三十路の魔法使い

高柳神羅

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第54話 師匠の決断と弟子の決意

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 円卓の賢者。
 この世界で最強の魔法技能を持った魔法使いの集団で、全部で十二人存在するという。
 円卓の賢者は複数の種類の魔法を操ることができるそうで、その中の一人であるミライは主に神聖魔法と創造魔法を得意としているのだそうだ。
 成程……戦い向きの魔法を習得していないのか。それじゃあさっきみたいな場面で人に助けを求めるのも無理はないよな。
 そんな感じで戦うことに関してはまるで向いていない彼女ではあるが、彼女には円卓の賢者一と言っても過言ではない並外れた記憶力と探究心があった。
 彼女は魔道大全集に記録された全ての魔法に関する知識を持っており、それに留まらず創造魔法を使う時に必要になる数千にも及ぶ合成のレシピを記憶していた。その能力を評価され、魔法に関するありとあらゆる知識や記録を保管する研究施設──アインソフ魔道目録殿の管理責任者に任命され、以来三十年近く、研究を続けてきたのだという。
「……三十年?」
「はい」
 思わず問い返す俺に、彼女はにっこりと笑って答えた。
「わたし、こう見えて今年で五十二になりますぅ。見えませんよねぇ、よく驚かれるんですよぉ」
 何でも昔魔法の研究の最中に試作した魔法薬をうっかり被ってしまい、そのせいで肉体年齢が逆行してしまったらしい。
 しかし幼くなったところで特に施設の管理や円卓の賢者としての務めを果たすのに支障はないので、敢えて放置しているのだそうだ。
 見た目は十五そこらの少女だっていうのに、五十二って……俺より年上じゃないか。何てこった。
 賢者っていうから年寄りが出てくるのかなって思ってたから、こんな若い子が賢者だなんて良い意味で予想を裏切られたなって思ってたのに、何だか複雑な気分である。
 この分だと、他の賢者とやらも年季の入った年寄りの可能性が高そうだ。

