三十路の魔法使い

高柳神羅

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第49話 神が増えた

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 人が一日かけて進む距離を、竜はどのくらいの時間で進むことができるのだろうか。
 数学が苦手な俺はそれを考えようと思う気すら起こらないが、そんな俺でも比較にならないと分かるくらい、アルマヴェイラの飛行速度は速かった。
 しかしアルマヴェイラに言わせると、これはまだまだ本気の速度ではないらしい。これ以上速度を上げたら背中に乗っている俺たちを落としてしまうから、敢えて今の速度に落としているのだと彼女は言うのだった。
 それでも俺からしてみたら十分に速いと思うけどな。アルマヴェイラが風の結界を体の周囲に張っているお陰で風を全然感じないから体感的にはそれほどでもないように思えるが、流れていく景色の速さを見ている限りでは下手なジェットコースターよりも速度が出ていると思うんだよ。
 そんな速度で休憩もなく日が暮れるまでぶっ通し飛び続けたら、一体どれくらいの距離を移動することになるのか……
 現在地が分からないためそれは結局分からなかったが、幾つもの平野や森、山を越えた先にあった小さな湖の畔に、俺たちは降り立った。
 日が暮れたので、今日の移動は此処までだ。俺たちは早速、野宿の準備をするために辺りの散策を始めたのだった。

