104 / 113
三ケ月、猫たちの夜会
しおりを挟む
いつの間にか、9月も終わりに近づいていた
その日リンは、マサトに呼ばれて渋谷に向かった
リンが到着すると、マサトはすでにホープくんの前に立ちスマホをいじっていた
ハチ公前やモヤイ像前のように、人がたくさんいたらどうしようと思っていたが杞憂に終わった
「お待たせしました」
「大丈夫。他のも遅れてるし」
「俺以外にも誰か来るんですか?」
「おう。お、ちょうど揃ったな」
マサトの視線の先に、鮭児とアットが歩いてくる姿が見えて、リンはドキッとした
いまアットは、3日と空けずにリンと会い、その度に付き合いたてのカップルらしく身体を重ねてはいるが、アットがかつて鮭児を好きだったことを知っているから、複雑な心境だった
「このメンバーを集めたってことは、何か進展はあったのかな?」
合流するなり鮭児が楽しそうに目を細めて言った
「当事者集会なので、鮭児さんはオブザーバー役をお願いします」
マサトはそれだけ言うと、宮益坂に向かって歩を進めた
※※※※※※※※※※※※
店には【closed】の札がかかっていたが、マサトは気にすることなく店のドアを開けた
店には30台後半とみられるバーテンがカウンターに一人いるだけだった
先客は3人
「あれ?タキさんとコタローさん?」
今日はてっきり、ハセの調査結果を踏まえての今後の対策会だと思っていたのに、無関係な二人がいることに動揺した
「お二人もマサトさんに呼ばれたんですか?」
リンは二人の隣に腰かけた
「概要は聞いたけど、きな臭いことになってるね」
「面目ないです」
その時、オークのドアの鈴が鳴り、皆がそちらを見た
入ってきたのは長谷川だった
走ってきたのか、前髪が垂れておでこにへばりついていた
リンは胸のざわつきを覚えずにはいられなかった
長谷川を見ると、どうしてもミナミを思い出してしまう
アット…!
リンはすがるような思いでアットに視線を送った
それに気づいたアットが、鮭児を置いてリンの元にやってきた
「どうした?」
「なんでもない。でもここにいてほしい」
ただならぬリンの様子に、アットはリンの手をそっと握った
それを見たタキとコタローが目を合わせた
そこは、長谷川の知り合いが営むゲイバーだった
本来なら定休日なのだが、この日の密会のために貸してくれたのだという
「まさかこんなところで鉢合わせするなんて。でも色々繋がりました」
タキが隣の席を勧めてくれたが、長谷川は首を横に振り、離れたテーブルに一人座った
どんな顔をしてタキやリンと接していいかわからなかった
リン、ミナミ、それに愛した店のプレイヤー
長谷川の大事なものが、こんなにも危険にさらされている
その状況事態が耐え難かった
だから今夜、すべての計画を整えるのだ
※※※
「大まかな内容は、それぞれに話した通りなんだけど、ここから先は長谷川さんに直接聞きながら進めていった方がいいんじゃないかと思って集まってもらった。新宿だとどこに目や耳があるかわかったもんじゃないからな」
マサトの話に長谷川もうなずいて
「渋谷にハセの店はないからな」
と言った
そして長谷川は、マサトに聞かせたように、リンの継母・華殺害に至るまでのあらましを説明した
「ごめんなさい。つまり皆さんは、ハセをもう一度収監させようとしてるってことですか?ミナミのカフェを守るために?」
タキがすっとんきょうな声を出した
改まって言葉に出されると、こんなにもバカらしく聞こえるのか、と長谷川は思った
だからと言って日和ってはいられない
「ミナミのことだけじゃない。お前も狙われてるんだからな」
マサトが横から口を挟んだ
「俺?」
タキが自分を指差した
長谷川はそれにうなずくと、次はリンを見て、
「それとあとひとつ、俺が一番懸念してることなんだが…」