「着きました。此処がアインソフ魔道目録殿ですぅ」

 俺たちはミライの案内で、ファルティノンの中心地に近い場所にあるアインソフ魔道目録殿に到着した。
 外観は、世界的に有名なあのルーヴル美術館によく似ていた。壁の色は純白だしピラミッドもないが、城っぽく等間隔に窓が並んでいる造りとかが如何にもそれっぽい。一階建てだが横に広い、大きな建物だ。
 中に入ると、物凄い大量の書物とそれを納めた大量の本棚が俺たちを出迎えた。
 壁そのものが本棚なんじゃないかと思えるくらいにぎっしりと隙間なく並べられた巨大な本棚に、ずらりと並んだ書物たち。此処は魔法に関する記録を保管している場所らしいから、おそらくこれら全てが魔法書なのだろう。魔法書ってこんなに数があったんだな。初めて魔道大全集以外の普通の魔法書を目にした俺は、その数の多さに圧倒された。
 此処に勤めている職員だろう、ミライと同じ服装の老若男女が、両手に本を抱えて忙しそうに歩き回っている。
 因みに、見た目が明らかに動物であるヴァイスが建物の中に入っても、特に何も言われることはなかった。元々此処が動物禁制の施設でないからなのか、それともヴァイスが召喚獣であると見抜かれているからなのかは分からなかったが、何も問題が起こらないというのは有難い。
 天井に浮かんだ魔法の明かりが昼間の太陽のように明るい。それに照らされながら、俺たちはミライに連れられて建物の奥へと向かう。
 本棚の間に挟まるようにして設けられていた焦げ茶色の扉。観音開きになっているそれを開くと、色々な形の棚や道具で溢れ返った部屋があった。この雑然とした雰囲気、何か俺が勤めていた会社のオフィスにちょっと似ているな。
 ミライは部屋の最奥にある小さな机の前に無造作に放置されていた椅子を机に背を向ける形に置き、そこに腰掛けた。
「では、改めまして、わたしがアインソフ魔道目録殿の管理責任者、ミライですぅ。貴方たちの御用件をお伺い致しますぅ」
「……おい、ユーリル」
「あ、は、はい」
 俺に肘で脇腹を小突かれて、ユーリルはまだ微妙に場の雰囲気に圧倒されている様子を見せながらも、俺たちの前に歩み出た。
 これまでの旅の中で、片時も手離すことがなかった魔道大全集。それをミライの前に差し出して、言う。
「私のお師匠様から……これを、貴女にお届けするようにと仰せつかりました」
「お師匠さん、ですかぁ?」
 怪訝そうな顔をして、ユーリルから魔道大全集を受け取るミライ。
 書物の表紙に視線を落とし、表紙に描かれている魔法陣を人差し指の腹でついと撫でて──ややあって、ああと納得したように微笑みながら頷く。
「ああ、これは……グランスからのお手紙じゃないですかぁ。懐かしいですねぇ。グランスにお弟子さんがいるなんて、初めて知りましたよぉ。彼は、お元気ですかぁ?」
 ユーリルの師匠の名はグランスと言うようだ。
 ユーリルはこくりと頷いた。
「ええ、特に大きな病気を患うこともなく、過ごしておいでです」
「そうですかぁ。それは何よりですぅ」
 何でも、ユーリルの師匠であるグランスという男は、かつて此処ファルティノン王国に仕える宮廷魔道士の一人だったらしい。魔法使いとしてかなり優秀な力を持っていたらしく、彼に複数の魔法を操る才能さえあれば円卓の賢者になることも不可能ではなかったとまで言われていた男なのだそうだ。
 若かりし頃のミライは当時のグランスとは懇意の仲だったらしく、色々な相談を持ち掛け合う間柄だったらしい。
 ミライは魔道大全集の表紙に掌を添えて静かに念じ始め、そこから一枚の羊皮紙を取り出した。
 あれに、あんなものが隠されていたのか……全然気付かなかったな。
 彼女は取り出した羊皮紙の紙面に目を向けて、そこに書かれている文章を黙読し、羊皮紙と魔道大全集を机の方に置いた。
 膝の上に手を置いて、まっすぐにユーリルの顔を見つめて、口を開く。
「グランスからのお手紙ですが……貴方のことについてが書かれていましたぁ。ユーリル・アロングランデさん」
「え?」
 唐突の言葉に、目を瞬かせるユーリル。
「お師匠様は、何と……」
「えっとですねぇ……貴方を、わたしの助手としてこのアインソフ魔道目録殿で働かせてやってくれないか、というお願いですぅ」
 ミライは語る。
 ユーリルは、真面目ではあるが結果に恵まれない弟子だった。長いこと努力と鍛錬を重ねても一向に魔法がひとつも使えるようにならない彼を見て、師であるグランスは思ったのだという。
 おそらく、ユーリルには魔法使いとしての才能が最初からなかったのだろう、と。
 しかし、絶対に魔法使いになるんだと意気込んで日々鍛錬を続けるユーリルを見ていたら、とてもそのことを言い出す気にはなれなかったのだという。
 そこで、グランスは考えた。魔法使いになるのが無理でも、ユーリルには長年の勉強で培ってきた専門書にも劣らぬ知識がある。何かしら魔法に関わる仕事に携わることができたら、ユーリルの今までの努力も無駄にならないのではなかろうかと。
 グランスはユーリルに相応しい仕事は何なのかを考え、その折にかつて自分が親しくしていた一人の魔法使いのことを思い出した。今では魔法王国で円卓の賢者としても活躍をしているミライならば、喜んでユーリルを世話してくれるのではないかと思ったのだ。そして、その旨を伝えるための手紙をしたため、手元にあった魔道大全集にその手紙を封じ、届け物と称してユーリルにそれを渡して彼をミライの元へと旅立たせた。
 グランスは、決してユーリルのことを見限ったのではない。しかし彼のこれからの人生を考えたら、いつまでも自分の手元に置いて形にならない修行を続けさせるよりかは思い切ってそうした方が良いだろうと思い、そうしたのだ。
「他ならぬグランスのお願いですぅ。ユーリルさん、もしも貴方にその気があるのなら、わたしは快く、貴方を助手としてお迎えしようと思いますぅ。でも、わたしの意思を押し付けるようなことはしません、決めるのは貴方ですぅ」
「…………」
 ユーリルは俯いた。
 きゅっと唇を噛んで、ゆっくりと両手を拳の形に作って。
 何故か俺の方を盗み見るようにちらりと見ながら、言った。
「……私は、ずっと、魔道士になるために修行を積んできました。魔法の勉強だって毎日欠かさずに続けてきました。それを、今更、魔法の才能が全くないなんて言われても……」
 力の篭もった目から、涙が一粒、零れて落ちた。
「……そんな簡単に諦められるわけ、ないじゃないですか。私は、魔道士になることに人生の全てを賭けていたのに……今更、そんな……!」
 エルフの人生は長い。人間で言えばまだ二十歳ほどの歳しか取っていない彼ではあるが、それでも彼が百年近くの時間を魔法使いになるための修行に費やしてきたという事実は変わらない。
 それを急に諦めろと言われても、納得できないだろう。それくらいは俺にだって理解はできる。
 ユーリルの感情を察したのだろうか、ヴァイスがくぅんと小さく鳴きながらユーリルの顔を足下から見上げている。
「……あ、あのね。ユーリル……」
 重くなったこの空気に耐えられなくなったのか、フォルテがユーリルに声を掛けた。
 その時だった。