 竈の上に載せられた鍋から、スパイシーな香りが漂っている。
 俺はお玉で掬った鍋の中身を口に含み、よく味わって、うんと頷いた。
「結構美味くできてるじゃないか。よし、早速米を……」
 ボトムレスの袋から人数分の皿を取り出して、炊きたての米を盛り付け、鍋の中身をその上に掛けていく。
 スプーンを添えて、焚き火の傍で腹を空かせて待っている皆のところへと持って行った。
「ほら、飯ができたぞ」
「よっ、待ってました! おっ……この匂いはカレーじゃねぇか! 嬉しいね、カレー食うのなんて何ヶ月ぶりだろうなぁ……」
 皿を受け取って、やたらと感激した様子でその匂いを嗅ぐリュウガ。
 そう。今日の夕飯として俺が作ったのは、妖異の肉を使ったカレーなのだ。
 ルミルーラ草の匂いがカレーにあまりにもそっくりだったから、近いうちに食べたいって思ってたんだよな。
 使ったのは日本じゃロングセラーで今でも人気が根強いメーカーのカレールーだから、味にハズレはないと思う。中辛だし、辛いのが苦手だったとしても問題なく食べられるはずだ。
 フォルテとユーリルは流石にカレーは知らないものの、この匂いには覚えがあるようで、皿に視線を落としながら小首を傾げていた。
「これ……ルミルーラ草の匂いよね? ルミルーラ草って食べられたの?」
「いえ……薬品の材料になる薬草は基本的に食用には向かないと言いますけど……」
「違うよ、これはカレーライスって言うんだ。俺の故郷じゃ大人も子供も大好きな人気の料理なんだぞ」
「そうだったの? まあ、ハルの作る料理が不味いなんてことはまずありえないって思ってるけどね!」
 言って、何の躊躇いもなくスプーンで掬ったカレーを口に入れるフォルテ。
 俺の料理の腕を信用してくれるのは嬉しいが……俺だって失敗することはあるんだぞ。少しは未知の料理に対する警戒心を持ってくれよ。
 まあ、変なものを出すつもりもないけどな。俺は。
「んーっ、美味しい! ちょっと辛いんだけど、それがいいわ! これなら幾らでも食べられそう!」
「本当……今までに味わったことのない味ですね。野菜の甘みも感じますし、これなら野菜嫌いの人でも食べられるのではないでしょうか? 私はこの味好きですよ」
 二人はにこにこ顔で、次々とカレーを口に運んでいる。
 やっぱりカレーは正義のメニューだな。異世界人の心もがっちりと鷲掴みだ。
 ヴァイスもカレーの味を気に入ったのか、器に顔を突っ込んでばくばくとカレーを食べている。
 ああ、口の周りがカレーでべちゃべちゃだな。毛並みが白いから余計に目立ってるよ。後で洗ってやらなきゃな。
 リュウガは久々のカレーにありつけたのがそんなに嬉しかったのか、何度も美味い美味いと言いながら一口ずつ味わって食べていた。
 アルマヴェイラはというと、流石にカレーは口に合わないようだったが流石に何も食べさせないわけにもいかなかったので、山盛りのリンゴを日本から召喚してそれを出してやった。
 竜は基本的に雑食で、川から魚を採ったり山で動物を狩ったり木の実を採ったりして、それを食糧にしているらしい。巨体の割に一度に必要とする食事の量は人間の一回の食事量と殆ど差はないらしく、一日に一度食べればそれで十分に腹が持つのだそうだ。
 アルマヴェイラは日本産のリンゴを、こんな美味い木の実は食べたことがないと言って美味しそうに食べていた。口に合ったようで何よりだ。
 因みに今回の召喚にかかった費用だが、財布の中身を確認してみたら、リンゴ一個につき一ルノ取られていることが判明した。
 リンゴ一個の値段は、時期にもよるが日本では安いものだと百円くらいが相場だから、一ルノの価値は日本円に換算すると約百円だということが分かる。
 このレート情報は、今後日本から物を召喚するに当たって重要な情報だ。覚えておくことにしよう。
 そんな感じで腹を満たした皆は、水浴びをしに湖へと移動していった。野宿中は基本的に体を拭くこともできないことの方が多いため、水辺にキャンプを作ったら水浴びをして体を洗うのが当たり前なのだそうだ。
 俺はというと、一人残って皿洗いだ。
 桶に弱い水魔法を使って綺麗な水を貯めて、そこに皿を突っ込んで洗っていく。カレーは油分が強いからな、いつもよりしっかりと洗わないと。
 ……やっぱり、洗剤とかあった方がいいのだろうか。でも、洗剤なんてこの世界には存在しないものだから迂闊に使って自然に変な影響を出すのも嫌だし……
 そんなことを考えながら黙々と皿を洗っていると、頭の中に突如として騒がしい声が。
『……いつもやってることなんだろ? 躊躇ってないで早いとこやれよ。ほら』
『ちょっと、そう急かさないでちょうだい! 対話するにも一応ルールってものがあるんだからっ』
 これは……アルカディアの声、だよな。
 向こうからこっちに話しかけてくる時は、まず間違いなくビールの要求がある時だ。あの酒飲み女神はそれ以外に関することで俺に興味を持っていないのだから、そこは疑いようもない。
 でも……確か前回ビールを献上したのは二日前だったよな? まさかもう飲み尽くしたとか言う気じゃないだろうな。
 ビールを献上するのは五日に一度って向こうが決めたことなのだから、自分で言ったことくらいはちゃんと責任を持ってほしいものである。
 それに、一緒に聞こえてくる男の声。こいつは一体誰なんだ?
 アマテラスとはまた違うようだし……また違う神のお出ましなのか。だとしたら地味に面倒だな。
 神の要求って、大抵ろくなものじゃないってアルカディアの相手をしてて嫌ってほどに思い知ったからな。
『繋がったか? どうなんだよ、おい』
『うるさいわね、貴方はちょっと黙っててちょうだい! ……あー、おっさん君。私よ。アルカディアよ。聞こえてるかしら? 聞こえてたら返事をしてちょうだい』
 この女神は……いつになったら俺のことをちゃんとした名前で呼んでくれるようになるのだろう。
 まあいいか。細かいことは気にするだけ無駄だ。特にこの女神に関しては。
 俺は皿洗いの手を止めて、応えた。
『はいはい、ちゃんと聞こえてるよ。何だよ、ひょっとしてもうビールを飲み尽くしたって言う気じゃないだろうな。言っとくけどビールを献上するのは五日に一度ってあんたが決めたことなんだからな。自分で決めたことはきちんと守れよ。神なんだから』
『ぎくっ……そ、そんなことあるわけないじゃない。やぁね、私は神なんだからちゃんと言ったことは守るわよ。決まってるじゃないの』
 明らかに動揺した様子のアルカディア。
 ああ、やっぱり五日間持たせられずに飲み尽くしたんだな……と俺は悟った。
『ならいいけどさ。一体何の用だよ。ビールをたかる以外にあんたが俺に話しかけてくることってないからな。用件の想像が付かないんだが』
『それは、その……』
『ああもう、まだるっこしいな。どけ、アルカディア』
『あっ……ちょっと、いきなり何するのよっ!』
 再び騒がしくなる神界。
 何やら二人でわーわーと言い合った後、その騒ぎがぴたりと収まり、先程から時々聞こえてきていた男の声がはっきりと聞こえてきた。
『よう、異世界人。オレとは一応初対面になるのか? だったらちゃんと自己紹介しないとな』
 何だかリュウガっぽい雰囲気の男だな。ああ、神界にいるから男神か。
『オレはソルレオン。この世界を管理してる神の一人で、此処にいるアルカディアとはそれなりに親しい仲にある。気軽にソルレオンって呼んでくれていいぞ』
 アルカディアと仲良しの神……つまり、酒飲み仲間か何かか?
 アルカディアの奴、俺との接触を周囲に知られないように節度を持ってるって言ってたけど、遂にバレたんだな。
 まあ、いいけど。神が増えたってことで、俺のところに転がり込んでくる面倒事が増えたのは確定事項だし。
 面倒なことになったもんだ。
 俺は空を見上げて大きな溜め息をついたのだった。
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