と言った
皆が固唾を飲んで長谷川の言葉に耳を傾けた
「ハセはお前が取り戻した店には興味ない、と言っていたが、あわよくばと狙ってくるぞ。一度殺人に手を染め、成功体験を得てしまった人間にとって、命の価値は軽い、と俺は思う」
リンの表情が凍りついた
アットがリンの肩に手を回した
その様子を確認して、今度はマサトが口を開いた
「それと、さっきの話。あいつは無類の女好きで、いまでもテメーのキャバクラのコたちを散々食い物にしてるんだが、タキ、長谷川さんの店に行ったことあるな?」
「はい」
「その時、お前のこと気に入ったらしく、長谷川さんに無理難題を押し付けてきている。だから俺たちは急いでやらなきゃならないと判断したってワケ」
そんなこと知らなかった
長谷川からは何も言われていないし、身辺に危険が及んでいるような実感はいまのところない
タキは長谷川を見た
長谷川はかたくなにタキと目を合わせようとせず、ずっと横を向いていた
「過去の殺人を告発して、逮捕してもらうってのはいいけど、長谷川さんの目撃証言以外に、何か証拠はあるの?」
鮭児が口を挟んだ
探偵らしい、現実的な疑問だ
「当時はあった…いつ処分されていてもおかしくはないと思うが、まだある可能性もある。あそこの部屋…華さんが住んでいた部屋に、すべて置いてきたからー」
リンの脳内で、記憶と、最近の出来事が繋がった
「上落合…」
リンの呟きに、鮭児がピクリと反応した
「今のハセの家か…」
長谷川がリンの肩を揺さぶった
「お前は、そこに行ったことがあるな?」
「あります…ある…」
リンは店員に紙とペンを借りると、間取りを書き始めた
「変わった家だったんです。1LDKなんですが、風呂が部屋の真ん中にあって…」
皆がリンの元に集まり、その手元に注目した
部屋は簡単に言えばロの字型だった
風呂とトイレを囲んでキッチン、リビング、寝室が配置されていて、トイレはリビングから、風呂には寝室から入る
台所に面した壁以外、風呂場はガラス張りで、リビングや寝室から中が丸見えなのだ
「元からこの間取り?なんかエッチーね」
鮭児が指摘した
「俺もよく知らないんですが、相当探したみたいです。継母は、理想の間取りだとよく言ってました」
「そのガラス張りの風呂場は、目隠しできるの?」
タキが聞いた
「中にカーテンレールがあったんですが、取り外されてました」
マサトの心に黒い靄のような疑念が生まれた
そして、
「リンは、泊まったことあるのか?」
と聞いた
「はい、2回ほど。継母は一緒に住むように勧めてくれましたが、俺はあの家は落ち着かなくて嫌いだったから…」
マサトの嫌な予感は的中した
でも、それが本当だとしたら、華がハセよりリンに遺産を残そうとした理由が納得のいくものになる
その時、マサトに視線を送る者がいた
タキだった
※※※
マサトの提案で、一度休憩することにした
マサトはタキを誘って店の外に出た
「何か言いたげだな」
「まあ、あれだけ環境が整っていれば、みんな気づいたんじゃないですか?」
「どうだろうな」
「あなたこそ。風俗店の店長にはもったいないですよ。探偵の方が向いてるんじゃないですか?」
「長年敵のもとに潜入してた甲斐があったなあ」
ハハハと二人で笑った
そこへ、オークのドアが開いて、鮭児が顔を出した
「俺も入れて。そこの美人のお兄さん、3Pは好き?」
「ふふ。好きですよ」
タキに微笑まれて、鮭児はにやにやと笑った
マサトが鮭児のためにドアを開けた
鮭児は恭しくお辞儀をして外に出てくると、ドアが完全に閉まるのを待って、
「継母が実はショタコンで、自分を狙ってたなんて信じたくもないわな。あの間取りを探してくるあたり、バラすつもりはなかったとしても執念を感じるよ」
マサトとタキがうなずいた