 っごぅん!!

 建物全体が、激しく揺れた。
 揺れに耐えられなかった棚が倒れ、上に載っていた物がばらばらと床に散っていく。
 ……何だ、今のミサイルを叩き込んだみたいな派手な音は。アルテマを建物にぶつけたとしてもここまでの音は鳴らないぞ。
 それまでユーリルに優しい眼差しを向けていたミライが、一転して険しい面持ちになった。
「今のは……建物の結界に何か魔法がぶつかった音ですねぇ。それも普通の魔法じゃない、威力が常識を逸脱していますぅ」
「…………」
 ぴく、と反応を示すリュウガ。
 彼は真面目な顔をして俺たちの顔を見回し、言った。
「……何かヤバイ予感がするぜ。早いとこ状況を確認しに行った方がいいんじゃねぇか?」
「そうですねぇ。わたしもそう思いますぅ」
 ミライは席を立った。
「わたしは外に出てみますぅ。皆さんは、安全のために此処にいて下さぁい」
「……あんたじゃ何かあった場合身を守ることができないだろ。俺も一緒に行く」
 俺の申し出に、彼女は僅かな戸惑いを見せた。
「え、でも……」
「あんたも見ただろうが、俺には魔法を無効化する領域を生み出す能力がある。今のが魔法による砲撃だって言うんなら、俺の能力が役に立つ場面もあるはずだ。あんたが何を言おうが俺は外に行くからな」
「……分かりましたぁ。一般の方にお願いするのは円卓の賢者として心苦しいですが、わたしには戦いに役立つ力はありません……宜しくお願いしますぅ」
「おう」
「ハル、私も一緒に……」
 一緒に行くと言い出したフォルテに、俺はかぶりを振った。
「駄目だ。あんたは此処にいろ。ユーリルもな」
「…………」
 ユーリルは何も言わなかった。俺と目を合わせようともしない。
 自分の身を守る能力がない自分が出ても足手まといになるだけだと思っているのか……言っちゃ悪いが実際その通りだから、こういう状況では安全な場所にいてもらった方が有難い。
 フォルテは不服そうだったが、それでも一応俺の言うことには納得してくれた。
「オレも念のために此処にいるぜ。こいつらを護衛する奴も必要だろ」
「……そうだな。それじゃ二人のことは頼んだからな、リュウガ。ヴァイス、付いて来い」
 リュウガを二人の護衛役としてこの場に残して、俺はヴァイスを従えてミライと共に部屋を出た。
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