三十路の魔法使い

高柳神羅

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第91話 領主からの招待

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 宿が燃えた以外に特にこれといった被害はなく、怪我人もいなかったため、今回の火事騒動は現場に駆けつけた憲兵たちによってあっという間に終息させられた。
 日本ならばこの後警察がやって来て出火原因などを詳しく調査することになるのだろうが、魔法で簡単に何もない場所から火を熾すことができるこの世界ではそういうことをする意味は殆どないそうで、出火当時宿にいた宿泊客たちに不審な人影を目撃しなかったかなどの簡単な質問を憲兵から幾つかされただけで、調査は終わってしまった。
 焼けた建物は、時魔法で元通りに修復された。葉っぱでできていた屋根は完全に焼け落ちてしまっていたためその部分だけは時魔法を持ってしても直すことはできなかったが、明日にでも大工たちが資材を持って修理しに来てくれるらしい。それまでは間に合わせということで、丸太を組んで縄で繋ぎ合わせたものが天井に蓋をするように置かれていた。
「本当に……何だったのかしら。いきなり火事になるなんて……」
「誰かが火を点けたんでしょ。此処には燃えるものなんてないんだし、それこそ魔法でもなかったらあそこまで派手に燃えたりなんてしないよ」
 首を傾げるフォルテに、ふんと鼻を鳴らしながらアヴネラが答える。
 何とも物騒な発言ではあるが……俺も、アヴネラの意見に賛成だ。あれは失火が原因で起きた火事じゃない気がする。
 しかし、そうなると。一体誰が、何の目的で宿に火を放ったんだって疑問が生じることになる。
 此処には、別に名のある貴族が宿泊しているわけではない。単なる物盗りが目的だったのだとしても、旨味があまりないと思うのだ。
「でも、無事に火は消えたんだし……そこまで気にすることでもないわよね」
 フォルテはシキに向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、火を消してくれて……あんな火を一瞬で消せるなんて、貴方の魔法、凄いのね」
「どういたしまして! でもひとつだけ言わせてもらうと、あれ、魔法じゃないんだよね」
 シキは肩を竦めた。
 やはり……俺が睨んだ通り、さっきのあれは魔法じゃなかったか。
 ということは、あれは……アンチ・マジックやマナ・アルケミーと同じ神々の能力か。
 見た感じは、アンチ・マジックによく似た力って印象だが……
 シキは肩の前で右手を握ったり開いたりしながら、微妙に自慢げに言った。
「ロスト・ユニヴァース。この光に触れた存在を何でも消し去ることができる。石でも炎でも光でもね。さっきはこれを使って、建物を燃やしている炎だけを消し去ったんだよ」
 成程。物体の存在自体を抹消してしまう能力というわけか。
 その理屈でいくなら、おそらく魔法によって生み出された火や水なんかも消せるはずだ。魔法も突き詰めれば魔力で物質を操っているようなものだからな。
 アンチ・マジックの上位互換版みたいな能力だな。使いこなせれば相当に強力だ。これぞ勇者を名乗るに相応しい力って感じがする。そんな能力があるなら、わざわざ刀を振り回して侍みたいな戦い方をする必要なんてないんじゃないか?
 何となく気になったのでそのことをちょろっと尋ねてみると、シキは何やら意味ありげな笑いを浮かべて、言った。
「んー、この能力にも色々制約があるんだよね。まず、命を持ったものは基本的に消せない。それから一度に消せる量に限界がある。力を発動させてる間は身動きが取れなくなる。……神様の能力っていってもさ、万能ってわけじゃないんだよ。自分で身を守るための手段も必要になる。だろ?」
 生き物は消せない、か。確かにそういう制約があるんじゃ自衛手段は別に用意する必要があるな。
