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第14話 旅館の朝は忙しい
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旅館の朝は忙しい。
特にフロントは、次から次へと旅館の前に訪れる馬車の案内に追われて鍋をひっくり返したかのような有様だった。
「はい、アルカディア行きですね。御案内するのはミツルギミナト様と……」
「クロムウェル行き……了解しました。只今御案内します」
アレクとローゼンはひとつしかない台帳を必死に捲り合いながら、客人の応対をしていた。
これらの馬車は、世界渡りをする勇者たちを乗せるためのものなのだ。
勇者たちは馬車に乗って彼らを召喚した神の元へと行き、そこから各々の世界へと渡っていくのである。
これは、言わば毎朝目にする光景であり、アレクたちにとってはいつも行っている仕事のひとつなのだ。
毎回これだけの数の人を捌くのだから、如何に彼らが優秀な人材であるかがよく分かるね。
客室に行って客人たちを呼び、彼らを馬車に案内して見送る。
それを何度も繰り返し、ようやくフロントの人がはけたところでローゼンは一息ついた。
「やれやれ……毎日やってることだけど、どうしてこうも世界渡りする人間が多いのかね」
「仕方ないよ。今はそういう時代なんだから」
あれだけ忙しかったにも拘らずアレクはけろりとしている。
ふわぁ、とローゼンは口を大きく開けて欠伸をした。
「とりあえず、ひと段落ついたし……俺は上がらせてもらおうかな」
目尻に浮かんだ涙を指先で拭い、カウンターから出て、そういえばと言ってアレクの方に振り返る。
「そうそう。昨日、ミカちゃんだっけ……あの子が来たよ。何だかアレクに用事があるっぽかったけど」
「僕に?」
ローゼンはにやりとして、言った。
「あの子、アレクに気があるっぽいよ。せっかくのファンなんだから、大事にしてあげなきゃ駄目だよ?」
「ファンって……あのなぁ」
アレクの呆れ声を肩を竦めて受け流し、ローゼンはひらひらと手を振って帰っていった。
一人残されたアレクは、溜め息をつきながら頭を掻いた。
気があるって、僕とあの子は歳が離れすぎてるんだぞ。そもそも僕は人間ですらない。そんなことあるわけないじゃないか。
独りごちて、台帳を手に取る。
この台帳は不思議なもので、退館した客人の名前はリストから消えるようになっている。そして新たに今日訪れる予定になっている客人の名前が書き込まれるようになっているのだ。
今日も、リストは名前で一杯だ。忙しくなりそうだね。
「……アレク」
アレクを呼ぶ小さな声。
アレクが顔を上げると、そこにはパジャマ姿のミカが立っていた。
アレクに気があるっぽいよ。
ローゼンの言葉を頭の中から追い払い、彼は微笑み顔をミカへと向けた。
「おはようございます、ミカさん。昨晩はよく眠れましたか?」
「……うん」
「それは何よりです」
アレクは台帳をカウンターに置いて、カウンターの外に出た。
ミカの全身を見つめて、言う。
「その服、よくお似合いですよ」
ミカは微妙に口元を緩めて、俯いた。
ああ、似合うって言われたことが嬉しいんだね。
「そういえば、昨夜僕に御用があるとかで此処にいらしたそうですね。御用とは一体何でしょうか?」
アレクが問いかけると、ミカは小さく首を振った。
「……もういいの。用事、済んだから」
「そうですか?」
用事って何だったのだろう。
アレクは小首を傾げたが、ミカがもういいと言うので気にしないことにした。
壁の時計に目を向けて、言う。
「朝食の御用意ができてますが、朝食はお済みですか?」
その質問と同時に、ミカの腹の虫がきゅうと鳴いた。
恥ずかしそうに腹を掌で押さえるミカ。
アレクは苦笑した。
「では、お席の方に御案内致しますね」
