ドラゴノア -素質なき愛姫と四人の守護竜騎士-

高柳神羅

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第4話 愛姫を溺愛する兄弟たち

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 その地を統治する竜人ドラゴノアの種の名を取って名付けられた町、ケテル。その中心地よりやや北側にずれたところにある一等地の一角に、ミラたちが暮らすアヴィル家の屋敷はあった。
 白煉瓦で組み上げられた、二階建ての広い建物。庭は屋敷の二倍以上の敷地面積を誇り、ワイバーン専用の厩舎が備えられ、整えられた花壇には様々な種類の薔薇の花が咲き誇っている。正面玄関の前には噴水もあり、まさに支配者階級の一族が住まう物件らしい装いである。
 そんな、庶民であれば誰もが憧れるであろう優雅な住まいの庭先に、つい先程ミラの故郷の村から戻ってきたミラとナギの姿があった。
「──で。よくぞここまで見事に花壇ひとつを丸ごと爆砕させられたものだな、お前は」
「うわぁぁごめんよぉぉぉぉ!」
 大穴が空いて辺りに柵の残骸やら土やらが飛び散り無残な有様となったその場所で、全身泥だらけでぐっちゃぐちゃになったナギが地面に転がった格好のまま泣き喚いている。
 両手は紫に輝く光の縄のようなもので後ろ手に拘束されており、足首にも同様のものが巻き付けられている。
 彼にそれを施したその人物は、腕を組み、冷酷な眼差しでナギのことを見下ろしていた。
「折角改良に改良を重ねて配合した畑用の土が目標量に達したから、ようやく畑の試作に移行できたというのに……お前の愚行で台無しになった。材料の調達からまたやり直しだ。……それともお前が代わりに肥料になるか? ナギ」
 白髪に白肌、白い瞳はナギと共通の特徴だ。ただし彼はナギよりも少しばかり長身で、身が細く、髪型はストレートのオールバックである。礼服もきっちりと襟元を締めて着こなしており、如何にも真面目で固い印象を受ける細面の美丈夫だ。
 眼鏡のレンズの奥で、切れ長の双眸が一層細まり先を尖らせてナギのことを睨んでいる。
 彼が他者に対して当たりがきついのは普段からのことではあるが、今日はいつにも増して怒ってるみたいだなぁ、と傍らのミラはそんなことを独りごちたのだった。
 と、悠長に眺めている場合ではない。このまま彼らを放置しておいたら、冗談抜きでナギが畑の肥やしにされてしまう。
「……あ、あの……シュイさん。ナギさんは、わざと花壇を壊したわけじゃないんです。ナギさんは、カラスを追い払おうとして……」
「それは既にこいつから聞いた。ついでにたかがカラス一羽排除するために『ほんの少しばかり』派手に暴れたことも聞いた」
 はぁ、と心底呆れきった様子で溜め息を漏らすシュイ。
「……カラスを追い払おうとしたのはいい。そのために本来ならば『有事』の時以外は開放するべからずと種全体で厳しく制限されている竜の力を使ったことも、まあ敷地内でのことだから兄弟の名に免じて目を瞑っておいてやる。──だが、俺が多大な労力を費やして作り上げた畑の土を単なる屑へと変えてくれた罪だけは、見逃すわけにはいかん。その体で償ってもらうぞ」
「だから謝ってるじゃん! ミラちゃんも怒ってないって言ってるじゃんかよぉぉぉ!」
「彼女が許しても、俺が許していない。よって粛清決定だ。骨の一本くらいは覚悟しておけ」
「いやああああ!」
「もう、シュイもナギもそんな大声で騒がないでよ、塀の外で人が見てるじゃない……ファズが怒ってたよ? 近隣に迷惑かけたら謝りに行くことになるのは当主代理の俺なんだから少しは考えて行動しろって言ってたよ。夕飯抜きになっても知らないからね、俺」
 ワイバーン厩舎の方から、巨大な麻袋を担いだ大柄な青年が歩いてきた。
 二メートルはあろうかという長身に、がっしりとした逞しい体つき。しかし首から下の男らしさに反して、緩く内側にカールしたミディアムマッシュヘアや丸みを帯びた顔つきが何とも柔和な雰囲気を感じさせる、そんな男である。
 肌や髪の色は兄弟たちと同じだが、瞳の色は分からない──というのも、彼が目元を奇妙な赤い模様を描いた黒い布で覆い隠しているからだ。彼曰く、瞳の色は兄弟たちと同じ色をしているとの話だが、人前で決して布当てを取ろうとしない彼の目を直に見たことがないミラにとっては、彼の目に関してははこの屋敷に言い伝えられている七不思議と同等の謎扱いになっていた。
 彼はミラの隣に来ると、担いでいた麻袋をぼすんと足下に下ろしてふぅっと一息ついた。
「ごめんね、ミラちゃん。ナギのおバカとシュイのつまらない小言に付き合わせちゃって。ミラちゃんまで一緒になって胃を痛める必要なんてないのにね」
「い、いえっ、私、嫌だとかそういうことなんて全然思ってませんからっ!」
 ミラは慌ててぶんぶんとかぶりを振った。
 咄嗟の言い繕いではない。ミラは本当に、彼らのこの遣り取りに対して不快感は抱いていないのだ。
 喧嘩するほど仲が良い、という言葉がある。それくらい気兼ねなく喧嘩し合えるほどの仲である彼ら兄弟のことを、彼女は心の底から羨ましいと思っているのである。
 ミラは、一人っ子だった。それ故に、余計に兄弟姉妹というものに憧れを抱いているのだろう。
 青年──ウルはくすりと微笑むと、ガタイの良い体に相応しい大きな掌でミラの頭を優しくぽふぽふと撫でた。
「ミラちゃんは本当に優しい子だね。君みたいないい子を娶れるセトが何だか羨ましいよ。……まぁ、君と兄妹になれたってだけでも、俺たちも物凄く恵まれてるのかもしれないけれどね」
「……そういえば、セトさんはまだお帰りになられていないのですか?」
「うん。氏族会議って色々と面倒臭いらしくてね。けど、そのうち帰って来るだろうし心配はいらないよ。……今のうちに風呂入ってきちゃったら? 畑仕事して汗一杯かいてるだろうし、夕飯の前にさっぱりしておいでよ」
 と、彼は身を屈めてミラの耳元に唇を寄せると、小声で囁いた。
「実はね、新しい石鹸があるんだよ。シュイが行商人の店で見つけて買ってきたらしいんだけど、液体石鹸っていう香油みたいな石鹸なんだって。泡立ちやすくて髪とか洗いやすいんだってさ。何か大量にあったから、使わせてもらいなよ」
「え、でもシュイさんのものを、勝手に使ったりしたら……」
「大丈夫大丈夫、本当に呆れるくらいに大量に買ってきたらしいから。ファズが愚痴ってたくらいだし。それにミラちゃん相手に目くじら立てたりなんてしないよ、シュイは。だから遠慮しないで使っちゃいな?」
「……は、はい」
 行ってらっしゃーい、と背を押されて手を振られながら見送られて、ミラはシュイの怒声とナギの悲鳴を背後に聞きつつ、あれは流石に止めた方が良かったんじゃないかなぁと気にしながらも玄関をくぐって屋敷の中に入ったのだった。
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