 全く、世の中って本当に上手くできてるよな。召喚勇者にすらちゃんと『絶対無敵の存在にならない』ための制限が課されているのだから。
 シキはゆっくりと深呼吸をして、俺の肩をぽんと親しげに叩いた。
「おっさんだって、そうだろ? 君が神様からどんな能力を授かってこの世界に来たのかは俺は知らないけど、俺最強! みたいに無双しまくれる能力なんてものは貰わなかっただろ? 結局はさ、人間の枠からは抜け出せないってことなんだよ。異世界から召喚された人間も」
「それは、まあ……」
 俺が神から授かった能力といったら、全ての魔法を使いこなせる才能と、魔力。全ての魔法を消し去れるアンチ・マジック。魔力を束ねて武具と成すマナ・アルケミー。
 人間が持つ能力として考えるならかなり強力だと思えるものばかりだが、用途は限られるし、それだけで世界の頂点に立てるような能力と呼べるものでもない。
 どれも神たちが自分の欲望を満たすために押し付けてきたような形で手に入れた能力だが、一応は神たちの方も、手に余る人間を生み出さないようにそれなりに考えてはいるってことなのだろう。
 まあ、俺も世界最強とか無双とかそんなものには興味ないし。貰えるだけ有難いと思ってるから、文句を言う気もないけどな。
「ま、神様から貰った能力なんて勇者にとっちゃおまけみたいなもんさ。勇者たる者、自分の力で人を助けられるようにならなきゃな!」
 ははっと明るく笑うシキ。それと同時に、彼の腹がぐうと大きな音を立てて鳴った。
 はたと自分の腹に視線を落として、照れ笑いをする彼。
「あはは、実は夕飯食おうって思ってたところに火事の話を聞いたもんでさ。急いで来たから何も食ってないんだよね」
 ……そういえば、俺たちも一眠りしたら夕飯食べに行く予定だったんだよな。
 起きがけに火事とか騒がれてばたばたしていたから、すっかり忘れるところだった。
 シキもこの場にいることだし、ある意味丁度いい。皆で食事しながら、シキから例の話についてを聞くことにしよう。
「こっちも夕飯はまだなんだ。せっかくだから一緒に食べないか? 俺が頼んでた例の話についても聞きたいしな」
「話? ……ああ、あれね。俺は別にそれでもいいけど?」
「よし、それじゃあ店に行くか──」
「ああ、御無事でしたか皆さん。何よりだ」
 フォルテたちに声を掛けようとした、その時。横手から現れた一人の男が、声を掛けてきた。
 似合わないモノクルを掛けた、貧相な雰囲気が漂う貴族風の男。
 ラウルウーヘンである。
「君たちが宿泊している宿が火事だと聞いて、巻き込まれていないかと心配になってしまって……その様子だと、大事には至らなかったようだね。安心したよ」
「え、ええ。シキが駆けつけて火を消してくれたので」
「そうか、流石は異邦の勇者だ。あれだけの火を何とかできるとはね」
 彼は俺の言葉を聞いて誇らしげに胸を張るシキにちらりと目を向けて、笑った。
 何でもこの街は全ての家屋が基本的に木造であるため、ひとたび火事が起きると結構な確率で広範囲に燃え広がって大惨事に発展してしまうらしい。その対策として火事対策専門の『消火隊』という部隊が常駐しているらしいのだが(何か聞いた感じだと江戸時代の日本にいため組っぽい集団って印象だ)、消火に特化した彼らの能力を持ってしても、ここまで短時間で火を消し止めることは難しいとのことだった。
「さて。無事に事件も解決したことだし、私も気兼ねなく私の用事を済ませることにしようかな。……ええと、君、ハルさんと言ったかな」
「?」
 突如として名指しで呼ばれて目を瞬かせる俺に、ラウルウーヘンは目元のモノクルを指先でついと動かす仕草をしながら、言った。
「今日の夕食に、是非とも君を招待したいのだが……もちろん、お連れの方々も御一緒に。どうだろう、私の招待を受けてはくれるかな?」
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