大広間に向かってゆっくりと歩き出す。
ミカはその後をぺたぺたと付いていった。
特にフロントは、次から次へと旅館の前に訪れる馬車の案内に追われて鍋をひっくり返したかのような有様だった。
「はい、アルカディア行きですね。御案内するのはミツルギミナト様と……」
「クロムウェル行き……了解しました。只今御案内します」
アレクとローゼンはひとつしかない台帳を必死に捲り合いながら、客人の応対をしていた。
これらの馬車は、世界渡りをする勇者たちを乗せるためのものなのだ。
勇者たちは馬車に乗って彼らを召喚した神の元へと行き、そこから各々の世界へと渡っていくのである。
これは、言わば毎朝目にする光景であり、アレクたちにとってはいつも行っている仕事のひとつなのだ。
毎回これだけの数の人を捌くのだから、如何に彼らが優秀な人材であるかがよく分かるね。
客室に行って客人たちを呼び、彼らを馬車に案内して見送る。
それを何度も繰り返し、ようやくフロントの人がはけたところでローゼンは一息ついた。
「やれやれ……毎日やってることだけど、どうしてこうも世界渡りする人間が多いのかね」
「仕方ないよ。今はそういう時代なんだから」
あれだけ忙しかったにも拘らずアレクはけろりとしている。
ふわぁ、とローゼンは口を大きく開けて欠伸をした。
「とりあえず、ひと段落ついたし……俺は上がらせてもらおうかな」
目尻に浮かんだ涙を指先で拭い、カウンターから出て、そういえばと言ってアレクの方に振り返る。
「そうそう。昨日、ミカちゃんだっけ……あの子が来たよ。何だかアレクに用事があるっぽかったけど」
「僕に?」
ローゼンはにやりとして、言った。
「あの子、アレクに気があるっぽいよ。せっかくのファンなんだから、大事にしてあげなきゃ駄目だよ?」
「ファンって……あのなぁ」
アレクの呆れ声を肩を竦めて受け流し、ローゼンはひらひらと手を振って帰っていった。
一人残されたアレクは、溜め息をつきながら頭を掻いた。
気があるって、僕とあの子は歳が離れすぎてるんだぞ。そもそも僕は人間ですらない。そんなことあるわけないじゃないか。
独りごちて、台帳を手に取る。
この台帳は不思議なもので、退館した客人の名前はリストから消えるようになっている。そして新たに今日訪れる予定になっている客人の名前が書き込まれるようになっているのだ。
今日も、リストは名前で一杯だ。忙しくなりそうだね。
「……アレク」
アレクを呼ぶ小さな声。
アレクが顔を上げると、そこにはパジャマ姿のミカが立っていた。
アレクに気があるっぽいよ。
ローゼンの言葉を頭の中から追い払い、彼は微笑み顔をミカへと向けた。
「おはようございます、ミカさん。昨晩はよく眠れましたか?」
「……うん」
「それは何よりです」
アレクは台帳をカウンターに置いて、カウンターの外に出た。
ミカの全身を見つめて、言う。
「その服、よくお似合いですよ」
ミカは微妙に口元を緩めて、俯いた。
ああ、似合うって言われたことが嬉しいんだね。
「そういえば、昨夜僕に御用があるとかで此処にいらしたそうですね。御用とは一体何でしょうか?」
アレクが問いかけると、ミカは小さく首を振った。
「……もういいの。用事、済んだから」
「そうですか?」
用事って何だったのだろう。
アレクは小首を傾げたが、ミカがもういいと言うので気にしないことにした。
壁の時計に目を向けて、言う。
「朝食の御用意ができてますが、朝食はお済みですか?」
その質問と同時に、ミカの腹の虫がきゅうと鳴いた。
恥ずかしそうに腹を掌で押さえるミカ。
アレクは苦笑した。
「では、お席の方に御案内致しますね」
大広間に向かってゆっくりと歩き出す。
ミカはその後をぺたぺたと付いていった。
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