハセの声が次第に低く、鋭くなっていった

アイナのことだ、と気づいた

それを見透かすかのように、鋭い眼光を長谷川に放った

しかし、一瞬で元の表情と声に戻すと、

「実務はあいつらに任せるから、準備しとけよ」

カウンターの二人を見て、席を立った



「うまかったよ」
「じゃーな」

カウンターの二人も、ハセが席を立つと同時に席を立った


「あ、お会計…」

スタッフの一人が、店を出る3人に声をかけようとすると、ボックス席から戻ってきた長谷川が遮った

「そのお客さんはもらってるから大丈夫だよ」

長谷川はそう言うと、マサトの横に座り、ウイスキーのダブルを注文すると、まだジンバックの残っているマサトのグラスを見た

「ジンバックのカクテル言葉は【正しき心】だったか」

「…」

「俺はどうすべきだ?マサト」



マサトを見る長谷川の目は、まっすぐに自分の進むべき道を見つけた目だった

「知ってることを全部話してください。そうですね…2016年3月19日から」

その日付を聞いた長谷川の瞳が揺らいだ

以前は、厚顔無恥も甚だしい、人を食って掛かるような態度だったのに…




(それだけ堪える何かを言われたってことだ)


マサトの頭にミナミがよぎった


(ミナミを人質に取られた?…いや、まさかな)


マサトはその馬鹿げた考えを打ち消した



長谷川のような男が1年以上も彼女持ちのノンケの男を想い続けるなんてあり得ない







長谷川は、スタッフに「しばらく頼むな」と言うと、マサトをバックヤードに連れていった

そこはVIPルームでも応接室でもなく、空いた瓶を入れておくケースが重ねて置かれた、ただの倉庫だった



「普通の店なんですね」

マサトは薄汚れたコンクリートの床を足の爪先でこすった

「なんだと思ってたんだよ」
「怪しい取引が行われる部屋とか…」
「ねーよ。バーなんて、プッシールームお前んとこと違ってカツカツだっての」


長谷川はマサトに、伏せたケースを勧めた
マサトはそこに腰かけた


長谷川はタバコの箱を取り出すと、マサトに勧めた

マサトがそれを断ると、長谷川は自分だけタバコを咥えたが、火はつけなかった

そして唐突に喋りだした



「…あの日、ハセが逮捕された日、俺はハセがその日抱く女を調達してた。最高ランクの女を捕まえるために、【THEATRO】テアトロの知り合いに頼み込んで店に入れてもらったんだ、そこで目をつけたのが滋さんだよ」


マサトはじっと長谷川を見た
マサトが聞きたいのはそんなことじゃなく、そのあとのことだ

マサトの視線に促される形で、長谷川は話し続けた

「滋さんを酔わせて、ハセと落ち合う予定だったホテルに連れ込んだ。その時、お前から電話がかかってきた。俺がマネージャーのフリをして嘘をついたのは、まあ、お前も知っての通りだけど、その直後、仲間の一人から、ハセが逮捕されたと電話があったんだ。だから俺は眠っていた滋さんを残してホテルを出た」


ハセが逮捕された日付を聞いた時から、淡い期待を抱いていた

真実は、いま、長谷川が言ったようなことだったかもしれないと




「…本当だった」

マサトは、鳩尾の底の方から、涙がせり上がってくるのを感じた




滋は傷つけられてなどいなかった

そんな過去を含めて愛していたが、全く気にならないと言えば嘘になる



例えば寝ているとき、滋はうなされることがある
例えば祝いの席、滋は酒を飲まない
例えばセックスのとき、滋はつらそうな顔をすることがある


でもそんなときでも、うっすらと目を開けて、マサトの顔を見てにこりと笑う

だからマサトは、滋を本気で抱くことをしなくなった


こんな健気な女を、一体誰が自分の手で、さらに傷つけることなどできるだろうか



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