その日リンは、マサトに呼ばれて渋谷に向かった
リンが到着すると、マサトはすでにホープくんの前に立ちスマホをいじっていた
ハチ公前やモヤイ像前のように、人がたくさんいたらどうしようと思っていたが杞憂に終わった
「お待たせしました」
「大丈夫。他のも遅れてるし」
「俺以外にも誰か来るんですか?」
「おう。お、ちょうど揃ったな」
マサトの視線の先に、鮭児とアットが歩いてくる姿が見えて、リンはドキッとした
いまアットは、3日と空けずにリンと会い、その度に付き合いたてのカップルらしく身体を重ねてはいるが、アットがかつて鮭児を好きだったことを知っているから、複雑な心境だった
「このメンバーを集めたってことは、何か進展はあったのかな?」
合流するなり鮭児が楽しそうに目を細めて言った
「当事者集会なので、鮭児さんはオブザーバー役をお願いします」
マサトはそれだけ言うと、宮益坂に向かって歩を進めた
※※※※※※※※※※※※
店には【closed】の札がかかっていたが、マサトは気にすることなく店のドアを開けた
店には30台後半とみられるバーテンがカウンターに一人いるだけだった
先客は3人
「あれ?タキさんとコタローさん?」
今日はてっきり、ハセの調査結果を踏まえての今後の対策会だと思っていたのに、無関係な二人がいることに動揺した
「お二人もマサトさんに呼ばれたんですか?」
リンは二人の隣に腰かけた
「概要は聞いたけど、きな臭いことになってるね」
「面目ないです」
その時、オークのドアの鈴が鳴り、皆がそちらを見た
入ってきたのは長谷川だった
走ってきたのか、前髪が垂れておでこにへばりついていた
リンは胸のざわつきを覚えずにはいられなかった
長谷川を見ると、どうしてもミナミを思い出してしまう
アット…!
リンはすがるような思いでアットに視線を送った
それに気づいたアットが、鮭児を置いてリンの元にやってきた
「どうした?」
「なんでもない。でもここにいてほしい」
ただならぬリンの様子に、アットはリンの手をそっと握った
それを見たタキとコタローが目を合わせた
そこは、長谷川の知り合いが営むゲイバーだった
本来なら定休日なのだが、この日の密会のために貸してくれたのだという
「まさかこんなところで鉢合わせするなんて。でも色々繋がりました」
タキが隣の席を勧めてくれたが、長谷川は首を横に振り、離れたテーブルに一人座った
どんな顔をしてタキやリンと接していいかわからなかった
リン、ミナミ、それに愛した店のプレイヤー
長谷川の大事なものが、こんなにも危険にさらされている
その状況事態が耐え難かった
だから今夜、すべての計画を整えるのだ
※※※
「大まかな内容は、それぞれに話した通りなんだけど、ここから先は長谷川さんに直接聞きながら進めていった方がいいんじゃないかと思って集まってもらった。新宿だとどこに目や耳があるかわかったもんじゃないからな」
マサトの話に長谷川もうなずいて
「渋谷にハセの店はないからな」
と言った
そして長谷川は、マサトに聞かせたように、リンの継母・華殺害に至るまでのあらましを説明した
「ごめんなさい。つまり皆さんは、ハセをもう一度収監させようとしてるってことですか?ミナミのカフェを守るために?」
タキがすっとんきょうな声を出した
改まって言葉に出されると、こんなにもバカらしく聞こえるのか、と長谷川は思った
だからと言って日和ってはいられない
「ミナミのことだけじゃない。お前も狙われてるんだからな」
マサトが横から口を挟んだ
「俺?」
タキが自分を指差した
長谷川はそれにうなずくと、次はリンを見て、
「それとあとひとつ、俺が一番懸念してることなんだが…」
と言った
皆が固唾を飲んで長谷川の言葉に耳を傾けた
