新宿プッシールーム

はなざんまい

文字の大きさ
上 下
88 / 113

縄張り争い(2)

しおりを挟む
「悪かったと思ってる。俺がこんな体たらくじゃなければ、何人もの無関係の女性を傷つけることなどなかった。ハセが逮捕されて、一番ホッとしたのは俺なんだ。二度と刑務所から出てくるなと何度も祈った。だから、ハセのあの計画にのったんだ」


長谷川は、咥えタバコを床に落とすと、靴で踏みしめた

結局、火はつけなかった

そんなこともわからなくなるくらい動揺しているのが伝わってきた

そしてまた胸ポケットからタバコを取り出して、今度は火をつけようとした

だが、何度着火ボタンを押しても、火はつかなかった

手汗で滑って、うまく押せないようだった

マサトは立ち上がると、長谷川に代わって火をつけてやった


長谷川は震える手でタバコを吸うと、ボソボソと喋りだした

「弁護士を通して、拘置所にいるハセから連絡があったのは、4月の頭だった」


※※※※※※※※※※※※

「『どっちがヤる?』とのことです」

長年ハセと連れ合っている弁護士が長谷川と芳賀を呼んで告げた言葉は、現実味に欠いていた

しかし、そう思ったのは、その場では長谷川だけで、弁護士も、芳賀も顔色ひとつ変えなかった

「『俺のアリバイがあるうちにヤれ』とのことです」

「何を…」

長谷川は声を絞り出した


副島華そえじまはなとそのシマ」

弁護士はメガネの奥から上目使いで長谷川を見た


「報酬は?」

芳賀が交渉に乗り出した

その時点で、承諾したようなものだ

長谷川はその場から逃げ出したかった

だが、そんなことをすれば、次は自分が狙われるだろう


※※※※※※※※※※※※

「それでリンの義母をったんですね…」

リンが疑った通りだった

ハセにとって、逮捕はアンラッキーだったが、それを逆手にとって、前々から目論んでいたことを実行に移したのだ


「2016年5月20日、芳賀は華が経営するホストクラブの新人を使って、華を店に呼び出した」


※※※※※※※※※※※※


2016年5月20日 午前2時

その日は、密かに組まれた計画に、おあつらえ向きな雨の日だった

新人ホストの研修という名目で、閉店後のホストクラブに呼び出された華は、そこで普段自分が服用している精神安定剤が多量に入ったお酒を、そうと知らずに飲み、昏倒してしまう

実行犯は芳賀と新人ホストの【キリヤ】

長谷川は実行こそは免れたものの、裏切り防止のために、意識を失った華を運ぶ役割を言いつけられ、共犯の烙印を押された



犯行は華の自宅で行われた

目立たないうなじから、極細の注射器で濃度の濃い睡眠薬を注入された華は、昏倒したまま起きることはなかった


自宅の鍵が部屋の中にあり、争った形跡がないこと、就寝中だったことなどから検死されることなく、原因不明の突然死という死亡証明書が書かれたのは、華が実際に死んでから3日後のことだった

発見者は華がかつて結婚していた男の連れ子で、16歳の副島臨そえじまりん

高校を中退し、華が経営するホストクラブでウエイターの仕事をしていた

その日は、店の経理の報告のために華と会う予定だったー



「殺人の実行犯に殺人教唆、犯人隠避、殺人幇助が出揃ったんですね」

共犯なんて名ばかりの、お互いがお互いの足枷のような存在

その一端に長谷川はいたことになる


「特にキリヤは、芳賀とハセに目をかけられ、あんなロクデナシなのに店でもちやほやされるようになった。前々からリンにちょっかいを出していたことは知っていたが、殺人の実行犯になったことで、芳賀やハセの弱味を握ったと思ったのか、リンを強姦する手前までいくほど調子に乗ってたよ」

「だから長谷川さんは、リンをプッシールームに移してそこから救いだしたんですね」

長谷川は否定も肯定もしなかった

前々から長谷川に対して抱いていた違和感、善なのか悪なのかわからない二面性は、自らの葛藤から生まれたものだったのだろう


事件のあらましはわかった

マサトは本題に入ることにした

ここからは、長谷川には身体をはってもらえるかどうかが鍵になる

だがいま、マサトの目の前にいる長谷川こそが真実の姿なら、きっと贖罪してくれる




しおりを挟む

処理中です...