「ハセはお前が取り戻した店には興味ない、と言っていたが、あわよくばと狙ってくるぞ。一度殺人に手を染め、成功体験を得てしまった人間にとって、命の価値は軽い、と俺は思う」
リンの表情が凍りついた
アットがリンの肩に手を回した
その様子を確認して、今度はマサトが口を開いた
「それと、さっきの話。あいつは無類の女好きで、いまでもテメーのキャバクラのコたちを散々食い物にしてるんだが、タキ、長谷川さんの店に行ったことあるな?」
「はい」
「その時、お前のこと気に入ったらしく、長谷川さんに無理難題を押し付けてきている。だから俺たちは急いでやらなきゃならないと判断したってワケ」
そんなこと知らなかった
長谷川からは何も言われていないし、身辺に危険が及んでいるような実感はいまのところない
タキは長谷川を見た
長谷川はかたくなにタキと目を合わせようとせず、ずっと横を向いていた
「過去の殺人を告発して、逮捕してもらうってのはいいけど、長谷川さんの目撃証言以外に、何か証拠はあるの?」
鮭児が口を挟んだ
探偵らしい、現実的な疑問だ
「当時はあった…いつ処分されていてもおかしくはないと思うが、まだある可能性もある。あそこの部屋…華さんが住んでいた部屋に、すべて置いてきたからー」
リンの脳内で、記憶と、最近の出来事が繋がった
「上落合…」
リンの呟きに、鮭児がピクリと反応した
「今のハセの家か…」
長谷川がリンの肩を揺さぶった
「お前は、そこに行ったことがあるな?」
「あります…ある…」
リンは店員に紙とペンを借りると、間取りを書き始めた
「変わった家だったんです。1LDKなんですが、風呂が部屋の真ん中にあって…」
皆がリンの元に集まり、その手元に注目した
部屋は簡単に言えばロの字型だった
風呂とトイレを囲んでキッチン、リビング、寝室が配置されていて、トイレはリビングから、風呂には寝室から入る
台所に面した壁以外、風呂場はガラス張りで、リビングや寝室から中が丸見えなのだ
「元からこの間取り?なんかエッチーね」
鮭児が指摘した
「俺もよく知らないんですが、相当探したみたいです。継母は、理想の間取りだとよく言ってました」
「そのガラス張りの風呂場は、目隠しできるの?」
タキが聞いた
「中にカーテンレールがあったんですが、取り外されてました」
マサトの心に黒い靄のような疑念が生まれた
そして、
「リンは、泊まったことあるのか?」
と聞いた
「はい、2回ほど。継母は一緒に住むように勧めてくれましたが、俺はあの家は落ち着かなくて嫌いだったから…」
マサトの嫌な予感は的中した
でも、それが本当だとしたら、華がハセよりリンに遺産を残そうとした理由が納得のいくものになる
その時、マサトに視線を送る者がいた
タキだった
※※※
マサトの提案で、一度休憩することにした
マサトはタキを誘って店の外に出た
「何か言いたげだな」
「まあ、あれだけ環境が整っていれば、みんな気づいたんじゃないですか?」
「どうだろうな」
「あなたこそ。風俗店の店長にはもったいないですよ。探偵の方が向いてるんじゃないですか?」
「長年敵のもとに潜入してた甲斐があったなあ」
ハハハと二人で笑った
そこへ、オークのドアが開いて、鮭児が顔を出した
「俺も入れて。そこの美人のお兄さん、3Pは好き?」
「ふふ。好きですよ」
タキに微笑まれて、鮭児はにやにやと笑った
マサトが鮭児のためにドアを開けた
鮭児は恭しくお辞儀をして外に出てくると、ドアが完全に閉まるのを待って、
「継母が実はショタコンで、自分を狙ってたなんて信じたくもないわな。あの間取りを探してくるあたり、バラすつもりはなかったとしても執念を感じるよ」
マサトとタキがうなずいた
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる